10.生態①
龍がこの大陸に帰還したことはその瞬間をもって近隣諸国は理解した。
真昼間の時間に大陸中に影が覆ったからだ。
龍の国の領土がゆっくりと地上に着地するまでその陰りは続き、その後には大量の龍が空中を飛び回った。
人々の反応は様々で、恐怖する者、茫然とする者、拝むように座り込む者、泣き叫ぶ者…同系色の龍達は最終的には統率のとれた動きを見せながら龍の国、セラムの領土へと降り立った。
帰還した日から龍は人間の国を襲うことはなくセラムから出てくることもない。
最初こそ龍の襲撃を予想し、焦った近隣諸国も危害を加えてこないことに気付くと、自国から警戒こそはしてはいるものの存在に慣れ始めたのか、元の日常に戻りつつあった。
ルーシィが金目の緑龍と飛び立って3日目の深夜。
アルベルトはアヴェルとリザードと共にルーシィとの約束の場所、断崖の中でも極めて行き道に難易度が高い洞穴のような場所に来ていた。
長は高齢のため、会談はリザードに任せると辞退し、ネーシィとルーカスもルーシィに会いたいだろうと話は出たが、自ら辞退した。
それはネーシィが身重だったからだ。
ルーシィはもう知らされていたようだが、理由を聞かされた時、3人はびっくりした。
ルーカスは体力や崖を登る技術こそ今回の道に問題はなかったが、ネーシィのつわりがここ数日で激しくなったこと、ルーシィの親ではあるが自分は民を代表出来るだけの力量を持ち合わせていないことを理由に断った。
リザードが食い下がったが、今は自分ではなく、冷静に龍と人間のために会談できる人物が行くべきだ。ルーシィは覚悟を持って親元を離れたからこそ、横槍を入れるような存在が加わるべきではないとはっきりと言われれば納得せざるを得なかった。
3人が一息ついた頃、そう時間を置かずに自身と大地が風に揺れたかと思うと金目の緑龍に乗ったルーシィが現れた。
「アル!!」
飛び降りてきたルーシィは一目散にアルベルトに抱きつく。
「ルゥ、元気そうで何よりだよ」
右手はルーシィの身体、左手は頭の位置に腕を回したアルベルトは、ルーシィの髪にガラス玉のゴムが付いていることを感じとり、優しく笑った。
「着けてくれてるんだね」
「もちろんだよ!アルのプレゼントだもん」
そうアルベルトが言うと、腕の中から顔を上げたルーシィはニコニコしながら元気よく答えた。
「アルベルト、そろそろ…」
アヴェルから声がかかった時、明かりとりのための焚き火を挟み、アヴェルとリザードの前にはいつの間にか金目の緑龍が座っていた。
緑龍は優しい眼差しでルーシィとアルベルトを見ており、その視線に気付いたルーシィはアルベルトの手を引き、緑龍のそばへと向かった。
「ルゥ、俺はあっちの方が…」
そう言ってアヴェルとリザードのほうに向かおうとしたアルベルトに対し、ルーシィが頬を膨らませて不機嫌そうな表情をする。
「龍殿が良いならそっちに座ってやれ」
その光景を見たアヴェルは苦笑いしながら言った。
“我は構わない”
緑龍がそう答えたのを確認したアルベルトはルーシィを挟んで緑龍の隣に座った。
「早速ではあるが、私はギゼルデ王国現国王の弟、アヴェル・オスカーと申す。我が兄が王に着位した際に辺境伯の称号をもらい、現在は龍の国、セラムとの国境を管理させて頂いておる。以後お見知りおきを」
「私は、リザードと申す。我が民は秘匿の民と呼ばれており、村こそギゼルデ王国に位置するが、どこの国にも属しておらず、かつて龍殿達がこの地に人間が住むことを許してくださってから今まで断崖を見守らせて頂いておりました。私自身は2人の姫の血縁にあたり、村では長の2番目に地位のある、次長という立場を任されております。今回この場には長は高齢のため辿り着けないと判断し、私が長の代理となってこの場を任されました。お見知りおきを」
そういったアヴェルとリザードは緑龍に向かって頭を下げた。
それに伴い、アルベルトもルーシィから離れ、一歩程後退し緑龍に向き直る。
「僕はギゼルデ王国第一王子、アルベルト・オスカーと申します。王宮では辺境を維持向上するための支援部隊、辺境維持隊の指揮をとっております。お見知りおきを」
未だ頭を下げたままのアヴェルとリザードと同じくらいに深く頭を下げたアルベルトの斜め前でルーシィも同じように頭を下げた。
“頭を上げよ”
緑龍の声で一同はもとの姿勢へと戻る。
