迷子の兄弟達
第24章 迷子の兄弟達
トマがボートの船縁を乗り越えて嵐の海に飛び込んだ時、前方はほとんど見えませんでした。彼は方向も分からず、命がけで勢いよく泳ぎ出しました。波と闘いながらも彼は哀れげな泣き声を上げました。しかし、すぐに彼には泣くだけの体力がなくなりました。何時間もの間、彼は山のような波に流され、風と流れにさらわれながら、水の中をもがいて進みました。
やっと岸にたどり着いたとき、彼は自分がどこにいるのかまったくわかりませんでした。しかし、あまりにも見慣れない所だったので、遠くにいるに違いない両親を見つけたいと願いながら、もう一度岸に沿って泳ぎ出しました。彼は出来る限り囀り声を上げながら、雷鳴が降り注ぐ暗闇の中を泳ぎ続けました。答えはありませんでしたが、彼は希望を持ち続けました。きっとオッティガとビューティは次の波を越えた次のカーブのあたりに、それほど遠くないところにいるはずでした。
トマはほとんど休むことなく、嵐がやむまで岸に沿って泳いだり走ったりしました。夜が明ける頃には、彼は、雨で氾濫し、急な並木に囲まれた見慣れない川の河口にいました。彼は今、自分が迷子になっており、家族がどういうわけかどこかに消えてしまったことを悟りました。彼は夜通しの闘いで疲れきり、恐怖を感じることさえ出来ませんでした。彼は疲労で半死状態になり、張り出したニレの下の窪みに這い込み、あっという間に深い眠りにつきました。
午後遅く、トマは切迫したチャックル音で目を覚まし、眠い目を開けると、弟のネセダが嬉しさのあまり狂ったように鼻をすりすりしながら彼にキスをしていました。トマは自分の目を信じることができず、ネセダの全身の匂いを嗅ぎ、家族の一人を見つけた喜びで一杯になりました。気忙しくカワウソ語のおしゃべりを沢山した後、トマは、ネセダが自分と同じ方向に嵐に吹き飛ばされ、トマの匂いを見つけ、彼が眠っている場所まで川を遡って辿ったことを知りました。
兄弟たちは暗くなるまで窪地で一緒に丸まって眠りました。そして、空腹に駆られてこの奇妙な川の岸辺を出発しました。彼らは自分たちの家族が漁師に捕らえられたと信じる他ありませんでした。しかしそれでも、彼らの悲しい小さな心は、恐らくこの先のどこかでオッティガとビューティが彼らを待っているかもしれないと期待し続け、この微かな希望が彼ら心を支え続けました。
2頭の兄弟達は秋の間ずっとバラブー川を遡り、ザリガニや時々鯉を食べて暮らし、荒れた窪地や絡み合ったブドウの蔓の下で眠りました。雪が降り始めた時、彼らはウォネオック近くのリーズバーグの上にいて、そこで冬の間ずっと彼らを守っていたマスクラットの古い巣穴を見つけました。
兄弟達がその地域で越冬していた別のカワウソに出会ったのは、巣穴近くの上陸場所(pulling-out place)でした。彼はネプチューンという名前の年老いた雄のカワウソで、約18歳の本物の長老でした。ネプチューンはウィスコンシン州の支流から下っていき、途中で数家族の父親になりましたが、その度に仲間や子供達を罠猟師やその他の事故で失いました。彼の毛皮は今では白い毛で覆われていましたが、その年齢にもかかわらず、彼はトマとネセダがこれまで見たどのカワウソよりも、彼等の父親よりも速く泳ぐことができました。ネプチューンの傷つき老いた心は、これら2頭の若い孤児によって動かされ、すぐに彼らを保護しました。彼は子供達に自分の食べ物を分け与えました。そして、彼らが氷の上でスライディングゲームをしたり、腹ばいになって雪岸を滑り落ちたりする遊びにしばしば加わりました。
ネプチューンは、他のカワウソがほとんど知らない秘密も知っていました。秘密の1つは、大きなオサガメまたはスッポンが越冬する場所でした。彼は水深約2フィートの浅い砂州に沿って泳ぎました。まもなく彼は立ち止まって砂の中に立ちました。するとオサガメが飛び出してきました。ネプチューンは、動きの鈍いカメを皿のように水中に押し出し、氷の上に運びました。そこで彼はそれを殺し、殻から肉を引き裂き、肝臓と内臓だけを食べました。
トマとネセダもすぐに同じことを学びました。ビタミンたっぷりのカメの肉は、冬の食生活を満足で健康的なものにしました。ネプチューンは彼らに、ミノーやコイが冬の間凍っていない深いプールで群れをなしている場所を教えました。氷水のせいで動きが鈍くなった時は、魚を捕まえるのは簡単でした。子供達が夕食にカエルが欲しいと思った時は、彼らは川岸の弾力のある場所で冬眠しているカエルを見つけることが出来ることを知っていました。
1月のある日、2頭の子供達がネプチューンと一緒に川の広い場所で釣りをしていたとき、ネプチューンは氷の空気穴から大きな鯉を捕まえました。彼がそれを氷の上に持ってきて、そのヒレをおいしそうに食べていると、大きな白頭ワシが飛んで来ました。ワシは魚を見つけ、とてもお腹が空いていたので、ネプチューンに向かって嫉妬して叫びました。ネプチューンは叫び返すことさえせず、ただ食べ続けました。しかし、2頭の子供達は急いで水に飛び込み、目と鼻だけを氷の端から覗かせて見ていました。
