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第六章 不穏な動き ⑤獣人の魔力

お待たせいたしました。

今回少し長めです。

よろしくお願いいたします。

 離宮に着くと、扉が開く前から禍々しい魔力を感知した。


 ――何この気持ちの悪い魔力……吐きそう。


 軽々と私を運ぶライナスは、まったく影響を受けていない様子だ。


「……あなた、これ、平気なの?」

「何の話?」


 何を言っているのかさっぱりわからないといった表情で、ライナスは首を傾げる。


「……こんなに気持ち悪いのに、何も感じないの?」

「気持ち悪い? ……ああ、もしかしてその魔道具の魔力が合わないのかな? かなりきつめなやつだしね。もう少ししたら外してあげるからね」


 優しい声色とは反対に、目が全然笑っていない。

 わかっていて話をずらしているのか、本当に何も感じていないのか。

 どちらにせよ、この扉の先には何か禍々しいものが居る。

 逃げなければならないのに、自分ではもうどうしようもない。


 すると、ライナスは扉の前で足を止め、中にいる誰かに向かって声を上げた。


「さあ、『僕らのお姫様』を連れてきたよ〜」


 言い終わる前に扉が凄い勢いで開かれ、そこには十人ほどの獣人と思しき男たちが、妙に興奮した様子で待ち構えていた。

 そして、城に入ってすぐに感じたものと同じ不躾な視線が注がれ、さらには、下世話な言葉までもが聞こえ始めた。


「美人じゃん! ラッキー!」

「へぇ〜なかなか良い感じじゃねぇか」

「俺はもう少し豊満なほうが好きだけども……ま、楽しませてもらおうか」

「最強の獣人の番いっつうから気の強そうな女が来るかと思ったら、ウサギみたいなカワイコチャンか。いいねぇ〜」


 男たちはまさに獲物を見るような視線を向け、口元を緩ませながら口々に私への感想を述べている。

 しかも、先ほどから感じている気持ちの悪い魔力も、どうやらこの男たちから発せられているらしい。

 個々の魔力は微々たるもののようだけれど、集まっていることで、濃度が濃くなっている。


 ――もう、色んな意味で気持ち悪すぎる……。


 吐き気がするほどの気持ち悪さに思わず目を伏せたところで、ライナスは男たちを気にすることなく私を抱えたまま、奥へと進んでいく。

 その後ろを男たちがぞろぞろとついてくる。


 奥の部屋に到着して、その扉が開くと、そこにはさらに五人の男たちが待ち構えていた。


「ようこそ、お待ちしておりました。我らが姫」


 一見、貴族のような美しい仕草で挨拶をした男を筆頭に、他の四人も貴族のような衣服を身につけている。

 その上、ライナスは部屋に入った途端、ついてきた男たちを置き去りにして、扉を閉めてしまった。

 すると、なぜか扉が閉まると、気持ち悪さが少しマシになる。

 不思議に思い、ふと顔を上げたところで、最初に挨拶した男と目が合った。


「あの魔力はやはり気持ち悪いですよね。奴らは混ざりものなのです。あんな奴ら、我らの姫の側に寄りつく資格などないくせに……!」


 ライナスには通じなかった魔力の気持ち悪さが、この男たちにはわかるらしい。


 混ざりものとはいったいどういう意味?


 気になるものの、今はそんなことを考えている場合じゃない。

 男たちがどんどん私に近づいてくる。


「カザリアード公はあんな奴らでも、魔力欲しさに認めているようですが、あんなものは魔物と変わりません。貴女にはやはりきちんとした獣人を産んでいただかねばなりませんからねぇ……」

「そのとおりだ」

「我らの姫には、正当な獣人を産んでいただかなければならないからな……」


 さっきまで普通に礼儀正しくしていた男たちの表情が、だんだんと歪な、熱を帯びたものに変わっていく。

 気持ちの悪い笑みを浮かべた男たちをよそに、ライナスは私を抱えたまま、仕切られた奥の空間へと進んでいく。


 そして、たどり着いた先には大きなベッドが置かれていた。


 ――寝室!? やばい、やばい、やばいー!!


