第六章 不穏な動き ①自覚
更新がずっと止まってしまって申し訳ありません。
よろしくお願いいたします。
――なんなの、アレは!! 私に見せつけるようにベタベタと……! 最低よ!! グウェン様なんて、もう知らないわ!
執務室を飛び出し、どうしようもないイライラとした気持ちを抱えながら、離宮に向かって廊下を少し歩いていると、男性が口元を押さえながら気持ち悪そうに廊下の端にうずくまっているのが見えた。
――あの方は……どこかで見覚えのあるような……?
「あの、大丈夫ですか?」
声をかけるとゆっくりとこちらを見上げ、私とジェイシス様の姿に安堵した表情を見せる。
「キリア嬢に、ジェイシス……」
ブロンドの髪の隙間から見えた緑の瞳には、薄らと涙が滲んでいる。
――あ! グウェン様の側近の……
「ジェラルド様!? 大丈夫ですか!?」
先日のお披露目の直前にようやく紹介された、グウェン様の側近で従兄弟に当たるジェラルド様だった。
合点のいった私の横で、ジェイシス様は彼が今の状態に陥っている原因を推察し、声を掛ける。
「……そういえば、ジェラルド様は魔力量があまり多くありませんでしたね。この殿下の獣人の魔力はさすがに応えたでしょう」
王族の中でもとりわけ魔力量の少ないジェラルド様には、グウェン様の放つ獣人の魔力は耐え難いものだったらしい。
ギリギリまで執務室で耐えていたのか、苦しそうにするジェラルド様に、ジェイシス様はすぐにシールドを張った上で回復魔法を施した。
少し楽になったのか、真っ青だった表情に少しずつ赤みがさしてくる。
ジェラルド様に支えられながら、ゆっくりと口を開いた。
「……助かりました。ありがとうございます」
「いえ。大事に至らなくて良かったです」
「……グウェン様の魔力はそんなに影響があるものなのですね……」
「殿下の魔力は筆頭魔導士の私でも厳しいですから……魔力量によっては失神する者もいるでしょうね」
獣人の魔力は普通の人間の魔力とは大きく異なると知ってはいたけれど、こんなに影響のあるものだとは知らなかった。
「とにかく、キリア嬢は離宮に移動しましょうか。ジェラルド様はどうされますか? 正直、今の王宮はあなたには危険です。ハイエント侯爵邸への避難をお勧めいたします」
「……いや、一応これでも私は殿下の側近なので、完全に王宮を離れるわけにはいきません……」
「ですが……」
「でしたら、ジェラルド様も一緒に離宮にいらっしゃるのはどうですか?」
「……よろしいのですか?」
「ええ、もちろん!」
目を見開きながら問いかけるジェラルド様に、私が意気揚々と返事をすると、なぜか横でジェイシス様が頭を抱える。
「キリア嬢……殿下の発情のきっかけがあなたなのを忘れているのでは? 大きな魔力変化が起こるとすれば、そのキッカケは間違いなくあなたなんですよ?」
「あ、そっか……」
「そっか、じゃない。……まったく。まあ良いでしょう。いざとなったらジェラルド様は私がお守りいたします」
私に対して少し素が出ているのは気のせいか……。
ひとまず、ジェラルド様を連れ、私たちは離宮へと戻った。
◇
離宮で更なる回復魔法を施されたジェラルド様は、ほぼ平常時にまで回復され、そのまま三人でお茶を飲みながらゆっくりと向かい合って座っていた。
ひとまず応接室でお茶をしながら今後についての相談をすることになったのだ。
私も先ほどまでの怒りはどこへやら、何か理由があるのではないかと冷静に考え始めていた。
いつものグウェン様とあまりにも違うことが、どうにも気になって……。
ジェラルド様のことで、さきほどのイライラは少し落ち着いていたものの、なんとも言えない気持ちが心の中をぐるぐると渦巻いていた。
「それで……今のグウェン様は一体どういう状態なのですか?」
さっきは目の前で繰り広げられたあまりの事態に、あんな言葉を言い放ち逃げてしまったけれど、少し冷静になって考えると違和感が多い。
獣人について、私はそこまで詳しいわけではないものの、そんな私でも、常に魔力を垂れ流しているあの状況が異常なことはわかる。
私の質問にジェイシス様は、大きくため息をついた後、眼鏡の縁をクイっと上げ、こちらを見た。
「……正直、私にもわかりません。ですが、明らかに異常なことはわかります。あの魔力を垂れ流している状態を見るに、魔力染めに例のラナリス嬢が耐えられていないのでしょう。番いではない相手の魔力炉を染めることはできないので、当然と言えば当然ですが……」
番いではない相手の魔力炉は染められない……ということは、魔力を肉体で受け止めるしかできない。
「加えて、キリア嬢を見た途端、一気に魔力が膨れ上がっていました。つまり、発情期は抑え込めていないということです。一時的に魔力を抑え込んで神殿から出てきた、といったところでしょうね……」
ジェイシス様が言いながら考え込んでいると、お茶を飲んで落ち着いたジェラルド様がゆっくりとカップを置きながら、なぜか申し訳なさそうに口を開いた。
「あの……口をはさんでしまって申し訳ないのですが……。殿下と令嬢の会話から察するに、あの令嬢に魔力を流すことで、発情期を抑え込もうとしているようでした」
主人の会話を盗み聞きしていた上に、その内容を話すことはあまり褒められたことではない。
けれど、この情報はこの上なく重要だ。
「……魔力を流すことで発情期を抑え込む……そんなことが可能なのですか!?」
「ん〜伝承や書物にそのようなものはなかったはずだ。もしかしたら、ノイザリアの平民だけに伝わったものかもしれないな……」
ジェラルド様がいることも忘れ、すっかりいつもの口調に戻ってしまったジェイシス様が悩ましげに頭を抱える。
「あ、そういえば……『抑制香』というものをご存知ですか?」
「「抑制香?」」
聞いたことのない言葉に、私とジェイシス様は揃ってその単語を口にする。
「お二人の会話から察するに、どうやら発情を抑え込むための香りのようです。そしてそれは、私たち普通の人間にはわからない香りのようで……私はまったく気付きませんでした」
「つまり発情香と同じく、獣人特有の香りということですね」
「そのようです。一体何を抑制するものなのか……」
――抑制するもの……魔力……だったら、こんな大変なことになってないし、一体何を……あ!
