ビューティと野獣
第9章 ビューティと野獣
来る日も来る日も子供達はどんどん大きくなっていきました。カワウソのミルクは牛乳の10倍も豊富なので、赤ちゃんを満足させるのにミルクはあまり多く摂る必要はありませんでした。目が開く前でさえ、子供達はとても遊び好きでした。母親が乳を与えて洗った後、彼らは仰向けになり、足を空中でくねらせ、口を開けて互いに噛み合うふりをしました。しかし、彼らにはまだ歯がなく、噛んでもはほとんど痛くありませんでした。
時々、ブラックホークは母親の尻尾の端をつかみ、それで遊んでいるときに噛んだりうなり声を上げたりしました。これはビューティを喜ばせました。彼女はブラックホークに飛びかかるふりをして、彼の頭を口にくわえました。しかし、とても優しく扱うので、彼の絹のような毛皮を逆立てることさえありませんでした。オライタは前足をたたき、せっせっせをし(play pattycake、訳註:両手をたたき合う子どもの遊び)、ビューティが彼女の体を洗う時でさえ、チャックル音を上げました。オライタは、綺麗で甘い香りがするのが好きだったので、兄弟のように体を洗われることに反対したことはありませんでした。時々、トマ、ブラックホーク、ネセダ、オライタがお互いの尻尾をいじり、あたかも危険な敵であるかのように激しく飛び跳ねたり噛んだりしていました。
子供達は食べて少し遊んだ後、すぐに眠りに落ちました。その時になってビューティは丸くしていた体を伸ばし、巣の外に滑り出ました。彼女の子供達の上に何枚かの葉と苔を鼻で押しやった後、荒れた天気の日には丸太の中の入り口近くで新鮮な空気を吸い、良い天気の日には丸太の上に上がりました。
日が暮れるとすぐに、赤ちゃん達にその日最後の授乳をしたり、体を綺麗にしてやった後、ビューティは小川に滑り込みました。巣穴から約半マイルのところに、ザリガニ、カエル、ミノー(訳註:コイ科の小魚)がたくさんいる場所がありました。彼女は水に飛び込んで泳ぎ、水浴びをしてお腹いっぱい食べて、急いで家に帰りました。時々彼女は、さらに上流に行ったところにオッティガの姿を見かけることがあり、互いに軽くチャックル音で挨拶しました。しかし、オッティガはあまり近づきませんでした。彼は、ビューティが今のところ子供達に全ての関心を注がなければならない、ということを知っていたので、遠くから家族を見守っていました。
ある朝早く、ビューティがその夜二度目の採餌から戻ってきている途上で、猟犬の鳴き声を耳にして驚きました。今回の採餌旅行は、いつもより遠く離れた場所に食べ物を探しに行きました。そして、森の中をさまよっている野良犬が彼女の足跡に出会わせたのでした。その猟犬が自分の背後にどれほど近づいているかを悟って、一瞬ビューティの心臓の鼓動が止まりかけました。それから彼女は、大切な赤ちゃんのことだけを考えて、巣に帰るために雪の中を全速力で駆け抜けました。
ビューティは、猟犬よりわずか1分だけ早く丸太に到達しました。彼女はドアの中に飛び込み、赤ちゃん達のいる巣に走りました。全てが平穏でした。子供達は葉の毛布の下で安らかに眠っていました。ビューティは立ち止まることなく、すぐに入り口に走って戻りました。彼女が入り口にたどり着いた丁度その時、猟犬は傷だらけの大きな頭を開口部に押し込みました。
一瞬のうちにビューティは犬の鼻に食いつき、必死になって食いしばりました。猟犬はうなり声を上げ、痛みにうなり声を上げました。彼は身もだえして引っ張り、ビューティの食い付きを緩めようとし、慈悲を求めて鳴き声を上げました。しかし、ビューティは顎をさらに強く締め、足を支え、1インチも緩めることを拒否しました。猟犬は全力で引っ張り続けました。ビューティの2倍の体格だったので、彼はついに振り払うことが出来ました。今、彼は本当に怒っていました。彼は開口部の周りを飛び回り、敏感で出血している鼻の痛みに激怒して、殺したいという欲望でこれまで以上に激しく吠えました。
彼は丸太のてっぺんに飛び乗り、それに沿って走り、通り抜けるのに十分な大きさの別の入り口を探しました。その時、彼は丸太の節穴から赤ちゃんの匂いを嗅ぎ付けました。彼は大声で吠えながら、穴を引っ掻いたり、噛んだりしました。
ビューティは丸太の入り口でうずくまっていました。しかし、子供達が目を覚まし、泣き始めたとき、彼女はもう我慢できませんでした。彼女はこの怪物を完全に追い払うために出口から飛び出しました。犬は彼女が突進してくるのを見て、彼女の攻撃を避けようと脇に飛び退きました。しかし、ひと月前にキツネがしたように、彼は逃げませんでした。代わりに彼は殺戮者の決意を持ってビューティを襲ってきました。
最初の突進では猟犬は彼女を捕まえることは出来ませんでした。彼は再度襲ってきました。ビューティは避けようとせず、彼女が最初に捉えられるもの、犬の長く垂れ下がった耳、に彼女の歯を食い込ませました。猟犬は怒りと痛みで頭を激しく振り、すぐに振り解きました。彼はビューティーにまた飛びかかり、彼女の背中の緩んだ皮膚を捉えました。ビューティは痛みなど念頭になく、しなやかな体を弛んだ皮膚の下でひねり、再び犬の鼻にしっかり食いつきました。
