第十二話旅館の色
「じゃあ早速温泉行こうぜ。汗だくだから早く流しに行きたい」
秋人は押し入れに入っている浴衣を取り出して、温泉に行く準備を始める。
「私も体洗いたいな」
小桜さんの髪にも汗が光る。僕たちは旅館にある浴衣とタオルを持って温泉に向かった。
「じゃあ終わったら部屋に集合ってことで」
「うん、じゃあ葵君たちまたね。ゆっくりしてきてね」
「うん。またね」
男女別にかかっている暖簾の前で、僕たちは言葉を交わして温泉に向かう。僕と秋人は体を洗い、少し熱めの温泉に入る。温泉ならではの広さとこの熱さが気持ちいい。
「ふぅ、気持ちいいな」
「そうだね、温泉なんて久しぶりだから落ち着くよね」
歴史がある旅館で温泉の種類が豊富だし、今の時間はお客さんもそこまで多くないからゆっくりできそうだ。
「じゃあ俺温泉全制覇行ってくるからまた後でな」
「ほどほどにして、のぼせないようにしろよ」
「わかってるよ。ガキ扱いするな」
秋人は無邪気に笑って、露天風呂の方へ向かっていった。たぶん小桜さんも秋人と同じようなこと言って、君を困らせているんだろうな。二人の思考はよく似ていてなんとなく分かってしまう。
そういえば秋人は小桜さんのことをどう思っているのだろう。この前の海ではなかなかいい感じになっていたような気がするが、まだ友達どまりのような気がする。
今の秋人も意識はしてるけど、多分恋人って感じじゃないんだろうな。あの二人なら今までと変わらずに彼氏彼女の関係になれると思うんだけど、うまくいくかどうかはその時になってみないと分からない。
僕は秋人に先に上がると伝え脱衣所に行き、旅館の浴衣に着替えた。脱衣所にある大きな扇風機の風にあたる。温泉で温まった体が冷めていく感じは結構好きだ。自販機で水を買おうと外に出ると、浴衣姿の君が椅子に腰かけていた。
「ほし…渚さんどうしたの?」
「あ、葵君。ちょっとのぼせちゃったみたい。休憩してから部屋に戻ろうと思ったんだ。名前呼びはまだ慣れないかな」
ふふっと微笑みながら言った。
「うん、まだ今日変えたばっかりだからちょっとね」
「そうだよね、無理しなくていいからね」
「無理なんかしてないよ。ちゃんと呼べるように練習しとくよ」
僕が笑ってそういうと君もつられて笑う。
「そろそろ部屋に戻ろうかな、だいぶ良くなってきたし」
君は椅子から立ち上ろうとしたが、バランスを崩してよろける。僕はとっさに手を出して君を受け止めた。胸元に来た君の髪の匂いが、温泉で香っていた微かなシャンプーの香りと重なる。
「渚さん、大丈夫!?」
「うん、大丈夫ちょっとめまいがしただけ。お風呂上りはこうなりやすいから」
「気を付けてね。部屋まで一緒に行こうか」
「ありがとう、葵君」
僕は君に肩を貸して部屋まで連れて行く。部屋で少し横になると君はいつもの調子に戻ってきた。
「もう平気?」
「うんもう全然大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。それにしても桃と秋人君は遅いね」
確かに帰ってくるのが遅い。僕が上がってから、だいぶ時間が立っている気がする。でもあの調子だとしばらくは戻ってこなさそうな気もする。
「秋人は温泉全部制覇するって言ってたから、時間かかってるのかも。お風呂の数も結構あったし」
「桃もここの温泉全部入るって意気込んでたよ。ほんとあの二人って似た者同士だよね」
「ふふ、そうだね。秋人が全部制覇するって言ったとき、小桜さんも同じようなこと言ってるんだろうなって思ってた」
僕と君は笑いあいながら二人の帰りを待っていた。
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