第四章 王弟殿下の来訪 ③父様の決断
屋敷の応接室に入ると、そこには対面に座って談笑しているサージェスト様と父様の姿があった。
屋内だからか、今まで薫っていた以上の強い香りに酔いそうになる。
どうやら父様はちゃんと大人の、貴族の対応ができているみたい。
さすが宮廷の調整役ね。
サージェスト様の方も先ほどとは違い、落ち着き払った様子でゆっくりと父様と話している。
その姿はとても王族然として見える。きっとこちらが普段の状態なのだろう。
ところが、私たちに気づいた途端、先ほどまでの落ち着きはどこかへ姿を消し、急にウキウキソワソワと落ち着きのない様子へと変化した。
父様との話は続いているので、こちらを向いてはいないものの、心ここに在らずなのは明らかだ。
その空気を感じ取った父様が慌てて話を切り上げ、私と母様、それに兄様たちに横に来るよう手招きした。
「殿下、改めてご紹介させていただきます。これは妻のリザベル、息子のキースとカイン。そして、娘のキリアです」
紹介に合わせて、それぞれに礼をとる。
私はマスターしたてのカーテシーを披露した。
挨拶の後、それぞれにソファや椅子に座る。
私は父様と母様の間、サージェスト様の向かいに腰を下ろした。
兄様たちはそれぞれ父様と母様の横に、一人がけの椅子を並べ、そこに座る。
落ち着いたところにお茶が運ばれ、ようやく話が始まった。
「事前に手紙を送ったとはいえ、急な訪問で申し訳ない。居ても立ってもいられず……ひとまず陛下への報告は済んでいる」
「ということは……やはり王命がくだるのですか?」
悲壮な顔で父様が尋ねると、サージェスト様はゆっくりと首を横に振った。
「前例に倣うのであれば、そうなるのだが、今回は状況が異なる。私としては、キリア嬢を王命で無理矢理番わせるような、縛るようなことはしたくないと考えている。できるならば、きちんとわかり合った上で番いの契約を結びたい……何より私は、キリア嬢の気持ちを大切にしたい」
そう言いながら私を真っ直ぐに見つめる。
その瞳に私の心臓がトクンと脈打つ。
イケメンがイケメン過ぎてツライ……!
キラキラの王子様は、想像以上に真っ直ぐでカッコイイ人みたいだ。
「それに、私が生まれたとき、番いの魂はこの世界には無いと言われ、私自身もう諦めていたし、一人でこのまま短い人生を終えるのだと思っていたのだ……」
昔のことを思い出しているのか、少し俯き加減にそう呟くように語ると、組んでいた指を組み替え、顔を上げ、再び私を真っ直ぐ見つめて切り出した。
「……だから、キリア嬢、あなたが存在してくれるというだけで、今は胸がいっぱいなんだ」
その表情はとても晴れやかで、幸せに満ちていた。
彼にとっての私の存在ってそんなに凄いのね……。
自分のせいではないのに、異世界に飛ばされていたことをなんだか申し訳なく感じてしまう。
そこでふと気づく。
私とサージェスト様が見つめ合う状況になっているというのに、父様や兄様たちが動かない。
大人しく黙っている。一体どういうことなのだろう?
不思議に思い、チラッと父様たちの様子を伺うと、それぞれに母様の笑顔を浴びていて、顔がヒクヒクと引き攣っている。
相変わらず、母様の笑顔の圧がとっても強い……。
すると一緒になって引き攣っていたはずの父様が私の視線に気づき、こちらを向いたかと思うと、ふわっと柔らかく微笑んだ。
そして父様は、その柔らかい笑みのまま、サージェスト様に向き合った。
「……殿下のお心、よくわかりました。娘のことを思い遣ってくださり、ありがとうございます。私どもはお二人の関係を……その、なるべく……できる限り温かく、なんとか頑張って……見守らせていただきたいと思っております」
途中途中、なんか若干おかしい気がするけど、諦めたような、少し切なげな顔をしながら父様はそう告げた。
え? まさか……あの父様が、こんなにあっさりと認めるなんて……!
