第八章 再会
第二部最終話です。
いつもよりかなり長めになります。
よろしくお願いいたします。
私がフィルニアから戻って一週間が経った。
ついに今日、諸々の手続きを終え、グウェン様がようやく帰還されるらしい。
父様とキース兄様は、フィルニアが属国になるということで、毎日とても忙しそうにしている。
そんな中カイン兄様は、私が攫われた際、陛下の護衛をしていてその場を離れられず、私の救出に参加できなかったことをこの一週間毎日のように謝罪しにきた。
――別に私は気にしてないのだけど……。
そして私はというと、いつ戻るかわからないグウェン様に会いに行くタイミングや、会ったら何を言おうか、どんな態度で会えば良いか、どう呼ぶべきかなどをずっと考えていた。
この一週間ずっと考えていたにもかかわらず、答えが出ないままグウェン様が帰還されてしまった。
「ああもう、どうしたら良いの!? どのタイミングで、どんな態度でお会いすれば良いの!? やっぱりまずは謝るべきかしら? それともお礼を言うべき!?」
自室で百面相をしていると、そばで控えていたマーヤが生温かい笑顔を向ける。
「ねぇマーヤ、どうすれば良いと思う?」
私が助けを求めると、マーヤは微笑みながらゆっくりと口を開いた。
「僭越ながら……。お嬢様がどうされたいかが一番だと思います。ただ、王弟殿下は今のそのままのお嬢様で向き合えば、わかってくださるのではないかと思います」
「今のそのままの私……?」
「はい」
マーヤはとても良い笑顔で答えると、なぜか衣装部屋へと入っていき、新しく仕立てたばかりのワンピースを携え戻ってきた。
「さあ、お嬢様。どれになさいますか?」
意気揚々とワンピースを勧め、出掛ける準備を進めようとする。
「え、でも、まだ……」
躊躇う私に、マーヤは目の色を変える。
「お嬢様! 時間が経てば経つほど、会いに行きづらくなるものでございますよ! 特に! 謝りたい時やお礼を言いたい時など、なおのことです! なるべく早いうちに行動しなければいけませんわ!」
「は、はい……」
あまりの圧に思わずたじろぎながらも頷いてしまう。
「では、早速準備をいたしましょう」
目の前に出されたワンピースの中から、マーヤお勧めの一着を選ぶと、次々に準備が整っていく。
最後に化粧台の前で髪型を整えてもらい、あっという間に仕上がってしまった。
「お嬢様、ばっちりですわ」
「さすがマーヤね」
あまりの速さに驚きながら鏡で全身を確認する。
鏡に映る完璧に仕上がった自分の姿に、思わず見とれてしまう程だ。
白い光沢のあるシルクのような生地に、金の刺繍がふんだんにあしらわれた美しいワンピース。
それに合うよう、清楚に結い上げられたブロンドの髪には、金細工に小さなダイヤモンドがちりばめられた髪留めが、あまり主張することなく上品にあしらわれている。
綺麗に仕上がったその姿に不思議と勇気が湧いてきた。
確かに今を逃すと、どんどん行きづらくなって、きっと会いに行けなくなってしまう。
マーヤの言う通り、今しかないのかもしれないわ。
「ありがとう、マーヤ。私、グウェン様に会いに行ってくるわ!」
「はい。お嬢様、頑張ってきてください!」
頷き、テーブルの上から転移のペンダントを手に取る。
それを見届けると、マーヤは笑顔で部屋から出ていった。
一度深呼吸して気持ちを落ち着けてから、意識を集中させ、グウェン様の魔力を探る。
なぜか前回探った時のように、すぐに探知することができず、違和感を覚える。
しばらく探っていると、はっきりではないものの、探知することができた。
「淡い魔力……? 契約を解除したから……それとも グウェン様に何かあったのかしら!?」
急に不安がこみあげてくる。
――急がなきゃ!!
私はペンダントの赤い魔石に一気に魔力を込め、探知した場所へ再度意識を集中させた。
◇
「ここは……?」
どこかで見覚えのある庭園。
辺りを見回すと、そこは王宮の中庭だった。
「グウェン様と初めて会った場所……」
魔塔に向かう途中、甘い香りを感じて立ち止まっていたところに、突然現れたグウェン様にいきなり『私の番い』と告げられた場所。
あれからまだ半年も経っていないのに、すでに懐かしくさえ感じる。
けれど、今ここにグウェン様の姿はない。
「やっぱり契約を解除したから、探知できなかったのかな……」
思わずその場にしゃがみ込み、弱音が口をついて出る。
決意してここまで来たというのに……自分が情けなくなる。
完全に落ち込みそうになったところで、ふと、真っ白なワンピースがキラキラ光っていることに気づく。
――このワンピース、光の加減で銀色に光るのね。しかも、この組み合わせは……完全にグウェン様の色じゃないの!!
