第六章 不穏な動き ②従者
「この気配は一体……?」
得体の知れない気配に、思わず言葉が漏れる。
「殿下でも、例のラナリス嬢でもないな。魔力が小さすぎる。だが、他に獣人は居ないはずだが……」
「ラナリス嬢が連れてきた従者でしょうか?」
ふとジェラルド様が放った言葉に、私とジェイシス様は彼を見て固まった。
確かにフィルニア国の公爵令嬢である彼女が、従者を全く連れず単身で他国を訪れるのはおかしい。
とすれば、従者を連れている可能性が高い。
けれど、その従者が薄っすらとでも獣人の魔力を帯びているというのは……。
フィルニア国には、ラナリス嬢のカザリアード公爵家以外にも獣人の末裔がいる可能性が出てくる。
――獣人の末裔ってそんなにいるものなの?
「従者か……まあ、王族以外の末裔と考えると、ラナリス嬢以外に末裔が複数人いてもおかしくはないのか……。従者が血縁者という可能性もあるしな」
考え込むジェイシス様に対し、再びジェラルド様が不思議そうに口を開く。
「千年以上前に滅んだ獣人国の平民の家系が、ラナリス嬢ほどの魔力を持っているということは、少なからず魔力を受け継いでいる者が複数いると考えるべきではないでしょうか。王族と違って平民は数が多そうですし。獣人同士で子孫をもうけることも王族よりは容易いのではありませんか?」
もっともな意見に、ジェイシス様が目を細め、ふっと息を漏らした後、懐かしいものを見るかのようにジェラルド様を見た。
「確かにそう考えるのが自然か。さすがはジェラルド様。俯瞰して物事を考えられるのは小さい頃から変わりませんね」
「小さい頃から……?」
「ええ。私は幼い頃から王宮に通っていますから、ジェイシスとはその頃からの付き合いなのですよ」
「なるほど……」
――そういえば、この人はグウェン様の側近である前に、王族だったわね。
「ですので、ジェイシスの口が悪いこともよく知っていますよ」
「ちょ、ジェラルド様!」
「口が悪いのは事実ではありませんか」
「まあ、そうですが……っと、今はこんな話をしている場合じゃなかったな。段々気配が近づいてくる」
再び扉のほうを見つめると、ジェイシス様はジェラルド様の足下に魔法陣を描き始めた。
「ジェラルド様には強いシールドを張ります。あのくらいの魔力であれば、影響は受けないはずです。その状態で、キリア嬢と先に奥のお部屋へ」
「ジェイシスはどうするのです?」
「私はあの程度では影響を受けませんから、従者が一体何の用なのか見定めた後、向かいます」
「わかりました。では、キリア嬢、参りましょう」
「はい……」
エスコートしようと差し伸べられたジェラルド様の手のひらに、自身の手を乗せようとしたところで、妙な胸騒ぎに襲われた。
なぜかここを離れてはいけないような、ジェイシス様を一人ここに残してはいけないような、そんな落ち着かない気持ちになる。
この感覚が一体どういうものなのかわからないけれど、このまま奥へ行ってはいけないような、そんな気がする。
私は伸ばしかけた手を戻し、ジェイシス様を見た。
「私……ここに残ります」
「何を言ってるんだ。もしもラナリス嬢が狙うとしたら、君だぞ」
「何か、嫌な予感がするんです」
「嫌な予感……? それは、奥の部屋に何かあるということか?」
「いえ、そちらではなくて……」
この部屋だと告げようとした、その時。
外に居る獣人の距離が一気に縮まり、なぜか魔力量までも一気に膨らむ気配がした。
「一体どういうことだ!?」
ジェイシス様が困惑した表情で慌ててシールドを張ろうとするけれど、間に合わない。
次の瞬間、扉が開き、目の前にはラナリス嬢によく似た、プラチナブロンドの美しい男性が立っていた。
「やっと見つけた……僕たちのお姫様」
大量に獣人の魔力を帯びた男性は、私を見るなり、笑顔でそう告げる。
けれど、その薄茶色の瞳は全く笑っていない。
不穏な空気を纏った男は、扉を離れ、ゆっくりとこちらに向かって歩き出した。
「……お前は何者だ」
私とジェラルド様を庇うように、ジェイシス様が前に出て、声を掛ける。
ところが男は、聞こえていないかのように歩みを早めどんどん近づいてくる。
近づくたびに、ジェラルド様はもちろん、ジェイシス様までもが、苦しいのか表情が曇っていく。
身動きすら苦しそうな状態で、ジェイシス様が振り絞るように私に声を上げる。
「はやく……にげっ……」
その言葉も間に合わず、男は庇おうとするジェイシス様を弾き飛ばし、逃げようとする私の腕を掴んだ。
「何するの!? 離して!!」
魔法でなんとかしようと思考を巡らせるけれど、実戦なんかしたこともないお嬢様思考の私が咄嗟に動けるはずもない。
力で敵うはずもなく、男はそのまま掴んだ腕をぐっと上に上げると、先ほどとは異なる満面の笑みを浮かべた。
「ふふ。威勢が良いねぇ。元気なのは嫌いじゃないよ」
「離しなさいよ!!」
上げられた手を無理矢理外そうとするものの、びくともしない。
そして、抵抗する私に構うことなく、なぜかそのままの体勢で男は自己紹介を始めた。
「初めましてだね、お姫様。僕はライナス。ライナス・カザリアード。よろしくね」
「カザリアード……もしかしてラナリス嬢の血縁者なの……?」
「ああ。姉上にはもう会ったんだね。今ここにいないってことは上手くいったのかな」
「姉上?」
「ラナリス・カザリアードは僕の双子の姉で、僕が仕えるご主人様さ」
ニッコリと微笑む表情は、ラナリス嬢に似て、とても妖艶で美しい。
――双子の弟!? ご主人様!?
