第六章 不穏な動き ③番いの契約
お待たせいたしました。
どうぞよろしくお願いいたします。
「ゔ……」
あまりのだるさと息苦しさで目が覚めた。
公爵邸へ戻った時と同じようなだるさ……そしてそれは徐々に強くなっていく。
――まさか、王宮から離れたの!?
ここがどこなのか起きあがろうとするけれど、身体が何かで拘束されていて、動くことができない。
目隠しなどはされていないものの、閉塞感のある箱のような真っ暗で狭い空間に閉じ込められているのがわかった。
それに、地面が一定のリズムで揺れている感じがする。
――馬車の中なのかしら? とにかく急いでここから出ないと……!
今の私はグウェン様から離れれば、番いの仮誓約の弊害で死んでしまう。
現状どこにいるのか、どれくらい離れているのかわからないけれど、だるくて息苦しいということは、既に一定距離離れてしまっている可能性が高い。
早く王宮に、グウェン様の近くに戻らなくては……!
苦しみながらもモゾモゾ動いていると、物音に気づいたのか、箱の外から声が聞こえてきた。
「やっと、お目覚めかな? 思った以上に魔力を溜め込んでたからビックリしたよ。おかげで燃料補給もバッチリさ。姉上が先に行っちゃうもんだから、どうしようかと思っていたけど、やっぱりさすがは姫だね」
「……燃料補給? 私をどこへ連れて行くつもりなの!?」
「もう言葉が話せるまで回復してるの!? さすが番いだね。あんなに魔力を吸い取ったのに。もっと貰っても良かったのかな」
箱の外から聞こえるライナスの声は驚きに満ちているけれど、会話から魔力を吸い取られたのだと知る。
――あの球体は魔力を吸い取る魔道具だったのね。
魔力を急激に吸い取られたことで倒れたのであれば、今のこの身体のだるさは魔力枯渇のせいもあるかもしれない。
前回、公爵邸に帰った時は、だるさを感じた途端に気絶していたし、だるさを感じてからまだこうやって喋ることができている。
まだそんなに王宮から離れていないのかしら……。
今のうちになんとかしなくちゃ!
そう意気込んだ矢先、ライナスからある程度予想はしていたものの、考えずにいた言葉が飛び出した。
「君にはフィルニアに来てもらう」
「フィルニア!?」
そんな遠くに連れて行かれたりしたら、たまったものじゃない。
王都の端にある公爵邸でもお手上げなのに、他国になんて絶対に持つはずがない。
早く拘束を解いて、ペンダントを取り返すか、馬車から逃げないと、確実に途中で死んでしまう。
腕力で解くことは難しそうだから、何か使える魔法――ジェイシス様に教わった魔法の中で何か使えるものはなかっただろうか……。
魔法の教科書の内容を頭の中で振り返っていると、なぜかライナスが嬉しそうな声を上げた。
「そんなに驚かなくても大丈夫さ。フィルニアには、君を待っている仲間がたくさんいるよ」
――仲間……そんなに獣人がいるってこと!? それとも企ての仲間って意味かしら?
どちらにせよ、今のうちになんとかしないと。
けれど、こんな時に限ってまったく良い案が浮かばない。
そうこうしているうちに、馬車は速度を上げているのか、どんどん息が苦しくなって来る。
――どうしたら良いの? せめてこの箱から出られたら……!
目を閉じて、そう強く祈った時だった。
体の中からじわじわと金色の魔力が溢れ出し、魔法で編まれたのであろう拘束を次々と解いていく。
拘束を解いて止まるかと思われたが、そんな様子はまったくなく、むしろ段々とその勢いを増していき、ついには、箱の中に充満した魔力によって、箱までも吹き飛ばしてしまった。
「な、何だ!? 何が起きたんだ!?」
体を起こして声のするほうを向くと、ライナスが慌ててこちらに向かって魔法を放とうと構えているのが見えた。
ところが、箱を吹き飛ばしてもまだ私の体から溢れる魔力が止まる様子はない。
溢れ続ける魔力に、ライナスが目を見開き、声を荒らげる。
「金の魔力……だと!? そんな話聞いてないぞ! 一体どういうことだ!?」
そう言いながらもライナスは私を警戒し、じりじりと後ずさっていく。
――金の魔力に驚いてる? あれ? 獣人の魔力って金色なんじゃないの?
