第十一話夏の色
旅行当日、僕たちは海に行った日と同じ場所に集まる。その日は珍しく秋人が一番に来ていた。
「おはよう、秋人。今日はやけに早いな」
「おお、葵。おはよう!いやーやっぱ翡翠館に行けるって思ったら、目が冴えちゃって。そういう葵こそまだ集合時間前だぜ」
「僕は遅れるのが嫌だからいつも早めの行動をしてるんだよ」
楽しみで早く起きたことは隠しておこうと思った。
「そんなこと言ってほんとはちょっと楽しみだったんだろ」
秋人には見透かされているようだ。僕が隠そうとしていたことを一発で当てられてしまった。秋人に隠し事は通用しないことを改めて知ることになった。
「まあ少し楽しみだったのは否定しないよ」
否定しても意味がないことを悟った僕は素直にそうつぶやく。それからすぐに小桜さんの声が聞こえてきた。
「おまたせー」
相変わらず明るい色をした小桜さんは朝から元気だ。
「桃、まってよー」
その明るい色の陰から君の姿も見える。
「おはよう、小桜さん」
「おはよー水篠君。秋人も今日はやけに早いじゃん。どうしたの?」
小桜さんは意地悪な顔をして秋人に言う。
「それ葵にも聞かれたんだけど、俺が早く来るのてそんな珍しい?」
「「うん」」
僕と小桜さんは声を合わせて頷く。
「ええ?」
秋人は目を見開いて大げさな仕草をする。
「だって秋人ホームルームの時とかいつもギリギリじゃん」
小桜さんが秋人の普段の様子を語る。確かに部活が無い日は秋人と学校に行く時間が被ることはなかったな。
「それはそうだけど…俺だって早く来る時ぐらいあるぞ」
言いくるめられそうになった秋人は苦し紛れに反論する。
「あーあ、秋人がいつもと違うことするから雪でも降るのかな?」
小桜さんは冗談まじりに言いながら掌を空に向ける。冬でもめったに雪が降らないこの街で夏に雪が降るなんてことはあり得ない。それぐらい秋人の行動もあり得ない。
「もー、桃が急に走り出すからびっくりしたよ」
そんなやり取りをしていると君が追いついた。息を切らして膝に手をつく君。
「ごめんごめん二人がもういたからつい」
小桜さんは手を軽く合わせながら謝る。
「おはよう、二人とも遅くなっちゃってごめんね」
「全然大丈夫だよ。まだ集合時間前だしむしろ秋人が早く来すぎなだけだから」
「まだいうか!」
僕が秋人のことを引き合いに出すと、秋人は全力で止めに来る。そんなにむきになることでもないだろう。
「皆来たし駅の中に入ろうか」
僕はそう言うと水野駅の方へ歩き出した。みんな早く来たし、集合時間も電車が来る十分前にしていたから駅のホームで少し待つことになった。季節外れの雪はどうやら降ることはないみたいだ。何事もなく電車が駅に到着する。電車に乗り込むと小桜さんが口を開いた。
「ねえねえそろそろ行先教えてくれてもいいんじゃない?」
「ああ、そうだな。じゃあヒント言ってくから当ててよ」
「お~、いいね。そういうの面白そうじゃん。渚、頑張ろう。しりとりの借りを返す時がきたよ」
小桜さんは前回の雪辱を果たそうと燃えている。
「ふふ、しりとりで負けたのは桃だけでしょ。でも面白そうだから頑張る」
「じゃあヒントは俺と葵で交互に出してくから分かったら答えて。じゃあ早速ヒント一。温泉が有名です」
序盤は軽めのヒントからと、秋人ほぼ全ての旅館に当てはまりそうなことを言った。
「う~んさすがにそれだけだと分からない。水篠君次のヒント頂戴」
「じゃあ僕からのヒントはテレビで紹介されたこともある所」
「まだ範囲が広すぎるな~。秋人、次のヒント頂戴」
「そうだな~山の上の方にあって知る人ぞ知る旅館である」
「知る人ぞ知る?全然出てこないね」
二人は難しい顔をしながら考えていた。じゃあ次のヒントはちょっと面白い感じにしてみよう。
「次のヒントは旅館の支配人の名前だよ。ちなみに名前は矢井田さんていうんだ。これをある順番で読むと別の単語になるよ。それがヒント」