綺麗に銀色にキラキラと光るワンピースに、マーヤの魂胆を垣間見て、くすっと笑ってしまう。
一生懸命私を元気づけてくれたマーヤ。
そうして、ふと彼女の言葉を思い出す。
『お嬢様がどうされたいかが一番だと思います』
私がどうしたいか……。
契約が解除された時、私は様々な後悔をした。
もうあんな後悔は、二度としたくない!
そう決意して、顔を上げた時だった。
ほのかに甘い香りが鼻孔をくすぐる。
それも、段々とその濃度を増しているように感じられた。
――この甘い香り……もしかして!?
慌てて立ち上がり、辺りを必死に見回す。
けれど、その姿は見当たらない。
すると突如、上から声が聞こえた。
「キリア?」
「え……」
見上げるとそこには、グウェン様が驚きに満ちた表情でこちらを見下ろしていた。
「……本物のキリア、なのか?」
「……はい」
驚くままに頷くと、目の前にふわりとグウェン様が降り立った。
「キリアの魔力を感じて、魔塔から飛び降りて来てみたら……どうしたんだ!? 何か緊急事態か!?」
心底心配そうに私を見るグウェン様。
けれど、以前とは異なり、私に触れようとしない。
――やっぱり契約を解除したからなのかな……。
それを寂しく思いながらも、グウェン様に何か起きたわけではなかったとわかり、ほっと肩を撫でおろす。
そんな私の様子に、グウェン様はさらに心配そうに声を掛けてきた。
「キリア……どうした? 何があった?」
優しい瞳が私をじっと見つめている。
そのまなざしに、思わず泣きながら抱き着いてしまいそうになる。
けれど、もう、私は番いではない。
魂の番いかもしれないけれど、グウェン様からは契約を解除されたのだから、そんな権利は私にはもうない。
――最後くらい、きちんと心残りのないように、伝えなきゃ!
「……あの……私……」
なぜか妙に緊張してしまって、上手く言葉が出ない。
「ゆっくりで良いから」
耳に心地良い甘い声が、すぐそばで聞こえる。
「私、グ、あ、いえ、王弟殿下にその、い、色々謝りたくて……」
うっかりグウェン様と呼んでしまいそうになって慌てたせいで、お礼を先に言うはずが、謝罪を申し出てしまった。
「謝る? 別にキリアに謝られることなど、何もない。それどころか、私が謝らなければならないことだらけだ……」
不思議そうな表情をした後、すまなそうに頭をかくグウェン様。
けれど、『王弟殿下』と呼んだことに対しては、何も言わない。
そのことに傷つきながらも、話し続ける。
「それは……あの仮誓約のお披露目の日に、ずっと一緒にいると約束しましたのに……。殿下はちゃんと私を全力で求めてくださいましたし、守ろうとしてくださったのに、私逃げて……」
「あれは仕方がない。獣人の発情期は、成人している大人でもたじろぐものだ。それに、約束を破ったのは私も同じだ。だから」
「でも私、二度も逃げちゃった上に、迷惑ばっかりかけて……挙げ句の果てには『大嫌い』だなんて言い捨てて……」
グウェン様の言葉を遮り、思わず砕けた口調でまくし立てる。
言いながら、段々彼の顔を見ていられなくなり、最後には俯きながらグッと拳を握りしめた。
けれど、なぜかグウェン様は、先ほどと変わらず優しい口調で、俯く私に語り掛ける。
「そうだな。あの言葉は、確かに傷ついた……。だが、キリアのほうがもっと傷ついたのではないか?」
「え……でも……」
「私はキリアに、私の他に男がいるかもしれないと考えるだけでも心が痛んで、胸が張り裂けそうになる。それなのに、そんなことにも気づかず、キリアに負担をかけないためと言いながら、私は君にそんな思いをさせる選択をしたのだ。『大嫌い』と言われても仕方がない」
「でも、」
「その上私は、あの女に騙された挙句、キリアを誘拐されるという失態まで演じた。それに、キリアの命を救うためとはいえ、勝手に番い契約の解除までしたのだから……。本当にすまなかった」
謝るグウェン様に必死に否定しながら、ふと、彼の言葉に引っ掛かりを覚えた。
「……え? 私の命を救うため……? そんな……私を嫌いになって、契約すら結んでいたくないと思ったから、解除されたのでは……?」
「は!? そんなわけないだろう! キリアの命が一番大事だから。番いの契約であっても、君の命には代えられない。だから、断腸の思いで契約を解除したのだ!」
「…………本当、に?」
あまりのことに思考が回らない。
――え? 私の思い過ごし? 勘違い……?
