嵐と悲しみ
第23章 嵐と悲しみ
ウィスコンシン川の馴染みのある水域に戻ったオッティガとビューティは、数日間ゆっくり過ごしました。彼らは川を遡り続けましたが、犬との激しい戦いで体がこわばり、痛みを感じていたため、休憩するために何度も途中で止まりました。彼らは日当たりの良い岸辺で並んで日向ぼっこをし、一緒に静かに横たわって、噛み傷や打撲傷を治しました。
最初、事情のよくわかってないブラックホークとトーマは、元気一杯にはしゃいで飛び回り、一緒に遊ぼうと両親をしきりに誘っていました。しかし、ついにオッティガは彼らの容赦ない誘いに我慢できなくなり、ブラックホークの鼻を鋭く軽く噛み付きました。ブラックホークは驚いて金切り声を上げ、その後、子供達は親が呼ぶまで自分達で静かに遊びました。
広くて流れの緩やかな川を上りながら、オッティガとビューティは子供達に先に行かせたり、子供達だけで短い寄り道をさせることが次第に多くなりました。オッティガは、子供達が成長するにつれて、より自立する必要があることを知っていました。そしておそらく、自分がどれほど早くから一人で道を歩むことを余儀なくされたかを思い出したのかもしれません。その子たちは今では母親とほぼ同じくらいの大きさになっていました。そして、まだ愚かな赤ん坊のように振る舞うことがよくありましたが、彼らは多くのカワウソの言い伝えと技術を学びました。
8月末から9月初めにかけて、オッティガと家族はゆっくりと川を遡り、黄金の日中と静かな月夜を楽しみました。空気は熟した山ぶどうやベリー(訳注:水分の多い丸い小さな果実)の香りで甘く、あちこちでウルシが真っ赤に染まっていました。ウィスコンシン湖の青く広がる湖に入ったとき、彼らは何日も続けて湖岸を探検し、夜明けになると湖岸のはるか奥にある深い砂の洞窟に巣を作り、一晩中泳いだり、滑ったり、沢山のザリガニを捕まえたりしました。
子供達は、大きなチョウザメやコイの群れを追いかけるという素晴らしいスポーツを見つけました。しかし、本当にお腹が空いたとき、彼らは岸沿いのザリガニのところに戻りました。9月一杯、彼等はウィスコンシン湖に滞在しました。しかし、夜の空気が冷たくなり、寒い夜明けに白い霧が海岸に沿って集まってくると、オッティガとビューティは長い冬について考え始めました。
彼らは再び南西に向かうことにしました。ウィスコンシン川を下れば、前に沢山のザリガニを見つけたことのある平らな川底があります。そこならば、これから先の長く寒い日々の中で、確実に食べ物を見つけることができる場所でした。ビューティが出発しようと決めたのは、9月下旬の異常に暖かい日でした。午後遅くに彼らは洞窟を出て、湖をまっすぐに泳いで渡りました。西の空には暗い嵐の雲が地平線に重なり、そして稲妻の閃光が時折光り、まだ微かで遠くでしたが、ゆっくりと近づいて来ました。
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オッティガは心配そうな様子で嵐雲を見つめ、その不安をビューティにチャックル音で伝えました。彼は嵐が去って夜になるまで待ちたい気持ちでした。しかし、ビューティは先に進みたがりました。子供達はビューティの後を楽しそうに追いかけ、オッティガが注意深く後を追いました。湖を1マイルちょっと下ったところで、オッティガが突然鼻を鳴らして警告しました。数隻のモーターボートが砂岩の向こう側のすぐ前に停泊しており、乗組員はパイク釣りをしていました。
ボートはとても静かに水面に横たわっていたので、ビューティは子供達と一緒にすぐそばに来るまで気づきませんでした。オッティガの叫び声で、カワウソ達は水中に潜り込みました。しかし漁師達はそれを見てとても興奮しました。釣りに退屈していた彼等は、もっと刺激的なスポーツが目の前にやってきたと思いました。彼らは錨を引き上げてカワウソの追跡を始めました。船外機の大きな音が子供達を怖がらせ、混乱させました。そして彼らはお互いに、そして両親からも離れ離れになってしまいました。彼らはできるだけ長く水中に留まりながら必死に泳ぎました。しかし、黒いカワウソの頭が水面に上がってくるたびに、「そこにいるぞ!」という叫び声が上がり、モーターボートが恐ろしい音を立てて突進していきました。
