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第六章 不穏な動き ④領主の思惑

 一体どれくらい経ったのだろう。

 陽はとっくに落ち、暗闇の中、魔道具のランプを頼りに荷馬車は走り続けていた。


「あと少しでフィルニアだよ。君のことをみんなが心待ちにしているんだ。みんな喜ぶだろうなあ〜」


 私の様子など気にする様子もなく、態度の戻ったライナスが無邪気にそう告げる。

 そんな会話をしていても、魔道具の拘束が解かれることはない。

 けれど、私にとってそんなことはどうでも良かった。

 さきほどの出来事を思い出すだけで、胸が張り裂けてしまいそうになる。


 砕け散った契約の魔法陣たち……私はもう、グウェン様にとって要らない存在なのだと、突きつけられてしまった。

 執務室で見たあの光景が頭を離れない。

 見せつけるように、『グウェン様』と呼びながら、彼の腕に絡みついていたラナリス嬢。

 私にはない大人の妖艶な色気を放って……。

 考えたくないのに、そんなことばかりが頭をめぐる。


 なぜ私はもっと早くに気持ちを自覚しなかったのだろう。

 そうすれば、グウェン様のあの真っ直ぐな想いに応えることができたのに。

 今も彼のそばで笑っているのは私だったのに……。

 後悔しても、もう遅い。


 ――グウェン様への最後の言葉が『大嫌い』になっちゃったな。


 涙を堪えながらじっと床を見つめていると、ライナスが覗き込んできた。


「急におとなしくなったけど、どうしたの? 大丈夫? まあ、あれだけ魔力を放出したらしんどくもなるよね。フィルニアに着いたらゆっくり休むと良いよ」


 大丈夫も何も、すべてお前たち双子のせいだ。

 そう言い放ってしまいたいのに、そんな気力すらない。

 これからフィルニアで自分がどうなってしまうのか……。

 けれど、そんな不安よりも、絶望感に心が支配されて、何も考えられなくなってしまっていた。

 そんな私の気持ちなどライナスに伝わるはずもなく、見当違いな言葉をかけてくる。


「これからのこと、不安だよね? 大丈夫。君は僕たちのお姫様だからね。悪いことにはならないよ……まあ、人によっては死んだほうがマシだと思うかもしれないけど」


 最後に小声で不吉な言葉を呟いた気がするけれど、そんなことすら、もうどうでもいい。

 自分の中で大きく育ってしまった想い。


 ――そっか。私、前世も含めて、これが初恋だったんだわ……。失恋がこんなに苦しいだなんて、知らなかったな。


 苦しみに押しつぶされてしまいそうになり、思わず顔を上げて外を見る。

 真っ暗だった世界に、少しずつ淡い光が見え始めた。


「着いたよ。あれがフィルニア国カザリアード領。獣人の末裔都市さ」


 言われた方角を見ると、そこには暗闇の中で一際明るく照らされたお城を中心に、道なりに無数の街灯のような光が広がっていた。

 よく見ると建物にも灯りが埋め込まれているものもある。

 カザリアードはフィルニア国の最北、獣人国ノリザリアとの国境付近の、いわば辺境。

 だからてっきり、貧しい田舎町を想像していた。

 ところが目の前には、ルナリアの王都にも引けを取らない線練された街並みが広がっていた。


 ――これは……灯りはもちろんだけど、きちんと整備された道や建物……魔法だけじゃない。凄い技術力だわ。


 ルナリアも魔法国家なだけあって、街灯などは他国よりも整備されていると聞いている。

 けれど、この街は、まさに都市と呼ぶに相応しい。


「……これが獣人の末裔都市」

「やっと口をきいてくれたね。カザリアードはね、フィルニア王家に迎えられた僕らの祖先が与えられた土地なんだ。今は普通の人間も住んでいるけど、公爵家とそれに連なる家門はみんな獣人の末裔さ」

「獣人の末裔が治めているから、獣人の末裔都市……」

「そういうこと。このまま城に向かうよ。みんなが待ってるからね」


 フィルニア国に着いてしまった。


 その事実がより一層、契約がすべて解除されてしまったのだと実感させる。

 王都の公爵領に戻っただけで死にかけたのに、他国にまで来れてしまった。

 グウェン様との繋がりが無くなったから……。

 その事実に再び胸が苦しくなる。


 愕然と視線を落とすと、そこには魔道具で拘束された両手。


 ――今回もグウェン様は助けに来てくれるのかしら……


 もう番いではない私を助けになんてきっと来ないだろう。

 自問自答しておいて、さらに落ち込んでしまう。 


 そうこうしているうちに、荷馬車は領主の城に到着した。

 




 城に着くなりライナスはいそいそと私を拘束している魔道具を引っ張り、米俵のように私を担いで荷馬車から私を下ろした。

 そして、その体勢のまま城へとずんずん入っていった。

 途中、入口や廊下ですれ違うのはなぜか男性ばかりで、皆値踏みするような不躾な視線を私に向けてくる。

 その度にライナスが睨んでいたけれど、懲りた様子はなく、むしろ笑い合っているように見えた。

 そうして連れて行かれたのは、広めの応接室のような部屋。

 そこでは、ラナリスたちの父親らしき壮年の男性が待っていた。


 ――この男が領主……?