穴があったら入りたい衝動に駆られながらも、彼の答えを待った。
「本当だ。あの時、キリアの乗る馬車は王都をゆっくりと北に向かって駆けていて、あのままだと王都を出てしまう状態だった。仮誓約を結んだままでは、前回のような命の危険があった。本当は仮誓約だけを解除するつもりでいたが、一度結んだ契約を一部だけ解除すると、どんな作用があるかわからない。それで仕方なく、番い契約に関する全ての契約を解除することにしたのだ」
「そうだったのですね……」
「ああ。私は、キリア……君を失っては、生きていけない……」
私の目を見つめながら、弱々しく切ない声でそう告げるグウェン様に、私の思い込みだったのだと、改めて実感させられる。
「君が今目の前に存在している。それだけで私は、嬉しくて、幸せだ」
「そっか……そうなんだ……」
噛み締めるようにそう言って、私はグウェン様の手にそっと触れた。
「ん? どうした?」
グウェン様は不思議そうに目を見開きながらも、どこか嬉しそうなのが隠せていない。
私はその表情に、思わずその手を頬に当てる。
なぜかほっとして、胸の奥が温かくなった。
そんな私の気持ちにシンクロするかのように、二人の周りに甘い香りが漂い始める。
「発情香……やはり甘いな……」
その香りを噛み締めるように言うと、グウェン様はそっと私から手を離そうとする。
慌ててその手をグイッと引き寄せる。
グウェン様は驚いた表情でじっと私を見た後、切なさと嬉しさが入り混じったようななんとも言えない顔で笑った。
――こんなの見てしまったら、もう無理だよ……!
「グウェン様」
しっかりと名前を呼んで、彼を見つめる。
ここまで『グウェン様』と呼んでいないことに気づいていたのか、私が名前を呼んだことに反応してか、彼の目元が緩む。
少しずれている部分もあるけれど、いつも私のことを最優先に考えてくれるグウェン様。
想いの大きさに、今は差があるかもしれない。
彼は私を番いとして好きなだけなのかもしれない。
だけど――
「私やっぱりグウェン様のことが好きです。私をあなたの番いにしてください!」
「……!?」
信じられないものを見たような表情で固まるグウェン様を、私は懇願するようにじっと見つめる。
その視線に、一瞬感極まったような表情になると、グウェン様は急に俯いてしまった。
私は慌てて再びグウェン様の手を取る。
心なしかその手が震えているのが感じられた。
「あの、グウェン様……」
「良いのか……?」
「え?」
顔を上げたグウェン様から唐突に問われ、滑稽な声が出てしまう。
「……もう本当に、離してやれないぞ?」
懇願するように金色の瞳が私を見つめる。
そして、触れていた手を優しく包み込むように両手で握り返された。
「……それは」
「もう二度とあんな思いはしたくない……だから、君を自由に、私や、国のいざこざに巻き込まれないよう、離れた君を追わないでおこうと思っていた……」
グウェン様の手が再び僅かに震える。
「だが、君を目の前にしたら、そんなことがどうでもよくなるほどに、君に焦がれてしまう。……君の笑顔が見たい。君のそばにいたい。君を抱きしめ、この腕の中に閉じ込めてしまいたい。そんな衝動で頭がいっぱいになる……」
「グウェン様……」
握られた手に力を入れて名前を呼ぶと、俯きがちだった顔が上がり、優しく微笑まれた。
その途端、むせ返るほどの甘い香りに包まれる。
「それでも、良いんです。私もグウェン様と一緒に居たいから。だから……私が成人したら、今度こそ正式に私と番いの契約を結んでください」
「……キリア」
そのままグウェン様に抱きしめられ、私は彼の背中に腕を回し、しっかりと力を込める。
その反応が嬉しかったのか、グウェン様は私の肩に顔を置き、耳元でそっと囁く。
「キリア……愛している。君を一生大事にする」
「ひゃっ!?」
突然の甘い言葉に、変な声が出てしまう。
顔が火照ってどうしようもなくて、コクコクと頷くのがやっとの状態だ。
耳まで赤いであろうことが自分でもわかる。
恥ずかしさのあまり、グウェン様の肩に顔を埋めていると、楽しそうに笑う彼の声が肩越しに響いてきた。
「……ふふ。キリアは本当に可愛いな」
甘くて優しいグウェン様の声に、少し体を離して、彼の瞳を見る。
すると、そんな私を不思議そうに、そして嬉しそうにグウェン様が見つめ返し、そっと私の頬に手を添える。
私が瞳を瞑ると、彼はゆっくりと私の唇にそっと口づけを落とした――。
お読みいただきありがとうございます。
こちらで第二部完結となります。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
一応、この後、新作を書きながらにはなりますが、後日談(もふもふ有り)と番外編(ジェイシス視点)を書く予定です。
引き続きお楽しみいただけますと幸いです。
いつもリアクションやブックマークありがとうございます!
第二部を終わらせることができたのも、皆様の応援のおかげです。
本当にありがとうございました。
新作のほうも書き進めております。またお読みいただけると嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします!