「――発情か」
私が閃いたと同時に、その言葉がジェイシス様から発せられた。
「発情を抑えるためのものと考えるのが妥当だろう。先ほどの魔力漏れは、抑制香を用いていても抑え込めていなかったところに、キリア嬢が現れたことで再び番いへの発情が起きて、一気に魔力が溢れ出した、といったところだろうな」
そう言いつつ、私のほうをじっと見る。
もう完全にラフな口調に戻っているけれど、ジェイシス様もジェラルド様も全く気にしていないようだ。
「……じゃあ、グウェン様とラナリス嬢は……」
「まあ、殿下のことだ。十中八九白だろうな」
「……? キリア嬢はお二人の仲を心配されていたのですか?」
「……えっと、その……はい」
しどろもどろに返事をすると、ジェラルド様は不思議そうに目を瞬かせ、にっこり微笑んだ。
「その心配はご不要ですよ。殿下の御心は貴女にしか向いていませんから。他の女性に興味など微塵もありません」
「で、でも、執務室ではあんなにベッタリと……!」
「ベッタリ……? それは殿下のほうからラナリス嬢を引き寄せたりしてきましたか?」
聞かれて、思い出したくも無い光景を、嫌々ながら思い出してみる。
腕に手を絡め、私に見せつけるように身体を寄せていたのはラナリスからだった。
けれど、グウェン様はそれを振り払ったり、嫌そうな顔をしたりすることもまったくなかった訳で……。
「ずっとラナリス嬢から擦り寄っていましたけど……でも、グウェン様もそれをまったく解こうとしませんでしたし、嫌そうな顔もされていませんでしたわ! さらには名前まで呼ばせて……『グウェン様』って呼ぶのは私の特権だったのに……」
私の言葉に、二人はなぜか嬉しそうに微笑んで顔を見合わせる。
「どうやら殿下の片思いという訳ではないようですね。少し安心しました」
「え……? いえ、あの、私は……」
「やきもち全開で何言ってる。まあ、魂の番いだし、他の貴族に嫁ぐくらいならと、殿下との婚約を承諾したとサイから聞いていたからな。想いがちゃんと育ってるようで何よりだ」
自分の中では、政略結婚でも、段々感情が芽生えてきたなくらいに思っていたのだけれど、人から言われて、ようやくはっきりと嫉妬していることを自覚するなんて……。
これまでの自分の言動を思い返し、穴があったら入りたい思いに駆られる。
ジェイシス様とジェラルド様の生温かい視線が痛い。
――うう。好きだとは思っていたけど、感情ってこんなにも膨らむものなのね。少しグウェン様の気持ちがわかったかもしれないわ。
「ようやっと自覚した、というところか?」
「もう、言わないでください!」
あまりの居たたまれなさに私が声を荒らげた時だった。
離宮の近くに、薄っすらと獣人の魔力の気配を感じた。
ジェイシス様も気づいたのか、急に動きを止め、警戒姿勢になる。
私たちが扉のほうに目をやると、ジェラルド様は不思議そうにしながらも、同じように警戒しつつ、扉を見た。
お読みいただきありがとうございます。
やっとキリアが自覚した回でした。
やきもちはしっかり妬くのに、なかなか自覚に繋がらなくてどうしたものかと。
そして、不穏な気配……。
次は、気配の正体と、再び波乱の気配がキリアに迫ります。
次回もお楽しみいただけますと幸いです。
ブックマークや☆の評価、いいね、ありがとうございます。
いつも大変励みになっております。
不定期更新が続いていて本当に申し訳ありません。
引き続きどうぞよろしくお願いいたします。




