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第五章 すれ違う番い ④交渉(グウェン視点)

体調不良が続いており、再び更新が滞ってしまって申し訳ありません。

回復してきてはおりますので、少しずつ進めて参ります。

 泣かせてしまった。

 彼女にはいつも笑っていてほしいのに。

 幸せにすると誓ったのに……。


「大嫌い」と泣き叫びながら飛び出して行ったキリアを追いかけたい衝動に駆られながらも、自分が今追いかけたところで何ができるのだろうと自問自答する。


 そうこう考えているうちに、ジェイシスが無言で扉を開けて彼女の後を追って行った。

 今はこれで良いのだ……今の私には何もできないのだから。

 彼女が私の名を呼ぶだけで、嬉しくて焦がれて仕方ない。

 それを思い知ってしまった。


 事の発端は、神殿でのあの出来事だった――





「グウェン様、このままでは魔力暴走が始まってしまいます! だから、私と――」


 発情期真っ只中の私に向かって必死に駆け寄ってくるキリア。

 私を真っ直ぐ見つめるその姿を愛しいと、嬉しいと思った瞬間、私の中で何かが弾けた。

 今まで嗅いだことのない濃度の発情香の甘すぎる香りに、さらに頭がぼーっと熱に浮かされたようになっていく。

 理性を保つのがそろそろ限界に達して、キリアを引き離さなければと、懸命に言葉を投げつける。


「……ぐっ、……帰れっ!」


 そうして、キリアと目が合ってしまった。

 その途端、彼女が欲しくてたまらない衝動が湧き上がり、私は完全に理性を失った……。




 次に気がついた時には、キリアは居なくなっていた。

 代わりに、目の前には妙に妖艶な女がしたり顔で立っていた。

 その女は、魔力を放ち続ける私に怯えることも、その場から逃げることもせず、ただ少し距離を置いた状態で、様子を伺うように私に話しかけてきた。


「……ようやく正気に戻られましたか? グウェン殿下。思ったより戻られるのが早かったですわね。さすが神殿の力、といったところでしょうか。番いが去ったのも大きそうですが」


 女は意味深に微笑みながらこちらにゆっくりと近づいてくる。

 怪訝な視線を向けても、全く怯む気配がない。

 それどころか女の薄茶色の瞳はじっとこちらを見据えている。


「お前は……何者だ? それに、なぜここにいる?」

「名乗りもせず、失礼いたしました。お初にお目にかかります。わたくしはフィルニア国より参りましたラナリス・カザリアードと申します」

「フィルニア国? ここは獣人にとって神聖な場所だ。そもそも、獣人の魔力を持たぬ者には入れないはずだ……」


 警戒心を強める私に、ラナリスと名乗った女はさらにとんでもないことを告げてくる。


「ええ。わたくしも獣人の魔力を持っておりますの。ノイザリアの末裔ですから」

「ノイザリアの末裔だと!?」


 獣人国ノイザリアの末裔。

 我がルナリア王家は、滅びゆくノイザリアの王族と縁を結び、その血を受け入れた。

 当時の王家は魔力量が多く、その魔力もとても強かった。

 そのため獣人との間に子を成すことができ、血をつなぐことには成功したが、それでも獣人の、しかもその王族の子を成す間に何人もの妃を失ったと伝えられている。

 それでも、獣人の血は徐々に薄れていった。

 すると、ごく稀に隔世遺伝によって獣人の力を色濃く宿す子供が生まれるようになった。

 王族の力が関係していると言われているが、きっとこの神殿を維持するためなのだろう。

 ルナリアでもそんな状態なのだ。

 元々魔力をさほど持たないフィルニア国で、獣人の血を受け継ぐなど不可能に近いはずだ。

 けれど、目の前にいる女は、自身をノイザリアの末裔だと言い、獣人の魔力が渦巻くこの神殿内に居る。


「フィルニア国で獣人の血を、その力を維持し続けてきたというのか?」


 信じられず、訝しげな視線を向けると、女は余裕の表情のまま頷いた。


「ええ、その通りですわ。わたくしの先祖は、元はノイザリアの平民ですが、獣人には違いありません。王族より魔力が少なかったこともあり、フィルニア王家の力を借りて、これまでなんとか繋いで参りました」


 確かに、王族と平民では魔力量は大きく違う。

 そう考えるとあり得ない話ではないのか……?

