3.金の娘
時は経ち、かつて王弟とともに国境で断崖先を見据えていた少年は父となり、王となっていた。
王の2人の弟は、1人は他大陸や同大陸を相手にする外交官となり、もう1人は断崖際全体を王直轄領地と定め、初代辺境伯として活躍するようになっていた。
兄弟仲も変わらず良く、3人で協力し堅実に国を収めている。
「おぎゃぁーおぎゃー」
本日今を持ってして王に新しい子息が誕生した。
王妃の額の汗を拭いながら労いの言葉をかける王は身を清められた息子をおくるみごと王妃の顔の横に寄せ、ベッド際の椅子に腰掛けた。
「父上、赤子は無事お生まれになったのですか!!」
少し席を立っている隙に聞こえてきた泣き声に慌てて戻ってきた今年4歳となる第1王子は侍女を連れて慌ただしく王妃に駆け寄った。
「ランベルト、お前に弟ができましたよ」
王妃は疲労を見せた表情ながらもバイオレットの瞳で優しく微笑むとベッドに駆け寄ってきた長男の頭をふわっと撫でた。
「母上、お疲れ様です。無事で何よりです。父上、お名前は決まったのですか?」
王妃に労いの言葉をかけながら幼いながらに父王と似たような口調で流暢に喋る第1王子は満面の笑みで父王に問うた。
「ううむ、どっちの性別でも良いように考えてはおったのだが…最後はいつも悩むのだ」
顎に手を当てた王に王妃はフフッと笑い、ランベルトに決定してもらえばどうかと提案した。
その時、赤子が目を開き、父王と同じ青色を灯した瞳でランベルトの少し紫がかった更に深い青を見つめた。
「グレーシオ…」
ぽそっと呟いた声が父王に届くと、王妃と王は顔を見合わせ優しく微笑んだ。
「グレーシオか。良い名ではないか」
「ランベルト、グレーシオを可愛がってあげて下さいね」
ランベルトが差し出した人差し指をグレーシオはぎゅっと握る。
王はその光景を見ながら眼の前にあったランベルトの頭を優しく撫で、王妃は息子2人の手をそっと握りしめた。
時は経ち、グレーシオが1歳になる頃、ランベルトは社会勉強も兼ねてかつて父王も行ったように国境の視察に出かけることとなった。
国境までは馬車で休憩なく行っても1週間はかかるため、途中の村で休憩を挟むことになり、長い道のりとなる。
だが国境に着いてさえしまえば、王弟のアヴェルがいるため、王にとっては特に心配をし続ける必要はなく、数人の侍従とエリート秘書官を1人、更に屈強な騎士団の精鋭隊とともにランベルトを送り出した。
馬車の中では同乗していた秘書官に、途中立ち寄った村や街のことなどを教わりながら進んだためランベルトは充実した時間を過ごすことが出来た。
「叔父上!!!」
馬車から降りるやいなや、先触れの騎士から報告を受け門の前で待ってくれていたこれまた屈強な身体を持つ叔父のアヴェルに走り寄った。
「ランベルト、大きくなったな」
そんなランベルトを見てアヴェルは思わず微笑みながら頭を撫でた。
「知らせが来てからもう1年になるか?弟が生まれたそうだな。良い顔つきになった」
アヴェルのその言葉に満面の笑みを浮かべたランベルトはグレーシオの成長や最近の家族の様子について語った。
「そうか、兄上は更に親バカに拍車がかかってそうだな。ランベルトもグレーシオに負けずに育たないとな。道中、不便なこともあっただろうし精のつく料理を沢山用意したからな。続きは食事の最中に聞かせておくれ」
豪快に笑ったアヴェルは、馬車の誘導が終わったのを確認しランベルトを中へと誘導した。
その日ランベルトはアヴェルとの久々の再会に盛り上がり、旅の疲れもあってか夜は泥のように眠った。
翌朝、朝食を取ったあとはアヴェルと共に断崖際の見学をすることとなった。
かつて父王が自身の叔父に教わったように時代が変わっても歴史は語り継がれる。
ランベルトも自国を守っていくために新たな覚悟を持って叔父とともに断崖先を見つめる。
その時だった。
フード付きコートを着た1人の男が慌てた様子でアヴェルの名を叫びながら近寄ってきた。
少し距離を置いて離れた場所に居たランベルト付きの王立騎士団の精鋭隊は不審者と判断しそれを止めようと動き出す。
その騎士団を手で静止させたアヴェルは寒い時期なのに汗をかきながら目の前まで駈けてきた男に声をかけた。
「リザード、何かあったのか」
難しい表情で問いかけたアヴェルにリザードと呼ばれた男はフードを被ったままの状態で膝を折り息を整えた後、覚悟を決めた顔で進言した。
「ネーシィが子供を産んだんだ」
「お前の妹だな」
「ああ、今は旦那のルーカスが付き添っている。問題はその子供の色だ」
「…色?」
訝しげにリザードを見つめたアヴェルは次の言葉を待った。
「金色なんだ。目も髪も…輝くような」
噛みしめるようにゆっくりと確実にその事実を伝えたリザードは目を見開いて驚くアヴェルの次の言葉を待つ。
近くに居たランベルトは話の邪魔しないようにと黙っていたがその時だけは驚きを隠せなかった。
「…知っているものは?」
「俺以外は出産に立ち会った産婆と俺の嫁、あとは赤子を生んだ張本人の妹とその旦那、来る前に寄ってきた長だけだ。急いでアヴェルにも知らせねぇとって思って」
「…感謝する。妹さんの容態は?子供に会うことは出来るのか?」
「状態は落ち着いている。今すぐ案内が出来る」
「そうか、では頼む。ランベルト、お前は城に帰っ「僕も行きます!行かせてください!!」」
話のまとまったアヴェルはランベルトを辺境伯家に帰そうとしたが、言われることを察知していたアルベルトに言葉を遮られた。
もう一度帰るように諭そうとしたアヴェルはランベルトの真剣な眼差しをみていずれランベルトにも知らされることだと思い直し、リザードに許可を取った上で連れて行くこととした。
「ラグー!!私とランベルトはリザードと共に行く。誰が着いてくることも介入をすることも許さん。」
アヴェルにそう呼ばれ近寄ってきた、シルバーブラウンの髪を後ろに流した老齢の男性は、すぐに指示を承諾し、ランベルトが連れてきていた秘書官のグレムと騎士隊に伝達をした。
その姿を横目に見たランベルトは足早に歩き始めたリザードとアヴェルの後を追った。