「え?やいだ?いやだ、やだい、だやい、だいや。ダイヤじゃん。ダイヤモンドのダイヤだ!でもこれがヒント?」
小桜さんは困惑した色を出していた。かなり遠回しなヒントだけど今までのヒントと合わせれば答えに繋げられるはず。
「ダイヤモンド…宝石。温泉が有名で、知る人ぞ知る宝石の名前が付いた旅館…。あ、もしかして翡翠館?!」
「星月さん正解!すごいね」
僕は君の推理力に驚いた。
「え?なんで?どういうこと?!全然わからない」
小桜さんは戸惑いながら君を見る。
「あの情報だけでよくわかったね。正直僕も秋人もヒントの範囲が広すぎるし、最後は遠回しすぎたかなって思ったんだけど」
うんうんと秋人は首を縦に振る。
「お昼の番組でやってるのを最近ちょこっと見たんだ。知る人ぞ知る秘湯みたいなのやっててさ。桃がダイヤモンドっていったから翡翠って宝石だったなって思って宝石つながりだったら翡翠館かなって」
君は断片的な情報から正解を導き出した。
「渚すごーい探偵みたい!」
「そんなことないよ。桃がダイヤモンドって言ったから当てられたんだよ」
「じゃあ私たちの勝ちってことで」
「勝ち負けだったのかよ!」
秋人は小桜さんの言葉に反応する。僕と秋人は勝負をしていたつもりはなかったけど、小桜さんはしりとりの時の借りを返そうとしていたみたいだ。
「でも翡翠館ってすごく有名なところだよね。そんなところに本当に泊めてもらえるの?」
「うん。ほんとだよ」
「すごいね。そんなところ泊めてもらえるんだ。空き部屋があって良かったね。あんな人気の旅館だったら一部屋しかなくてもしょうがないよ」
「そうだね。あの人に感謝しなきゃ」
小桜さんは手を合わせてどこかに感謝する。しばらく走っていた電車は山野駅に着いた。僕たちは電車を降りて旅館の方へ向かう。
「山の方にあるから駅からちょっと歩くみたい」
僕は携帯の地図を見ながらみんなに言った。さすがにお昼ごろになると山の上の方とはいえ夏の暑さが僕たちをむしばんでいく。
「着いたら早速温泉入ろうぜ」
秋人は汗を垂らしながらそう言った。
「お昼から温泉なんて贅沢な考えだね、秋人は」
小桜さんも内心ウキウキしているけど、秋人には軽口を叩く。
「いいだろ別に、旅館に行けること自体が贅沢なんだから楽しまないと」
「確かにそうだ。じゃあさ秋人また競争しない?海のリベンジ!」
小桜さんは秋人の前に立ち塞がり再び勝負を挑む。
「懲りないな桃は」
「泳ぎじゃ負けたけど持久走なら私も自信があるからね」
小桜さんは自信満々に足を叩く。
「いいぜ。じゃあ旅館まで勝負だ」
「よ~し。あ、二人はゆっくりでいいからね」
「うん。そうさせてもらうよ。山道走ってばてたら温泉入らずに寝ちゃうかもしれないし」
僕は即答した。二人の勝負に着いて行ったりしたら、さっき言った言葉通りになってしまうのが目に見えている。
「私も山の空気を味わいながら行くよ」
君も僕の隣で周りを見ながら山の空気を感じていた。
「よし、じゃあ桃、行くぞ。よーいスタート」
二人は勢いよく走り出していき、あっという間に僕たちの視界から消えた。
「やっぱあの二人すごい速いね」
「うん。運動系のことは何でも出来ちゃいそうだよね。私たちは景色でも見ながらゆっくり行こう」
セミの鳴き声や川の流れる音、夏を感じながら君と二人歩いていた。
「突然なんだけど水篠君ってなんで下の名前が葵なの?」
本当に突然で少し驚いたが僕は答えた。
「名前の由来?何だったかな。確か葵の花言葉の一つに温和っていうのがあって、誰に対しても優しく誠実な子に育って欲しいみたいな感じだった気がする」
「へぇーそんな花言葉があるんだね。実際水篠君はその通りに育ったね」
君にそう言われて少し照れ臭くなった。面と向かって褒められる機会なんて、高校生にもなると少なくなっているから耐性が無くなっている。