 いやだが、そうだとしても、我が王家ですら先祖返り以外は力を継承できていないのだ。

 一体どんな方法で……。


「……方法が気になりますか?」


 こちらの考えを見透かしたように意味深に微笑みながら女は問いかけてきた。


「まあ、それはな……」


 すると私の答えに、女は嬉しそうに満面の笑みを浮かべ、こちらへと近寄ってくる。


「グウェン様……!」

「そう呼んでいい女性は、我が番いであるキリアだけだ!」


 強い口調でそう言い放ったが、女は全くめげる様子はなく、さらに媚びるように私の腕に触れる。

 この女の香水なのか、ふわりと甘い香りが漂ってきた。


 ――さきほどのキリアの香り、いつも以上に甘かったな……。


 ふとそんなことが頭をちらつく。

 キリアに会いたい想いを募らせる私に、目の前の女は、とんでもないことを述べた。


「わたくしを側妃にお迎えくださいませ。そうすれば、継承の秘密をお教えいたしますわ」

「……!? 何を言っているのだ? キリア以外の妃など必要ない。それに、番いがいる私には力の継承の秘密など、関係のない話だ」


 番いさえいれば、力の継承など全く問題ない。

 それに加えて、私はそもそも先祖返りと言われるほどに魔力が強いのだ。

 番いがいる限り、多過ぎる魔力に困ることはあっても、次代の魔力が枯渇するような心配はないだろう。

 それに我が王家は獣人の魔力が枯渇したとしても、数百年単位で私のような先祖返りが現れる。

 そんな私が他の獣人の力の継承など、深く知る必要がない。

 ところが、関係ないとはっきり言い切った私に、女はなぜか得意げな笑みを浮かべる。


「ふふ。果たしてそうでしょうか? 秘密の中に番いへの発情を抑える秘術があると言っても?」

「発情を抑えるだと!?」

「ええ。継承するために、わたくしたちは獣人の発情期について、様々な研究を行ってきました。その中には、発情を抑えるというものも含まれて――」

「それはどのような方法なのだ!?」


 思わず食い気味に、問い詰めるように迫ると、女は再び満面の笑みを浮かべ、嬉しそうに答えた。


「それは貴方様がわたくしの要望を叶えてくだされば、お教えいたしますわ」

「……側妃にということか?」

「ええ。その通りですわ」


 この女がなぜ番い持ちである私の側妃の座を望むのか。

 番いがいる獣人は、番いのみを愛し、番いのみに欲情する。

 そのため、他を娶ったところでお飾りの側妃になることが目に見えているのだ。

 私だって、キリア以外を欲することはないと言い切れる。


 なのに、なぜこの女はそんな大事な、国が秘匿していてもおかしくない内容と引き換えに、お飾りの側妃の座を望む?

 まあ、お飾りとはいえ、一貴族よりは力を持つことができるだろう。

 だが、そんなものと引き換えにできるような内容ではないはずだ。


 ――何か他に狙いがあるのか? それとも……。


 考えるほどに、継承の秘密の中に本当に発情を抑える方法など入っているのか、正直あやしく思えてきた。

 訝しげな視線を向けていると、女が肩をすくめながらも、私に詰め寄る。


「まあ、そうなりますわよね。怪しまれても当然ですわ。では、お試し期間を儲けるというのはいかがでしょう? 五日間、グウェン様の発情期を抑えることができた暁には、わたくしを側妃にしてくださいませ」

「なぜそうなる! 方法を教えるのではなかったのか!? それに、その呼び方はやめろと言ったはずだ!」

「ええ。方法をお教えするのですわ……わたくしが実地で。別に良いではありませんか、名前くらい。同じ獣人で、側妃になるかもしれないのですから」


 意味がわからないと憤慨する私に、女はなぜか微笑みながらさも自分の話が有益かのように、さらに詰め寄ろうとする。


「だから、側妃など娶らぬと――」

「良いのですか? 今のままではキリア嬢にずっと会えませんよ?」

「発情期さえ終われば会える!」

「いつ終わるかもわかりませんのに? ご存知ではありませんの? 獣人の、それも王族の先祖返りの発情期、ましてや番い相手など、下手をすれば一年を超えますよ?」


「なっ……そんな話どこにも……」


「ふふふ。どうやら王族は肝心な資料をあまり後世に残さなかったようですわね。番いを想うあまり後世には伝えたくなかったか、もしくはそれほどまでに番いが見つからず、早世してしまったか。なんにせよ、魔力量や力の強さは違えど、同じ獣人。フィルニアの力の継承の秘密は王族にも有効でしょう」


 発情期さえ終われば問題ないと考えていたが、そんなに長いものなのか?

 長くても一月もすれば治るものだと考えていた。

 だがそんなに長ければ、今のこの発情期のままキリアが成人してしまい、結ばれることになる。

 先ほどのキリアの怯えた姿を思い出し、胸が酷く痛んだ。


 ――あんなに怯えるキリアを無理矢理襲うことなど、私にはできない……! けれどこのままでは……。


「早く発情期が終わらなければ、グウェン様はずっとこの神殿に居るしかありませんものね? その上、発情期の初期でそれだけの魔力暴走。本格的に始まれば、この神殿も持つかどうか……」

「初期だと!?」

「ご自身でもおわかりなのではありませんか? まだまだ身体から力が溢れてくる感覚がおありでしょう?」

「……!」


 言われてみれば確かにその通りだった。

 神殿にいるというのに、最初の頃より体の中の魔力が活性化している。

 てっきりもう少ししたら収まっていくものだとばかり思っていた。

 だが、そうでないのだとしたら……?

 この女の言う通り、今が初期なのだとしたら、この神殿で持ちこたえられるのか。

 突然現れた女の言うことを信用していいものかとも思うが、この女が今この場に居るということが多少の証明になっている。


「自覚がおありのようですわね。どうされます?」


 女はニコニコと不敵な笑みを浮かべ、座ったまま躊躇う私に手を差し伸べる。


「そんなに深く考える必要などございませんわ。まずはお試しいただくだけで結構です。どうせグウェン様の魔力には敵わないのですから、騙したりはいたしませんわ」

「当然だ。騙しているとわかった瞬間に消し炭になると思っておけ!」


 そうして私は、この女――ラナリスの手を取った。


お読みいただきありがとうございます。

キリアが去った神殿でのグウェン視点でした。

思った以上に明かしていなかった獣人国の設定が盛りだくさんで、説明モノローグが多くなってしまいました。

発情期を抑える方法とは……?

グウェン視点はまだもう1話続きます。

次回もお楽しみいただけますと幸いです。


ブックマークや☆の評価、いいね、ありがとうございます。

いつも大変励みになっております。

不定期更新が続いていて大変申し訳ありません。

引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

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