「父上!?」
父様の発言に、カイン兄様は驚きの声を上げ、サージェスト様はもちろんのこと、この場にいる全員が目を見開いた。
母様はというと……驚いた後すぐに、とても満足そうにうんうんと頷いている。
父様はカイン兄様を見てゆっくりと首を横に振ると、切なそうに微笑んだ。
その反応が余程ショックだったのか、カイン兄様はその場にガックリと項垂れる。
キース兄様はこうなることを多少は予想していたのか、カイン兄様よりは冷静で、けれど、やはり複雑ではあるようで、悔しそうに歯を噛み締めていた。
父様の真意はわからないけど……母様の圧がよほど怖かったのか、それとも、さきほどのサージェスト様の話が効いたのか……。
理由はともかく家長からのお許しが正式に出てしまったのだ。
二人とももう強く反対することはできないし、私を連れて逃げるなんてこともできない。
ただでも……私からすると、父様の見守りが一体どのくらいのレベルなのかが気になるのだけれど。
きっと通常の見守りではないはず……。
さっきもかなり躊躇いつつだった上に「なるべく」とか「できる限り」とか色々言っていたし。
なんだか嫌な予感がジワジワしてくる……。
まあでも、ひとまず今はあまり考えない方が良い気がするので、触れないでおこう!
そう決意しつつ顔を上げると、向かいで目を見開いていたはずのサージェスト様は、ニッコニコの微笑み全開状態になっていた。
ま、眩しい……!
元々キラキラした人が笑顔全開になるとこんなにも眩しいのね……。
それにそんな眩しい笑顔でさえ、一枚の絵画、芸術品のようにとても美しい。
いやもうほんと、絵になるわ。さすがハイスペックな王子様。
「それでは、お許しいただけるのですね!」
王弟殿下で立場が上のはずなのに、サージェスト様は父様にへりくだった。
「きゅ、求婚なさることに関しては、反対はいたしません。そこから先は……キリアの、気持ち次第です。キリアが殿下と、その、番いになりたいというのであれば……」
冒頭で声が裏返った上、非常に歯切れ悪い回答ではあるものの、どうやら母様の及第点は貰えているらしく、優しい微笑みが保たれている。
ただ、私からすると、「え!? 私に丸投げなの!?」という気持ちだ。
まあ即座にOKを出されるよりは全然良いんだけど……。
母様のこの様子だと、サージェント様との話が無くなったとしても、きっと次々に話を持ってきそうよね。
そう考えると、番いのことを除いても、私のことを大事にしてくれそうな、王族であるサージェント様で決めるべきなのか……。
でもでも……。
「あの、キリア嬢はどう思われているのだ?」
「へ?」
心の中で足掻いていたところで声をかけられたせいで、うっかり変な声が出てしまう。
すかさず横からひっそり扇子で小突かれた。
「驚かせてしまったようで、すまない」
「いえ、こちらこそ、変な声を上げてしまい、申し訳ありません。あの、それは、その、私の気持ち……ということでしょうか?」
「そうだ。貴女の気持ちを聞きたい」
真っ直ぐに私を見据える金色の瞳。
見つめられ続けていると、顔が火照って仕方ない。
さっきまでそんなに緊張してなかったのに、こんなに見つめられると、どんどんその火照りが増していく。
けれど、その真剣な眼差しに感化され、自分の思いを正直に包み隠さず話そうと思った。
「私は……正直よくわかりません。サージェスト様のこともまだよく知りませんし……それに私はまだ成人していませんので……あの……」
話すほどに俯きがちになり、声もか細くなってしまう私に、若干わなわなとしている隣の母様が怖い。
ここに来る前のあの優しさはどこへ……不安を話しなさいって言ったのは母様だよね!?
すると、向かいのサージェスト様が焦った様子で身を乗り出した。
「そ、そうだな。よくわからないよな。性急に話を進めてしまって、重ね重ね申し訳ない。キリア嬢、大丈夫だから、落ち着いてくれ」
そう申し訳なさそうに言うと、再び優しく微笑んだ。
「そうだな……まずは、色々私のことを知ってもらわねばならないな。それに私もキリア嬢……貴女のことをもっと知りたい。番いだなんだと話をするのはその後だな。順番を間違えてしまったようだ」
「いえ、その……ありがとうございます」
私がお礼を言うと、サージェスト様は満足したように頷き、入れてあった紅茶にようやく手を伸ばした。
もうきっと冷えているだろうに……。
気づいた侍女が慌てて紅茶を入れ替えようとしたけれど、それを制して「今はぬるいくらいがちょうど良い」と私にはにかんだ笑顔を向ける。
それを見ていた父様たちもカップに口をつける。
私もそれに倣って紅茶を一口含んだ。
そこで初めて、喉がカラカラに乾いていたことに気づく。
先ほどのか細くなってしまった声といい、どうやら自分で思っている以上に緊張してしまっているみたいだ。
そんな中、皆が紅茶を飲んで少し落ち着いたところで、母様からいきなりとんでもない爆弾が投下された──。
お読みいただきありがとうございます。
ついに父様から許可が下りちゃいました。
結構あっけなくてすみません。ですが、ここからが本番です!笑
次回もお楽しみいただけますと幸いです。
引き続きどうぞよろしくお願いいたします。