“我は緑龍の長、名はない。ルーシィからは鱗の色から緑と呼ばれている”
「名がないとは、龍にとっては当たり前のことなのでしょうか?」
疑問に思ったアルベルトは緑竜が一息ついたのを確認したあとに問う。
“そもそも龍には名と言った概念がない。長は長になった時点で皆から長と言われるし、大体次代の長となるものは長の直系の子孫が多く、息子、娘と呼ばれる。長以外の龍はそもそも人間の言葉は喋れないから困らない”
その返答に反応したのはアヴェルだった。
「質問ばかりで申し訳ない。では、龍殿達はどのように意思疎通を図るのだろうか?」
アヴェルの疑問に対して一度頷いた緑竜は言葉を続けた。
“我らは特定の個体に対して念波のようなものを発信できる。伝わると返答がある上、その念波にも個性がある。だから間違うことはない”
緑竜の返答中、考え込むようにしていたアヴェルは「なるほど…」と告げた。
「その念波は個体によって差があるのだろうか?」
次に質問したのはリザードだった。
“そうだな、上位龍ほど念波の範囲は広い”
「その上位龍はどのように判断されているのだろうか?」
リザードと緑竜の会話は続く。
“我らの認識としては各龍に上位龍と言われている個体はだいたい5体ずつだ。たまに増えることもあるが…。判断としては鱗の色の濃さ、目の色、知識量の多さ、念波の広さによるが…”
考え込みながら難しい質問の内容にゆっくり返答していく緑竜を見たルーシィは緑竜の鱗に手を添えるとこの先は私がというように頷いた。
「金龍は今は不在だけど龍は金、赤、青、黒、白、緑に分かれてるの。そもそも人間と龍は交流をすることがなかったから、人間側は龍への知識がほぼないと思うんだけど、龍はなんとなく人間の序列については理解がある。それは、龍が長寿っていうのもあるけど、個体のランクによって前代の龍から知識が受け継がれるからなんだけど…。話が逸れちゃったね」
苦笑いしながら頭を掻いたルーシィをアルベルトはまっすぐ見つめた。
「僕たちは龍について知らないことが多いから、緑竜殿もルーシィも説明し辛いところが多いとは思う。今ルーシィが言った中でも沢山聞きたいことがあるけど、まずは龍の個体についてもう少し詳しく聞きたいって思う」
その視線を受け取ったルーシィは頷くと言葉を続けた。
「金龍は同一時代には一体のみ、他5龍は数に差があれどの時代にも存在するの。5龍は各々の色でそれぞれ上位5龍が決定されるんだけど、私が見てきた中、知ってる中では他の色の龍の色を併せ持つものが選ばれてる。これもうまい具合に出来ていて、長、次長は序列第2位として同一時代に生存することが出来るけど、他上位3龍は不在となってから生まれてるらしいの」
「その理由は、龍同士の争いを避けるため?」
アルベルトはルーシィの言葉を待った。
「んー、それもあるのかな。でも、龍たちは生まれた瞬間から順位が決定するって聞いたけど」
顎に人差し指を当てたルーシィは緑龍を見上げた。
“先程も言ったように上位の龍は鱗の色の濃さ、目の色、知識量の多さ、念波の広さが序列順に違ってくる。それは、生まれた瞬間、その存在を持って色関係なくすべての龍に周知される。龍は序列を大切にする種族だ。だから、上位龍を狙っての争いはないに等しい”
そう言い切った緑龍にアルベルトは頷いた。
「では、上位龍を狙うこと以外での争いはあるということでしょうか?」
“例としては500年前の争いだ”
緑龍は遠い目をしながら言った。
“上位5龍となれば、それこそ簡単に争いに発展することはないが、それ以下の龍は単色の濃さによって色が薄くなるほど知能は低く、本能に忠実に生きる。だから、人間が卵を盗んだが、居るはずのない人間を疑う前に他色の龍を疑った。そのような疑いは500年前が初めてではない。それを止め、知識を提供し問題を解決するのがそのランク以上の上位龍の役目である”
「500年前の話が出たので気になったことを質問させて頂きたいのですが、先程ルーシィが上位龍は長、次長は同じ時代に存在すると言っていました。その2体が揃っていたにも関わらず、緑龍殿がお生まれになったのはなぜなのでしょうか?」
アルベルトの質問に一瞬考えるように目を閉じた緑龍は言葉を続けた。