その日、ワシはほとんど食べ物を見つけられなかったので、ネプチューンの魚を欲しがりました。彼は鯉に向かって急降下し、巨大な鋭い爪で鯉を捕まえました。しかしネプチューンは動じませんでした。ワシが魚を連れて飛び去ろうとしたとき、彼は断固とした表情で魚に食いつきました。そして鳥はすぐに、ネプチューンと魚の両方を氷から持ち上げることは出来ないことに気づきました。鳴き声と呻き声を上げながら、2頭の敵同士は一緒に氷の上を滑り、ワシの翼は激しく羽ばたいて空に上がろうとしました。
すぐに、ワシの羽がネプチューンの白髪の頭を叩き始め、これにネプチューンは心底腹を立てました。彼は咥えていた鯉の頭を離してワシに突進しました。しかし、彼が鯉を放した瞬間、ワシは魚を氷から持ち上げ、低木樫の木のてっぺんまで飛んで行きました。そして、岩だらけの断崖の上で、彼は朝食を食べながら、食事の合間にネプチューンをからかうような叫び声を上げました。カワウソ語で悪態を呟きながら、ネプチューンは別の鯉を捕まえるために氷の空気穴に戻りました。
長く寒い冬の夜、トマとネセダは両親や兄弟姉妹のことを悲しい気持ちで思い出しました。マスクラットの巣穴にいた頃はお互いに遊んだり、寄り添ったりしましたが、その頃とはもはや同じではありませんでした。彼らは、優しい母親の穏やかな甘い囀り声をまた聞きたいと思いました。そして、大きなハンサムな父親が家族のために餌を探しながら潜ったり滑り降りたりするのをまた見たいと切望しました。彼らは、ウィスコンシン州の水辺を何マイルも泳いでブラックホークとオライタと遊んだ楽しさを思い出しました。そして彼らは悲しみ、無気力になり、外では吹雪が吹き荒れる中、巣穴の中で静かに横たわり、最愛の家族の身の上を案じ、また会うことが出来るのだろうかと思い悩みました。
森や小川に春がゆっくりと戻って来ると、雪は冷たい雨に変わり、冷たい雨は暖かい雨に変わりました。晴れた日には、太陽は少しづつ早く、そして少しづつ北から昇りました。まもなく、雨と太陽が雪と凍った林床を溶かし、芳香を放つ腐葉土がカワウソの足の下で水に浸したスポンジのようになりました。春になると子供達の気分も高まってきました。寒い季節には家族を失った悲しみが重くのしかかりました。しかし太陽が戻ってきた今、どういうわけか彼らは家族も戻ってくるかもしれないと感じました。多くの古い友人が戻って来ました。渓谷を北に向かって羽ばたくアヒル、沼地で再び鳴き始めたスピリングピーパー(spring peepers、訳注:米国東部とカナダ産の茶色い小型のカエルで、春先に湿地で甲高い声で鳴く)、夜が明けるたびに夏の住人が増え、朝の鳥の合唱が大きくなっていきました。トマとネセダはマスクラットの巣穴にはもう留まることは出来ませんでした。衝動に駆られせっかちな彼らは、旅をしたいというカワウソの衝動に屈しました。
トマとネセダは今では元気な一歳のカワウソで、完全に成熟するまであとわずか数インチであり、十分な筋肉がまだ発達してないことを除けば完全に成長していました。ネセダはトマよりもまだ1〜2インチ背が低く、体全体はスリムでした。しかし、本当に自慢したいときは、泳ぎの遅い兄の周りを泳いで回ることができました。旅の間、彼らは十分な時間をかけてはしゃぎ、遊び、途中で見つけたザリガニをすべて捕らえて食べました。
最初に彼らはバラブー川から南西に向かい、古い道に沿って多くの小さな川や湿地の池を渡りました。ユバの下で彼らはパイン川に来て、それに沿って南に旅しながら、それぞれの上陸場所(pulling-out place)で両親や兄弟姉妹の痕跡を熱心に探しました。多くの場合、彼らはカワウソのしるしを見つけ、1、2回他のカワウソに会いましたが、自分達の愛する家族の痕跡には一度も出会いませんでした。
旅の間ずっと、彼らは伐採された森や川岸で遊んだり狩りをしたりする他の森の動物たちに出会いました。これらの森には多くの鹿が住んでいて、孕った雌達は子を産むための人里離れた場所を探して藪の中を歩き回っていました。トマとネセダは、母ビーバーが新しい子を誰にも邪魔されずに育てられるように、父ビーバーが3歳の子ビーバーをなだめて古い家から遠ざけるのを好奇心旺盛に見守りました。
ある朝、トマとネセダが寝る場所を見つける前に、川からそれほど遠くない木から甲高い鳴き声やおしゃべりの声が聞こえてきました。彼らは興味深く耳を傾け、調査することにしました。土手に登ると、大きなハコヤナギの木の高いところで、つがいのハシボソキツツキ達が大きな灰色のリスと戦っているのが見えました。リスは産まれたばかりの卵を盗むために巣に侵入しようとしていました。キツツキの1匹はリスが近づくたびに巣の中で目と鼻をつつき、もう1匹は空中に浮かんで耳をつついていました。
一方、木の根元にキタキツネが座り、鳥かリスが落ちてくるのを期待し、興奮して吠えていました。鳥の甲高い鳴き声、リスの怒って非難する鳴き声、そしてお腹をすかせたキツネの鳴き声が20分近く鳴り響き、最終的にリスは諦めて木の上を抜け、お腹を空かせて失望したキツネを置き去りにして去りました。