加えて、なぜラナリスと同じく獣人であるはずのライナスが私の魔力に怯えているのか。
怯えるライナスを見つつ、辺りを見回す。
どうやら馬車だと思った乗り物は荷馬車だったらしく、布の壁と天井、そして、御者とは反対側が開けていて、見覚えのある景色が見える。
今ならまだ間に合う。
ぽっかり開いた出口を見据え、ライナスを警戒しながら体の向きを変えようとした。
ところが、魔力を放出し続けているせいか、体がいうことをきかない。
ジェイシス様との練習でもこんなに魔力が溢れてきたことはなかった。
――一体何が起きてるの!?
「ん? なぜ、逃げないんだ?」
「……」
「……もしかして、動けないのか?」
「ん……!」
喋ろうと、反論しようとしてもちゃんと声が出ない。
それどころか、声を出そうと喉やお腹に力を込めると、その分さらに魔力が増してしまう。
「うわっ」
魔力量の増した私に、ライナスはさらに後ずさる。
その間にも、魔力濃度や排出量はどんどん上がっているのがわかる。
視界がまるであの獣人国の神殿よりも濃い金色の霧でいっぱいになっても、一向におさまる気配がない。
自身の魔力の制御はおろか、自身の体さえも動かすことができないのに、理性だけはなぜか残っているのを不思議に思っていると、ライナスが悲壮な顔をしながら呟いた。
「……まさか、魔力暴走」
――魔力暴走?
先日グウェン様が発情期の我慢によって引き起こすと言われた、あの。
魔力暴走って、てっきり苦しくなったり、理性を失ったりするものだと思っていた。
確かに体の自由は奪われてる状態だけど、苦しくはない。
それどころか、徐々に気持ちよくすら感じ始めていた。
このままライナスを吹き飛ばして、ペンダントを奪い返して、早く王宮に、グウェン様の元に戻れたら……。
そんな思いで、再び体を動かそうとした途端、突然体の中から一気に複数の魔法陣が浮かび上がる。
「今度は何だ!? まさか攻撃魔法か!?」
魔法陣を見たライナスは、魔法陣の内容が見えていないからか動揺の声を上げる。
だけど、そんな声を気にしてなんていられない。
この見覚えのある魔法陣は……
――グウェン様との番い契約に関連する魔法契約! まさか……!
そう思った瞬間、すべての魔法陣が目の前で砕け、辺りにキラキラとその破片が舞い散っていった。
それはつまり、グウェン様の能力『完全解呪』によって、彼との番いの契約がすべて解除されてしまったということ。
今彼のそばにはラナリス嬢が居る。
――ジェイシス様やジェラルド様はああ言っていたけど、やっぱりもうグウェン様に私は必要なくなっちゃったみたい……。
彼にとって自分はもう大切な番いではないのだ。
そう思い始めると、もう止められない。
魔力暴走で体の自由がきかなくなっていたはずなのに、瞳からは涙が溢れ出す。
そして、なぜかそれと同時に魔力が少しずつ引いていくのがわかった。
「魔力暴走じゃ……なかったの?」
「どうやらそうみたいだね。大人しくしてもらおうか」
「……」
不敵に笑いながら向かってきたライナスに、ただ無気力に涙を流すことしかできなかった。
私はそのまま抗うことなく、おとなしく再び拘束された。
今度は魔力封じの魔道具でしっかりと足まで拘束され、その魔道具に繋がる鎖はライナスの手に握られていた。
そうしてそのまま、荷馬車は見慣れた景色からどんどん遠ざかっていった。
お読みいただきありがとうございます。
連れ去られたキリアでした。
ついに番い契約解消してしまいました。
グウェンに一体何があったのか…。
次回もお楽しみいただけますと幸いです。
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不定期更新が続いていて本当に申し訳ありません。
引き続きどうぞよろしくお願いいたします。




