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透明色  作者: 神木駿
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第十三話謎の色

「ただいまー」

二人がドアを開けて勢いよく入ってきた。

「おかえり。二人とも全制覇できたの?」

君が入ってきた二人に聞く。

「おう全部入ってきたぜ。でも入りすぎて少しのぼせた」

秋人は部屋に入るなり横たわった。

「だからほどほどにしとけって言ったのに」

「私も全制覇できたけどのぼせちゃったよー」

二人の顔は真っ赤になっていた。

「桃も気合入れすぎだよ。はいこれお水」

君は冷蔵庫で冷やしていた水を小桜さんに渡した。

「ありがとう~渚~」

小桜さんは勢いよく水を飲みほした。

「ぷはぁ、生き返るー」

「桃、俺にも一口くれよ」

秋人が長い腕を小桜さんの方に伸ばす。横着しないで立ち上がればいいのに。

「残念もう全部飲んじゃったよ」

空になったペットボトルを小桜さんはいたずらっ子のように振る。

「ええ?マジかよ」

残念がる秋人に僕は水を渡した。

「秋人。ほら、水だよ」

「おおサンキュー葵」

こうなるだろうと予想して準備しておいてよかった。

「落ち着いた?」

「ああ、水飲んだらだいぶ回復したよ」

「それはよかった。夕飯までまだ少しだけ時間あるけど、このままゆっくりしてようか」

「そうだな。まだまだ旅行は長いからな」

秋人がそういうと小桜さんもそれに賛成する。

「ごはん来るまでに回復するように頑張るよ」

小桜さんは再び畳に寝転んだ。部屋の中は冷房が効いていてものすごく快適になっている。温泉で温まった体にはちょうどいい気温だ。

僕は寝転ぶ二人を横目に外の景色を見ようと窓の方へ向かった。ここの部屋は二階で外の景色がよく見える。新緑に染まった山。木の葉の揺れが吹き抜ける風を可視化させてくれる。そんな景色に心が包み込まれるようで妙に落ち着いていった。一息ついていたところで何か視線を感じ、僕はふと下を向いた。そこには僕を見つめる小さな女の子が立っていた。その女の子は僕に気付いてもらえてうれしかったのか大きく手を振る。僕もそれに答えて小さく手を振り返す。女の子はかわいらしい笑顔をこちらに向けてきた。

「葵君、どうしたの?」

君が窓の外に手を振る僕を見て聞いてきた。

「下に女の子がいるんだ。多分泊まってる人の子どもだと思う」

「えっどこどこ?」

「ほら、あそこに…ってあれ?」

君が窓際に来て下を覗くと、さっきまでいたはずの女の子がそこにいなかった。

「おかしいな。さっきまでそこにいたのに」

「宿の中に入っちゃったのかな?」

「そうなのかな」

なんだか不思議な子だったな。どこか儚げでまるで妖精のような。

しばらく僕が窓の外を眺めていると扉がノックされた。

「お待たせいたしました。こちらが本日の夕食になります」

女将さんが直接部屋に持ってきてくれた。

「お、来た来た。ありがとうございます」

秋人が待ってましたとばかりに姿勢を正した。お刺身に山菜の天ぷら、牛肉の鉄板焼きなど、いかにも旅館という感じの料理が次々とテーブルに並べられていく。

「こちら食べ終わりましたら、台車がありますのでそちらに乗せておいてください。後程片づけに参りますのでごゆっくりお楽しみください。では失礼します」

女将さんたちは部屋をあとにした。

「やばいめっちゃおいしそうなんだけど」

「桃、あんまりがっつくなよ」

すぐに食べようとしている小桜さんを秋人が静止する。

「なによ。秋人だって料理が来た途端に姿勢正しちゃって、ほんとは楽しみだったんでしょ」

「うっ…それを言われると何も言えない」

「まあまあ、みんな楽しみだったのは同じだよね」

いつものような二人のやり取りを僕が止めた。

「そうだよ。私だって楽しみにしてたんだから」

君が微笑みながらそう言って食べ始めた。僕も一番近くにあった山菜の天ぷらを食べる。サクサクとした触感で山菜の味も引き立っている。何の山菜なのかはわからないけど今までに食べたものよりもおいしいってことだけは分かる。

「ん~おいしい。この天ぷらすごいおいしいね葵君」

「うん、そうだね。衣の厚さがちょうどよくってこんなサクサクの天ぷら初めて食べたよ」

僕と君が天ぷらの美味しさで盛り上がっていると小桜さんが口を開く。

「そういえばさ渚、さっきから水篠のこと下の名前で呼んでるよね?いきなりどうしたの?」

「ああ、それ俺も気になってた」

秋人も疑問に思っていたらしい。まあそれもそうだよな。友達同士が苗字で呼んでいたのに、いきなり名前呼びになっているのは僕でも気になる。

「さっき二人が山登り勝負してるときに、下の名前で呼んでもいいんじゃないかなって葵君に話したんだ。ほらみんなで出かけたりしてるから、だいぶ仲良くなったしそろそろいいかなって思って」