 無情にも、淡々とベッド脇まで移動したライナスは、私をベッドにゆっくりとおろすと、先ほどまでとは違う嫌な笑みを浮かべ口を開いた。


「魔道具……本当は外さないほうがいいと思うんだけど、足だけは外そっか。邪魔になるだろうしねぇ。どうせ抗うのも初めだけだろうからさ……」


 含みを帯びた言葉に、寒気が走る。

 その上、ライナス以外の男たちまでベッドの周りに群がり始めた。


「さて、楽しい時間の始まりだよ。お姫様」

「ふふふ。怖がらなくても大丈夫。優しくしてあげるから」


 そう言いながら、次々にベッドに上がり、気づけば取り囲まれていた。

 中には、ライナスの姿もある。

 すると、一番この中で立場が上なのか、一番前にいた男が無理やり私の腕を掴んだ。


「私に触らないで!」


 睨みつけて拒否する私を楽しそうに見る男たち。

 そして、魔道具を頭上に固定し、さらには力づくで片方ずつ足を掴まれ、身動きが取れないよう、押さえつけられる。


「いや、放して!! 嫌だって言ってるでしょ!!」

「なんだ? 急に元気になったな。魔道具を減らしたからか? 気の強い美人もなかなかそそる……」


 言いながら男が私の頬をゆっくりと撫で、顎を持ち上げた。

 男の顔がどんどんと近づいてくる。

 あまりの気持ち悪さに、必死に抵抗するも、男たちの力に抗うことができない。

 追い詰められ、思わず弱音が口からこぼれ落ちた。


「…………グウェン様、助けて……」


 頭の中にグウェン様の姿が過る。

 私に向かって優しく微笑みかけるグウェン様に、恋しさで胸がいっぱいになった。


 すると、急に胸の奥が熱くなり、荷馬車の時と同じ金色の光が私の身体から溢れ出し、猛烈な閃光を放った。

 急な光に男たちは驚き、一斉に目を覆って後ずさる。

 さらに光はどんどん溢れていき、男たちを次々に侵食していった。

 その侵食によって、魔道具も一瞬にして消え去る。


 ――え!? いったい何が起こってるの!?


 驚きながらもやっと解放された体を起こし、ベッドに座ってその様子を見守る。

 その間にも、男たちはどんどん金色の魔力に侵食され、苦しそうに声を上げながら一人、また一人と体勢を崩していく。


 中でもライナスはひときわ苦しそうに床に倒れ込み、苦痛の声をあげているようだ。

 その様子を見ながら、段々頭が冷静になっていく。


 ――この現象……馬車の時と同じ? もしかして、獣人の末裔にもこの魔力は効くのかしら? だったら……!