「そうかな。星月さんはなんで渚っていうの?」
僕はそんな照れを隠すように君に聞いた。
「私はね、穏やかな海のようにおおらかで優しい子になってほしいって」
君は優しげな瞳に、揺れる木の葉を映しながらそう言った。確かに君はいつも穏やかで、怒る所なんて想像も出来ないほど優しい。
「いいね。まさにその通りって感じ」
「ふふ、そうなれてたらいいな」
「人の名前の由来って意外と面白いよね」
「うん」
君は少しうつむきながら静かに頷く。普段と少し様子が違う君が少しだけ気になった。
「どうしたの?」
「いや、水篠君ともだいぶ仲良くなれてきたし、そろそろ下の名前で呼びたいな…なんてね」
僕は予想外の提案に一瞬ドキッとした。まさかそんなことを言われるなんて考えてもいなかった。
「ダメ…かな?」
「いや、全然。下の名前で呼んでくれていいよ。水篠ってちょっと言いづらいしね。自己紹介とかで名前言うときに毎回嚙みそうになっちゃうもん」
僕は内心ドキドキしながら、なんとか動揺を抑えようと早口で喋ってしまう。それになんだか支離滅裂なことを喋っている気がする。
「よかった。いきなりこんなこと言ったら断られるんじゃないかなって心配だったんだ。それで、もしよかったら私も下の名前でよんでほしいな」
「あ、うん。分かったよ渚…さん」
今までは家族と秋人しかいなかった場所に君の名前が突然入り込んでくる。僕はぎこちなく言葉を発することしかできなくなっていた。
「ありがと葵君」
君の中にはいろんな名前が入っているんだろう。僕の名前もすっと出てくる感じがした。君が僕の名前を呼ぶのと同時くらいに立派な旅館が見えてきた。
「あ、葵君あそこじゃない?」
「そうだね。秋人と小桜さんが見えるよ」
二人は入口の邪魔にならないところで座り込んでいた。
「お待たせ、今回はどっちが勝ったの?」
秋人が手を挙げた。肩で息をしながら辛そうに手を挙げている。
「今回も、俺の勝ち。けど途中、ちょっと危なかった…。山道は桃の方がちょっと速くて焦ったぜ」
その言葉に小桜さんが悔しそうに言葉を返す。
「途中までは私が勝ってたのにー。最後の直線で負けたー」
「途中まで秋人に勝ってたんだ。すごいね」
僕はまたしても小桜さんの運動神経に感心した。
「ほんとに最後の直線が無ければ勝てたのに」
小桜さんはものすごく悔しそうだった。君は小桜さんを慰める。まるで小さな子をあやすようなその姿は見ていてなんだかおもしろかった。
旅館の中から女将さんが出てくる。
「水篠様、お待ちしておりました。どうぞ中に入ってください」
僕たちは姿勢を正して女将さんにお辞儀をする。
「こんにちは、急なお願いだったのにありがとうございます」
「いえいえとんでもないです。山道でお疲れでしょう。早速お部屋の方ご案内しますね」
僕たちは女将さんの後ろをついて行った。夏の暑さが吹き飛ぶような自然を感じさせる内装が気温を五度くらい下げたように思えた。
「こちらが今回泊まっていただくお部屋になります」
部屋を見るなり秋人は驚きを隠せずに声を出す。
「おお、すげぇめっちゃきれいじゃん」
なんだか失礼な言い方のように聞こえるけど、声が出てしまうのも無理がないほど整った部屋だった。四人で寝泊まりするには十分すぎる広さだ。
「温泉の方もすぐに入れますのでごゆっくりおくつろぎください。夕食のお時間は何時頃にいたしますか?」
「夕飯どうしようか」
「六時ぐらいでいいんじゃないか?今から温泉入ってちょっとゆったりしてからご飯にすれば、ちょうどいいんじゃん?」
秋人が口を開き、それに小桜さんも賛成する。
「そうだね。あんまり早くてもあれだしね」
「じゃあ六時でお願いします」
「かしこまりました。ではごゆっくりお過ごしください」
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