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透明色  作者: 神木駿
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第八話夕陽の色

僕一人ならどうにかできるけど、子どもを抱えたまま上がるのは無理だった。必死にもがく子供を抱えているせいかどっちが海面なのかもわからなくなってしまう。

せめてこの子だけでも。そう思ったとき水の中に誰かの手が伸びてきた。僕がその手を掴むと強い力で引き上げられた。

「ぷはっ、はあはあ」

息継ぎをする間もなく暗い海に引きずりこまれた僕に呼吸をする余裕が生まれた。

「大丈夫か葵」

僕に差し出された手は秋人の手だった。

「ありがとう助かった」

息を少しずつ整えて秋人にお礼を言う。これで一安心だと思って男の子の方を見るとぐったりしている。

「秋人!この子を岸まで連れてってくれ、僕より秋人の方が速い」

「まかせろ」

秋人に男の子を預けるとすごいスピードで岸まで運んでいった。僕も後から追いかけたが、着いた頃にはぐったりしていた子は事務所のような場所に運ばれた後だった。心配だったけど僕ができることは何もなかった。

その後少ししてから事務所のような場所から秋人が出てくる。

「とりあえず命に別状はないって言ってたから大丈夫。パニックになって水を飲んだだけって言ってたよ」

「そっか、よかった」

僕の肩に入っていた力が抜けていく。

「秋人が来てくれてほんと助かったよ。僕だけだと危なかった」

あのまま僕一人だったら確実に溺れていた。

「岩まで泳ぎきって後ろ向いたら、なんか様子がおかしいなって思ったんだ。最初は葵が知らない子とぶつかったのかと思っただけだったけど、いきなり沈んだからびっくりしたぜ」

「水篠君!大丈夫?」

後ろから君の声が聞こえてきた。

「うん、僕は大丈夫」

「いきなり泳いで行ったからびっくりしちゃった。どうしておぼれてるのが分かったの?」

「昔、弟がプールでおぼれたことがあって、その時と様子が似てたから」

嘘ではないが色のことは秘密にしているので黙っていた。それを言ったところで信じてもらえるわけもないけれど。

みんなと事務所のところで話していると向こうからさっき子の母親らしき人が近づいてきた。母親は秋人に対し何度も頭を下げる。

「息子を助けていただいてありがとうございます。あなたがいなければ息子はどうなっていたか」

「いえいえ困っている人を助けるのは当然です。それに先に気付いたのはあいつの方です」

僕の方に指を指す。

「ありがとうございます。ありがとうございます」

母親らしき人に僕は何度も頭を下げてお礼を言われた。

「何事もなくてほんとに良かったです」

僕はそう言ったがまだ何か言いたげな色をしている。

「どうかしましたか?」

僕が首をかしげると母親は口を開いた。

「あの、もしよければ今回のお礼に皆さんでうちの旅館に来ていただけませんか?もちろんお代は結構ですので」

「旅館ですか?」

と聞き返し僕は三人を見た。

「夫婦で経営してる小さな旅館ですがささやかなお礼として、ぜひ」

「いや、そこまでしてもらわなくても」

僕は断ろうとするが母親は一歩も引かない。恩人に何もしないわけにはいかない。と固い決意の色が視える。でもやっぱりそこまでしてもらうのは気が引ける。

「せっかくだから行かしてもらおうぜ。ここまで言ってもらってるんだ。断るのはやぼだろ」

秋人がそう言った。たしかにこれ以上問答していても母親は引くつもりは一切無さそうだ。

「じゃあ、よろしくお願いします」

根負けした僕は深々と頭を下げる。

「ありがとうございます。そしたらお名前をお伺いしてもいいですか?」

「僕は水篠葵と言います。こっちは山岡秋人です」

「水篠さんと山岡さんですね。よければそちらの君さんたちも一緒に来てくださいね。お待ちしております。今日は本当にありがとうございました。」

僕は連絡先と名前の書かれた紙を渡された。僕も連絡先を聞かれたので、もらった紙の余白に書いてちぎって渡す。母親は僕たちに頭を下げ子どものところへ戻って行った。

小桜さんと秋人は少しうつむいて顔を真っ赤にしている。彼女と呼ばれたことで少し意識したのだろう。

「こんなこと本当にあるんだな」

僕は独り言のようにつぶやいた。

「びっくりだよな、こんなの漫画でしか見たことねぇよ。まあ、あの子が無事だったのが一番よかったよな」

「そうだね、じゃあそろそろ僕たちも帰ろうか」

あの子を助けてからだいぶ時間が経って、真っ赤な夕日が海を赤く染めている。日が落ちる前には電車に乗りたい。僕たちは大急ぎで片づけをする。

「よしじゃあ帰ろう。忘れ物ない?」

秋人が後ろを振り向いて確認する。

「うん、大丈夫だよ」

僕たちは来た道を通って海野駅まで向かった。

「帰りの電車もしりとりやるからね。今度は絶対負けないから」

小桜さんが朝のリベンジを秋人に吹っ掛けている。

「いいぜ、またひっかけてやるよ」

二人が前で帰りの電車の話をしていた。

「ねえねえ水篠君」

「ん?どうしたの?星月さん」

「海楽しかったね」

前を向きながら君はそう言った。

「うん、途中あれだったけどみんなで来れて楽しかったね」

僕も君の方に視線は向けないまま答える。

「あの時の水篠君すごいかっこよかったよ」

君は笑顔でそう言った。横目で見ているから色は視えないけれど、本心で言ってくれているのが分かる。

「ありがとう、あの時は夢中だったからあんまし覚えてないんだけどね」

僕は少し照れながらそう返した。色の見えない人にまっすぐな想いをぶつけられることが無かったから、どう返せばいいか少し迷ってしまった。

駅に着くとちょうど電車が来ていた。僕たちはその電車に乗った。ボックス席に座るとさっきまで元気だった二人がすぐに寝てしまった。隣を見ると君も少し眠たそうだった。

「星月さん寝ててもいいよ。僕が起きてるから駅に着いたら起こすよ」

「うん、ありが…と…」

言い切る前に目をつむって寝てしまった。みんな相当疲れたのだろう。秋人と小桜さんが目の前で寄り添いながら寝ている。僕はみんなが起きないように気をつけながら二人の写真を撮った。家に帰ってから小桜さんにあげよう。隣で眠るの吐息がやけに心地よく聞こえた。電車に揺られる僕は、ゆりかごの中にいる子供みたいな気分でゆっくりと瞼を閉じる。

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