「えっ何それめっちゃいいじゃん。私も葵君って呼びたーい」

小桜さんのテンションが上がる。

「俺のことは秋人って呼び捨てなのに葵は君付けなのかよ」

逆に秋人のテンションが少しだけ下がった。

「ええ…そこそんなに気にするとこなの?水篠は葵って感じじゃなくて葵君って感じだから、秋人は秋人って感じだし呼び捨てになってるだけだよ」

小桜さんは笑いながら秋人に説明していた。

「なんだそれどんな感じだよ」

「てことは葵君も渚のこと下の名前で呼んでるの?」

「一応ね、まだ慣れないけど」

「じゃあさじゃあさ、みんなの名前を下の名前で呼んでみてよ」

小桜さんが提案してきた。

「まってまって、何その名前呼ぶだけの恥ずかしい提案」

「ええ?だってまだ慣れないならいっぱい呼んどいたほうがいいじゃん」

「それはそうなんだけど」

僕はたまらず秋人の方に目をやった。

「いい機会じゃん。これからの友達づくりのためにやっとけよ」

秋人はご飯を食べながら言った。助けを求めたつもりが逆のことを言われた。

「ねね早く早く~」

「分かった分かったよ」

僕は観念して名前を呼ぶことにした。

「じゃあ行くよ。秋人」

「おう」

秋人は手を軽く上げて返事した。

「渚さん」

「はい」

君も軽く手を挙げて返事した。

「桃…さん?ちゃん?」

「なんで私だけ子ども扱いなの?!」

小桜さんは頬を膨らませながら怒った。

「なんとなく子供っぽいところがあるから、ちゃんの方がしっくりくるような気がして、冗談だよ」

僕が冗談だって言ったのに秋人が火に油を注ぐ。

「確かにそうやってほっぺふくらましてるとことか思いっきり子供じゃん」

「秋人にだけは言われたくない」

小桜さんはさらに頬を膨らませた。

「桃はちっちゃくてかわいいからねー」

君は小桜さんの頬を手ですりすりする。

「もー渚までそんなこと言って」

小桜さんはますますむくれていった。

夕食を食べ終わり片づけをしにお皿を持って扉を開けた。そこにはさっき窓から見た女の子が玄関の前にニコニコしながら立っていた。

「うわっびっくりした」

僕はとっさに声が出てしまった。女の子は「しー」と言いながら指を口の前に出す。僕はごめんねという仕草をしながら小さい声で女の子に聞いた。

「さっき外にいた子だよね。どうしたの?お母さんとお父さんは?」

「いないよ」

女の子は寂しげな顔でそう答えた。僕がその言葉に反応する前に女の子の顔は笑顔に変わる。

「そんなことよりおにいちゃん、あのね、私と遊んでほしいの」

「遊ぶ?どこで遊ぶの?」

「ん~とね。じゃあ私がさっき遊んでたところに時計の長い針と短い針が一番上になったときに来て。絶対だよ」

「一番上?十二時だよね?なんでそんな時間に…」

「お~い葵~。これもそっち持ってっていいのかー」

秋人の声が部屋の中から聞こえた。一瞬部屋に視線を移して答える。

「ああ、こっちまで持ってきてくれ」

「ごめんね。友達と来ててさ…あれ?」

僕が廊下に視線を戻すと女の子の姿はなかった。部屋の方を向いたのは一瞬だけ。走った音もないし、どこかの扉があいた音もしなかった。まるで神隠しのように女の子の姿は消えていた。

「どうしたんだよ、ぼーっとして」

食器を持ってきた秋人に声をかけられて我に返った。

「いや何でもない。それここな」

「おうサンキュ」

秋人は食器を置いて部屋に戻っていった。僕も秋人に後ろについて部屋に入る。

「二人ともありがと」

「どういたしまして」

「桃は食べ過ぎて動けなくなってるしな。お~い大丈夫かよ。食べ過ぎは体に良くないぞ」

秋人が寝転がる小桜さんに呆れたような言葉を放つ。

「渚が食べないっていうからつい」

「ごめんね、桃。無理させちゃって」

「ううん、無理なんかしてないよ。おいしかったからむしろありがたい」

そんな会話をしている横で僕は一人考え事をしていた。あの子は一体何者なんだろう。突然いなくなるし、お母さんもお父さんもいないって。しかもあんな小さな子が真夜中に遊ぼうなんてどう考えてもおかしい。着ているものもボロボロだったし。この時僕はあの子の正体になんとなく気付いていた。だけど初めてのことで確証が持てなかった。

「葵君?」

君に声をかけられ我に返った。

「大丈夫?何か考え事?」

君は心配そうな顔で僕を見ていた。

「お?なんだ、葵?幽霊でも見たのか?」

秋人は冗談ぽく言ったがあながち間違いじゃないだろう。なんでこんなことだけは鋭いのかと思ったが、余計なことは言わない方がいい。

「ううん、何でもないよ」

僕は二人にいつもの笑顔を向けた。

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