彼の鼻はひどく裂傷を負っていましたが、猟犬は戦いをやめませんでした。殺戮への欲求が、彼が感じた痛みに打ち勝っていました。彼はビューティを捕まえていた力を緩め、出来た余裕で頭を振り、彼女の鼻掴みを振り解きました。それから彼は再び突進し、今度は母カワウソからその命を振り飛ばすと決心していました。
ビューティはこの激しい戦いで急速に疲れ果てていました。彼女は授乳中の母親だったので、彼女は体力が最強の状態ではありませんでした。そして今、彼女は次の攻撃に耐えることは出来ないかのように見えました。彼女は疲れ果ててうずくまっていましたが、踏みにじられ、血が飛び散った雪の中でまだ戦いの気力は衰えてませんでした。彼女が最後の戦いを待っていたとき、彼女は黒い筋が猟犬に向かって走ってくるのを目にしました。それはオッティガでした。彼の伴侶と彼が見たことのない赤ちゃん達を守るために飛ぶように走っていました。彼は、小川のはるか下流から猟犬の鳴き声がするのを聞きました。そして、彼の家族が危険に晒されていることを恐れ、水中を稲妻のように泳ぎ、岩や氷が邪魔をする場合は岸を走り、その方向に急いで行きました。
オッティガは子供たちに一度も会ったことがありませんでしたが、彼らとビューティは彼にとって全てを意味していました。彼らが生まれたとき、彼らのためにより多くの場所を空けるために彼は巣穴から出ました。そして、起こりうる危険に注意を払っていました。しかし、彼は彼らの巣から遠く離れてどこかに彷徨い出てしまうことは一度もありませんでした。いつか彼等が皆同じ小川で一緒になれる日が来ることを期待していました。今、彼は彼の伴侶と子供達を守ろうと飛ぶように走っていました。オッティガはビューティに声をかける暇さえかけませんでした。彼は雄叫びを上げるために立ち止まることさえしませんでした。彼は砲弾のように突進し、犬の唇に食いつきました。猟犬はびっくりし、恐怖に襲われて泣き声を上げました。
新たなエネルギーを得て、ビューティーは犬の背中に飛び乗り、一度に十数箇所も噛みつきました。彼らは雪の中を何度も転がり、2頭のカワウソは強力な顎と歯で猟犬をしっかりと痛めつけました。この頃には、犬は噛み付くことさえ忘れていました。彼の頭にあるのはただ逃げることだけでした。彼は、彼とほぼ同じ重さのこの猛烈に大きなカワウソ、あまりに素早く動き、あまりに痛く噛み付くカワウソ、がどこから来たのか理解できませんでした。犬は吠えるのをやめ、ひたすら逃げ去るチャンスを待っていました。疲れ果てたビューティがついに猟犬の耳を離した時、オッティガはバランスを崩し、猟犬は木に転がりました。すぐに犬は立ち上がると、全力で走り去りました。尻尾を体の下に巻き、疾走する前足の後ろから雪が飛び散りました。
もし犬が振り返っていたら、どちらカワウソもついて来ていないことに気づいたでしょう。彼の目には血が流れていて、彼の視覚と感覚はぼやけていました。道のずっと先の丸太の上にヤマアラシがいるのを見たとき、彼は遠吠えを漏らし、カワウソが追いついたと思ってこれまで以上に速く走り始めました。彼は走りに走り、休むために立ち止まった時には5マイル以上走っていました。疲れ果て、散々な目に遭った彼は、傷口をなめ、カワウソの危険性について思いに耽るために浅い洞窟に這い込みました。
猟犬が去るとすぐに、傷つき疲れたビューティは赤ちゃん達の元に戻りました。彼女が丸太に這い込むと、みんなヨロヨロと後ろ足で立ち上がり、激しく彼女にむしゃぶりつきました。彼らは喧嘩の音と犬の匂いで怯えていましたが、身を守るために戦う準備ができていました。ビューティは彼らを穏やかなチャックル音で静め、愛情を込めて彼らを包んで丸くなりました。一瞬のうちに彼らの闘争心は消え去り、誰もが突然自分がどれだけ空腹であるかに気づきました。
赤ちゃん達が授乳している間、丸太の節穴から太陽の光が差し込んで、小さなネセダと戯れました。彼は乳を飲むのをやめ、前足で太陽光線を捕まえようとしました。嬉しい喜びとともに、ビューティーは彼が見えることに気づきました!子供たちの小さな目のスリットが、やっと開き始めていました。そしてすぐに彼らの明るい茶色の目は森の不思議を発見することでしょう。ビューティーは、ネセダの目が最初に開いたことを特にうれしく思っていました。それは、彼がより強い兄弟姉妹達に追いついているということを意味しているからでした。
赤ちゃん達が乳を飲んで眠るとすぐに、ビューティは外に出て、涼しくて心地よい雪の中を転がり、体をこすりました。氷のマッサージは、彼女が犬から受けた咬傷から痛みを取り除くのに役立ちました。オッティガは、ビューティが出てくるのを辛抱強く待っていました。そして今、彼は彼女に駆け寄って、彼の愛を込めたチャックル音を上げ、優しく彼女にキスをしたり、鼻でつついたりしました。ビューティは幸せそうに彼に鼻をこすり付けました。彼等は、6週間の別れの後再び一緒になり、互いに相手の匂いを情熱的に嗅ぎ合いました。オッティガはビューティの母親としての責任を尊重していましたが、彼等が一緒になって遊んだ後の長い別れは寂しい物でした。今、彼はビューティにちょっとした休暇を取るよう説得しました。体を洗い、戦いで受けた傷を癒すと、彼等は、生後6か月の若者のように、30分ほど走り回ったり転がったりしました。