第十九話水の色
「葵君、どれ乗る?ジェットコースターとか乗れる?」
君はいつもより明るく振舞おうとしていたが、僕に触れる右手がかすかにふるえていた。それもそうだ、クラスメイトとはいえ男と口論をしたんだ。怖くないはずが無い。僕のせいで渚さんに怖い思いをさせてしまった。せめてものお詫びに楽しんでもらおうと思い、僕も明るく振舞う。
「うん乗れるよ。むかし家族と一緒に乗ったことがあるから平気だと思う」
「やったぁ!じゃああれ乗ろう!」
この遊園地の目玉になっている絶叫コースターを指さして言った。高低差六十メートルで途中縦に一回転するコースになっている。順番待ちをしているときに家族で来た時のことを思い出す。そしてジェットコースターに乗ったのは小学校三年生ぐらいの時で小さいのしか乗っていた記憶がないことを思いだした。こんな本格的なのに乗るのは初めてだ。あれ?これ、僕大丈夫じゃないかもしれない。そう考えているうちにあっという間に乗る順番になってしまった。僕たちはジェットコースターに乗り込み安全装置を降ろす。
「楽しみだね葵君!」
「う…うんそうだね」
ジェットコースターが動き出す。
「あれ?もしかして緊張してるの?」
君は僕の方を見て言った。
「うん。思い返すと本格的なのこれが初めてかもって」
僕の心臓の鼓動がドクドクと波打つ。ジェットコースターはどんどんと頂上に上がっていく。
「え?それは…」
と君が言おうとしたとき、一気に急降下した。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
僕は思わず声が出てしまった。こんなに速いとは思ってもいなかった。遊園地のアトラクションだから死ぬことはないのに、走馬灯のようなものがちらちらと視える。終始僕は叫びっぱなしで最初の場所に戻ってきた。
「葵君大丈夫?!」
「うん、大丈夫。想像より速くてびっくりしちゃったよ」
「葵君すごい叫んでたもんね」
君に言われて思い出し、恥ずかしくなった。
「葵君ってあんなに声出るんだね」
君は僕にさらに追い打ちをかけてくる。
「まって恥ずかしいから忘れて!」
僕は両手で顔を隠しながら言った。あんなところ見られたくなかった。
「次はゆっくりめのにしようか」
君は僕に気を使ってそう言ってくれた。
「そうしてくれると助かるかも…」
その後も僕たちはいろんなアトラクションに乗った。シューティングゲームができる乗り物やコーヒーカップ、ゴーカートで競争もした。
「あ~楽しかった。そうだ最後に観覧車乗ろうよ」
「あそこの大きいやつ?」
「そう!高いところは大丈夫?」
「高いとこは大丈夫だよ」
「ほんとに?無理してない?」
「うん、ほんとだよ」
君はじゃあと言って順番待ちの列に並ぶ。だいぶ遅い時間になってきて人も少なくなってきている。僕たちの順番はすぐに回ってきた。
観覧車はゆっくりと上がっていく。
「わぁすごい景色」
君は目を輝かせている。僕も窓の外に目を向けると、街の明かりがキラキラと輝いていた。昼間視た色がこの景色で上書きされていく。
「きれいだね」
僕は心からその言葉が出ていた。
「うん!すっごくきれい!葵君また来ようね」
街の明かりに向いていた君の瞳が不意に僕の視線と交差する。
今日は情けない姿しか見せていなかった僕を友達と言ってくれた。『また』と次を考えてくれた。小さな事かもしれないが、そんな君の何気ない言葉に涙が溢れそうになった。
「そうだね」
涙が溢れそうになるのを抑えて僕はそう返した。月の明かりか街の明かりのせいか分からないけど、僕が見ていたものはまぶしくてとても綺麗だった。
「家まで送ってくよ」
電車に揺られながら僕は君に言った。
「いいよ葵君そんなことしなくて」
「でももうだいぶ遅い時間だし心配だから」
「そこまで言うならお願いしようかな」
僕は森野駅で降りて君を家まで送っていった。
「じゃあまた学校で」
「うんまたね葵君」
僕は君が玄関を閉めるのを確認した後駅に向かって歩き出す。
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