獣人で双子が生まれるということも驚きだし、ご主人様ってことは、やっぱりラナリス嬢に付いてきた従者なんだろうけど、今はそんなことを考えている場合ではない。
ライナスと名乗った男は、私の腕を掴み上げたまま、もう片方の手で私の頬に触れ、恍惚とした表情になった。
「……それにしても、僕らのお姫様がこんなに可愛い子で安心したよ……ふふふ」
その瞬間、全身にゾワっと寒気が走る。
「僕らのお姫様?」
「そうだよ。『僕らのお姫様』。最強の獣人に染め上げられた器。僕らがずっと求めていた存在さ」
「どういう意味……?」
「ま、君はまだ知らなくて良いよ」
そう言うと、掴まれたまま持ち上がっていた私の腕を、自身のほうへ引き寄せ、手の甲に唇を近づける。
咄嗟に勢いよく手を引く。
「っ!」
なんとかギリギリ間に合って、キスは回避したものの、ライナスが凄い形相でこちらを見ているのがわかる。
「ふーん。そういうことするんだ……こちらが下手に出ていれば、いい気になりやがって。悪い子にはお仕置きが必要だな……」
先ほどまでとは異なる声色と口調、そして、睨めつけるような視線。
――こっちが本性なのかしら。それよりもお仕置きっていったい何をするつもりなの!?
「あ……お仕置きよりも先に、移動しなきゃか……。でも、別にあっちが上手くっているなら最終的にはこっちも……」
何やらぶつぶつと言いながら、ライナスは急に考え込み始めた。
――移動? 私をどこかへ連れて行くつもりなの? 逃げなきゃ!
ライナスが考え込んでいる隙に、首元からペンダントを取り出し、そっと握りしめる。
どこかに転移できれば、助けを呼べるかもしれない。
ジェイシス様でも敵わない、獣人に敵う相手なんて……グウェン様しかいない。
けれど、今グウェン様のところにはラナリスがいる。
目の前にいるこの男の双子の姉――つまりラナリスも敵である可能性が高い。
その上、もし私が彼の元に転移して、魔力暴走が起きてしまったら……。
――一体どこへ逃げればいいの!?
「面白いものを持っているね」
「っ!」
ペンダントを握りしめていた私の腕を掴むと、ライナスは物凄い力で私の首からペンダントを引きちぎった。
急いで取り返そうともう片方の手を伸ばしたら、その手も難なく掴み取られ、両腕とも拘束されてしまった。
そしてライナスは、そのまま奪い取った赤い宝石を興味深そうに見つめている。
「転移の魔法陣が埋め込まれているのか……なるほど。やっぱりルナリアは色んな魔道具があって面白いね~。解体して内部構造とかも見てみたいけど、きっと僕は元に戻せないしなあ……」
両腕を掴まれたまま、いぶかし気にその様子を見ていると、宝石を見つめていたはずの薄茶色の瞳がこちらを向いた。
「っと、移動しなきゃだった。じゃあ、これは没収ね。急ぐよ、お姫様」
ライナスは胸元にペンダントをしまうと、代わりに黒い手のひらサイズの球体を取り出した。
その球体からは禍々しいほどの魔力が漏れ出している。
――もしかして、さっき増幅した魔力の正体はこれ……!?
「ちょうど良いから補給させてもらおうかな。どうせ、君は魔力炉ごともう染め上げられちゃってるだろうし」
そう言うと、球体に息を吹きかけ何か呪文を唱えた後、私の身体に押し当ててきた。
その途端、急に身体の力が抜けていく感覚に襲われ、私の意識は遠のいていった……。
お読みいただきありがとうございます。
新キャラ、ライナス登場です。ラナリスとは双子の姉弟になります。
このままキリアは連れ去られてしまうのか……。
次回もお楽しみいただけますと幸いです。
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