“わからない。だが、我は珍しい例であったと言われている。次長より優れた力を持っていた。だから、500年前に長だった次の長として、次長納得のもとで不在となっていた序列3位に当時の次長のランクが下がった。だが、これは上位の龍が納得して決めたこと故、争いは起きていない”
「詳しく聞かせてくださり、ありがとうございます。僕からもう1つ、質問があります。龍には全代に生きた龍の知識が受け継がれると先程ルーシィが言いました。これは死んだ龍から受け継がれるということでしょうか?」
“生きた龍からも亡き龍からも両方だ。ランクによって受け継がれる知識は変わってくるが、上位龍であればあるほど、知識も増え、他種族のことも理解できる”
「人間は亡き人の遺した書物を読み、生きている人の知識を教えてもらって学んでいきます。龍はどのように学ぶのでしょうか?」
“生きている者から学ぶ時は人間と同じようなものだ。だが、月齢を重ねるたびに少しずつ前代の龍達の知識を自然と蓄えていくのだ。夢に見たり、質問されて知っていたり”
「なるほど…。難しい質問にも答えてくださりありがとうございました」
アルベルトが緑龍に頭を下げたのを見て、静かに見守っていたアヴェルが口を開いた。
「私からも失礼します。金龍は時代に1匹と先程仰っていましたが、1000年ほど前依頼、金龍は生まれていないのでしょうか?」
アヴェルへ視線を移した緑龍は肯定するようにゆっくりと頷いた。
「では、緑龍殿以外の他4色の龍長殿は、今回緑龍殿が我々に好意的に接して頂いていることに納得いただけているのでしょうか?」
その質問に対し、緑龍は静かに目を瞑った。
“前代の長が決めたことだ。特に反論はない。ただ、他の現長は500年前、かつて序列2位だった者達だ。私含め眼の前で姫を失ったことは、誰もの胸に刻まれている”
沈黙が辺りを占めた。
「では、かつて生存していた龍たちは上位龍以外も生存されているのであろうか?」
次の質問に対し、緑龍はアヴェルをしっかり見つめ頷いた。
「我ら、人間の寿命は長くて70年程と言われております。失礼でなければ龍の寿命を聞いてもよろしいでしょうか?」
“平均すると600年から800年だろうか”
その返答に対し、アヴェルは言葉を続けた。
「もう察して頂いているかも知れませんが、かつて生きていた人間はもう居ません。我々は過去から言い伝えられてきた教えと書物を頼りに今まで龍殿の事や他の知識を培ってきました。龍殿たちが知識を直接その身に伝承していく存在であるならば、数多くの人間を通して知識を伝承している我らとでは、食い違って把握している事がある可能性があります。また、我が国以外にもこの大陸には国が他に3つ存在します。その中にはかつて、貴方様の卵を盗んだ者が所属した国もあります。それを踏まえた上で、新たに人間と交流を持って頂けるのでしょうか?」
それに対し、一度目を瞑った緑龍はゆっくり目を開くと金の目でアヴェルを見つめた。
“寄り添いたいと言った気持ち、見定めると言った事にかわりはない。だが、人間との窓口はルーシィが信頼を置くそなたら以外は認めない。これは五龍の総意である”
緑龍がそう言った瞬間、反対の断崖際から強い視線を感じた3人はその視線の強さ、存在感に身震いをした。
視線を向けた先には、緑龍以外の4龍が揃っていた。
「相わかった。我らがその大役を引き受けさせて頂く。どうぞこれからよろしくお頼み申しまする」
その視線に対し、3人は深く首を垂れ、代表してアヴェルが緊張を含む声音を張り上げて返答した。
その後も4龍が見守る中、緑龍と共に話し合い、龍への窓口としてギゼルデ王国が国を持って他国へ情報を発信したり、交易をしていく形となった。
また、ルーシィの存在を利用しようとする者が現れるのを考慮し、情勢が落ち着くまで現時点ではその存在自体を秘匿とすることとなった。
また、ルーシィに会いに行く龍達によって秘匿の民の存在や村の場所がバレる可能性があるため、ルーシィは変わらず龍の国、セラムで過ごすこととなり、対談の場でのみ同席することとなった。
しかし、対談の場に龍が飛来するのは目立つため、今後も深夜の時間で対談をすることとなったが、成長期の2人がいることもあり2人の同席に関して議論が行われたが、2人が頑なに参加すると言って聞かないため最後は周りが折れ、対談日以外は夜更かしをしないということで決着がついた。