「連れて参りました」


 そう言って、ライナスは私をその場に降ろし礼をとった。

 すると、男性は挨拶もせずに不躾な視線を私に向けながら、ゆっくりと口を開く。


「……ほう。えらく美しい姫君だな。ルナリアの王弟はよほど面食いのようだ」


 そう言い、全身を舐めるように睨んだまま、領主と思しき男性は信じられない言葉を言い放った。


「君には、我が領地で獣人の子供をたくさん産んでもらう」

「……は?」


 ――このおっさん一体何言ってるの?


 つまり私を獣人の繁殖の道具にしようとしてるってこと!?

 あまりの話にフリーズしていた頭が一気に覚める。

 固まってなんていられない。


 ――早くこの魔道具を解いて逃げなきゃ!


 じっと腕の魔道具を見つめていると、なぜか急にライナスへの叱責が始まった。


「なんだライナス。何も話していないのか。まったくお前は相変わらず役立たずだな!」

「申し訳ありません。道中色々ありまして……」


 いつものことなのか、ライナスは慣れた様子で歯向かうことはせず、謝罪してからじっと領主の様子を伺っている。


「まあ良い。姫を連れてきたことだし、不問にしてやる。ところで、ラナリスのほうは順調なのか?」

「はい。姉う、いえ、お嬢様のほうも順調に殿下に取り入っておられます。私が上手くいきましたのも、お嬢様のおかげです」

「そうか。すべて順調というわけだな」


 私の前で、ライナスはラナリス嬢のことを「姉上」と呼んでいたはず……。

 そういえば、一番最初にラナリス嬢の従者だと名乗っていたことを思い出す。

 領主との会話を見るに、ライナスは公爵家で不当な扱いを受けているのかもしれない。

 そんなことを考えている間にも、話はどんどん進んでいく。


「離宮に魔力が強い者たちを優先して集めてある。早速姫を連れて行き、顔合わせをしておけ」

「承知しました」

「そうだ。奴らには軽い誘発剤を打ってある。中には軽い発情状態になっている者もいるかもしれんが、まあ、特に問題はないだろう。なにせ、そのために集めたのだからな。はははっ」


 大口を開けて笑う領主は、私に気持ちの悪い笑みを向けた。

 軽い誘発剤に、軽い発情状態……ライオンの群れにヤギを入れるようなものでは……。


 ――こいつら、人をなんだと思ってるの!?


「ふざけてないで! あんたたち、何考えてるのよ!」


 叫びながら領主を睨みつける。

 けれど、それすらも楽しそうに領主は嘲笑う。


「ほぅ……噂よりもじゃじゃ馬のようだな。まあ、それくらいのほうが元気な子をたくさん産めて良い。ライナス、ぼうっとしてないで、さっさと連れて行け!」

「はいっ」


 返事をしたライナスは、私の腕をひっぱり、そのまま強引に引き寄せると膝の裏に手を添えて、下から抱えた。

 俗に言う『お姫様抱っこ』である。

 領主を睨んでいる間に、逃げるタイミングを逸してしまった。


「ちょっと、下ろしてよ!」


 ジタバタ暴れてみるけれど、動くと魔道具に魔力が吸われるのか、急に体から力が抜けていく。


「ほら、大人しくしてないと」


 不敵な笑みを浮かべながらそう言うライナスの顔は、さっき見た領主の顔ととてもよく似ていた。

 ライナスは重さなど感じていないのか、軽々と私を抱えて歩き出す。

 体に力が入らない。

 逃げなきゃいけないのに。

 前回はグウェン様が助けに来てくれた。

 でも、きっと今回グウェン様は助けに来ない。


 ――もう本当に自分でなんとかするしかないんだ……


 離宮へと連れて行かれながら、そう強く感じた。


お読みいただきありがとうございます。

ついにフィルニアに到着してしまったキリアでした。

番い契約を解除されて落ち込みきっているキリアですが、果たしてどうなっていくのか。

次回もお楽しみいただけますと幸いです。


ブックマークや☆の評価、絵文字での反応、ありがとうございます。

いつも大変励みになっております。

不定期更新が続いていて本当に申し訳ありません。

ラストまであともう少しですが、引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

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