 これまで無意識に放出されていた魔力に意識を集中し、体の中の魔力の動きを探る。

 この魔力が、魔力炉から溢れ出しているのがはっきりとわかった。

 馬車の中ではコントロールできなかったけれど、今ならなんとかできるような、なぜかそんな気がした。

 私は魔力炉に意識を集中して、さっきよりも濃度の濃い金色の魔力を放出し始める。


「うわっ……」

「うゔ……」

「ゔ……」


 すると、男たちが次々にバタバタと倒れていく。

 ライナスはというと、失神してしまったのか、ピクリとも動かなくなってる。


 さらには、扉の向こうからも苦しむ声が聞こえた後、物音ひとつしなくなった。



 辺りを見渡し、倒れたまままったく動かなくなった男性たちを確認して、ゆっくりと息をはく。

 その途端、強張っていた体から一気に力が抜けていくのを感じた。


「た、助かった……の、ね……」


 天蓋ベッドの天井を見上げながら、深呼吸をして気持ちを整える。

 それから、溢れ出していた魔力をコントロールして、なんとかしまい込んだ。


「それにしても、馬車の時もだけれど、なんで急に魔力が溢れ出したのかしら? う~ん……」


 考えてみても、何が原因なのか全然思い浮かばない。


「わからないけど、とにかく今のうちに逃げなきゃ!」


 そう決意してベッドを降りた矢先、外から大きな爆発音が聞こえた。

 入り口を魔法で破られたような大きな音と揺れ。


 ――まさか仲間が駆けつけてきたの!? あれ? でも、仲間なら普通に入ってくるんじゃ……。


 不思議に思っていると、廊下から懐かしい声が聞こえてきた。


「キリア~~~~どこにいるんだ! キリア~~!!」


 廊下から響いてくるこの声は…………


「え? キース兄様??」


 思わず、仕切りのあるところまで駆け、様子を伺う。

 すると、扉がものすごい勢いで開けられたかと思うと、キース兄様と思しき人物は周囲を見渡し、声を上げた。


「キリア!!! どこだ、キリア!!」


 仕切りから顔を覗かせていた私を見つけ、そのままこちらへ駆け寄ってくる。

 そして、今にも泣きそうな表情で再び私の名前を呼んだ。


「キリア!! やっと……やっと見つけた!!」

「キース兄様!!!」


 キース兄様は、駆け寄った勢いのまま私を抱き上げ、嬉しそうに私の頬を撫でる。


「キリア、無事か!? どこも怪我などしていないか!?」

「はい。大丈夫です」


 頷くと、後ろに見えるベッドと倒れ込んでいる男たちを見て、急に険しい表情になり、声を荒らげた。


「キリア! 一体何があった!? 何もされていないか!?」

「だ、大丈夫……ちょっと拘束されて、襲われそうになっただけ……」


 キース兄様の迫力に驚きながら、うっかり正直に答えると、兄様の顔がより一層険しいものへと変化した。


「ほお……ちなみにこれはキリアがやったのかな?」

「……は、はい」


 ドス黒い表情のキース兄様にたじろぎながら頷くと、そのままぎゅっと強く抱きしめられた。

 思わずそのまま兄様の肩に手を回すと、先ほどとは違う優しい声が肩ごしに聞こえた。


「離宮が強い金色の魔力で光ったから、もしやと思って来てみたら……怖い思いをさせてしまって、すまない」


 謝罪と後悔の念が滲んだ声に、思わずぎゅっと強く抱きつき首を横に振ると、兄様は優しく抱き返してくれた。


 しばらく抱きついて落ち着いた後、離宮に兄様の他に誰も入ってこないことが不思議になり、抱きついていた体を離して聞いてみた。


「そういえば、キース兄様…………その、兄様はひとりでいらしたの?」

「さすがに獣人が居るところにひとりでなど、いくら私でも無謀すぎる。今回は殿下と近衛兵、それからうちの私兵で来ている」

「グウェン様もご一緒なのですか!?」


 掴みかかる勢いで問いかけると、事情を知っているのか、キース兄様は「しまった」と小声で言った後、気まずそうに答えた。


「……ああ、そうだ」

「え、発情期だったのでは……?」


 すると、私の質問に兄様はさらに気まずそうな表情になる。


「それが……キリアとの契約を解除された途端に、発情期がおさまられたらしくてね」

「そうなのですか……」


 やはり私はグウェン様にとって、足枷になっていたのか。

 そう思うと、とてつもなくやるせない気持ちになった。

 けれど、助けに来てくれたという事実が、どうしようもなく嬉しい自分もいる。

 会えるのであれば、お礼だけでも言いたいという思いが胸に溢れた。


「あの……グウェン様は、今どちらに?」

「殿下は今……多分フィルニアの王都だ」

「え? フィルニアの王都って、まさか……!」


 ――私を攫われた復讐に?


「キリアが攫われたことに対する報復ももちろんなんだが――というか、それが一番の理由だと思うが……この国は、獣人を戦争に利用するために、倫理に反する行いをずっと続けてきたんだ。それも王命で」

「倫理に反する行い……」


 その言葉に、領主から言われたことを思い出す。


 ――確かにこの国はイカれているわね。


「キリア、君もその被害者の一人だ。殿下は、同じ獣人ということもあるのだろう。君が金色の魔力を放出したのを見届けて、すぐに王都へ飛んで行かれた。俺にこれを預けて」


 そう言って、私に奪われたはずの転移のペンダントを手渡した。


「何かあれば、自分の元に飛んでくるようおっしゃっていたよ。どうするかはキリア次第だ」


 それだけ言うと、兄様は男たちを何やら魔道具で縛り上げていく。

 私は手元にあるペンダントをじっと眺めてから、ぎゅっと握りしめた。


 お礼を言いに行きたい。

 いや、お礼なんてただの名目で、本当は会いたい気持ちで溢れているのだけれど、番いでなくなってしまった私に、そんな思いを抱く資格はあるのだろうか。

 と言うよりも……合わせる顔が私にあるのだろうか。

 このペンダントだって、本当に緊急事態のために渡されただけかもしれない。


 そんな思いで胸を締め付けられながら、次々に男たちを片付けていく兄様を見つめていた。

 


 それからしばらくして、片付けの終わったキース兄様が事の成り行きを説明してくれた。

 どうやら、ジェイシス様たちが私が攫われたことを知らせ、事情を知ったグウェン様が怒り狂って、ラナリス嬢を締め上げたらしい。

 その後すぐに騎士たちを指揮してフィルニアに入ったとのことだった。


「キース兄様、これから王都に戻るのですか?」


 公爵家から迎えに来た馬車に揺られながら、外をじっと見つめる兄様に問いかける。


「あ、ああ。王都の公爵邸に向かう予定だ。父上が仕事を投げ出す勢いで心配してしまっていてね……『王宮など危険なところには二度とやらない!』と憤慨していたよ」

「なるほど……わかりましたわ」


 またしばらく公爵邸に閉じ込められるのかと思うと頭が痛いけれど、心配させてしまったのだから仕方がない。

 王都の公爵邸に着くまで、私はじっと外の景色を眺めていた。


お読みいただきありがとうございます。

ようやくキリア誘拐事件解決、なのですが…

次はこの裏のお話、グウェン視点になります。

次回もお楽しみいただけますと幸いです。


更新がまちまちで大変に申し訳ありません。

にもかかわらず、リアクションやブックマークしてくださり、本当にありがとうございます。

最終回まであともう少し。

最後までお付き合いいただけますと幸いです。

何卒よろしくお願いいたします。

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