オッティガとビューティは輪を描いて泳ぎ回りながら、散り散りになった子供達を必死に呼んで探し、ボートがほとんどぶつかりそうになるまで近づいてきた時だけ水中に潜り込みました。やっとビューティはオライタが南岸に向かって進んでいくのを見つけました。他の子供達に必死に呼びかけながら、彼女はオライタの後を追いました。ブラックホークは彼女の声を聞き、勢いよく息を吸いながら威嚇するように迫るボートの下に潜り、誰にも見られずに母親を追いました。
しかし、ネセダとトマはそれほど幸運ではありませんでした。モーターボートの群れが彼らを取り囲み、漁師の網から逃れるために、彼らは常に潜ったり旋回したりしなければなりませんでした。空気を吸うために水面に上がるたびに、彼らは両親を求めて必死に囀り声を上げましたが、モーターの騒音が彼らの弱々しい鳴き声をかき消しました。オッティガは何度も彼らに呼びかけましたが、返事はありませんでした。空は嵐の雲で暗くなり、強まる風で波はさらに荒くなり、彼は子供達の姿を見失いました。
漁師たちも嵐の接近に不安を募らせていました。しかし、ちょうど彼らがカワウソの追跡を諦めて岸に向かう準備をしていたとき、男の一人がトマを網で捕まえることに成功しました。トマは哀れな悲鳴を上げながら、網と格闘しました。彼はボートに降ろされると、捕らえた男に飛びかかりました。男は思わずひるみ、トマはネットから滑り抜けました。そしてボートの船縁をよじ登ると、あっという間に舷側を滑り降りて水中に飛び込みました。
ついに嵐が到達し、不気味な黒い空から豪雨が降り注ぎ始めました。漁師たちは急いでボートを岸に向け、水浸しになる寸前に浜辺に到着しました。湖の上では稲妻が光り輝き、雷鳴と風と波の轟音が混ざり合って恐ろしい光景になりました。
嵐は早朝まで吹き荒れ、ようやく水が静まり雲が晴れたとき、カワウソの家族は悲しいことに散り散りになっていました。オッティガは、嵐が起こった直後にビューティ、オライタ、ブラックホークを追って南の海岸までなんとか到着しましたが、行方不明の2頭の子供達のことを考えて胸が痛みました。夜明けのずっと前から、彼はボートがあった場所の近くを行ったり来たりして、何度もトマとネセダを呼びました。返ってきたのは静寂だけでした。何の返事もありませんでした。星々が遥か上空から見下ろしているだけでした。
ビューティは絶望のあまり泣き叫び、囀り声を上げ、他の2頭の子グマと一緒に岸に沿って走りました。そしてオッティガが悲しみを背にして戻ってきた時、彼も彼女の絶望的な捜索に加わりました。彼らは子供達の匂いを求めてどこでも嗅ぎ回りましたが、雨と打ちつける波が痕跡を全て洗い流していました。湖岸を少し下ったところで、彼らは停泊しているモーターボートの群れを見つけました。そして、オッティガとビューティが心配そうにそれらの匂いを嗅ぎ回ると、彼らの心は完全な絶望に沈みました。ボートの1つにトマの匂いがあり、それは彼が捕らえられたことを意味していました。
オッティガは新たな焦りに駆られ、砂、土手、そしてすべての下草の匂いを嗅ぎ、トマの足跡を探ろうとしました。しかし、他の場所には彼の匂いはなく、ネセダの気配もまったくありませんでした。オッティガとビューティは、トマは捕らえられて殺され、ネセダは嵐で溺死して跡形もないと確信し、悲しみ、心を痛めて引き返しました。
しかし、まだ世話をしなければならないブラックホークとオライタがいました。オッティガとビューティは死んだ子供達を悼みながら、生きている子供達の世話をしました。そして、冬の間の居住場所に向かってウィスコンシン川を泳いで下って行ったのは、悲しく疲れ果てた家族でした。ブラックホークとオライタから遊ぶ意欲は消え、ビューティとオッティガは、とても陽気でいたずら好きだったトマと、彼らの中で一番かよわい赤ん坊だったネセダの思い出に胸を痛めました。




