第五章 すれ違う番い ③やきもち
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心配そうにこちらを見ながら、言葉を選ぶようにジェイシス様は口を開いた。
「……そのラナリス嬢というのが、獣人の末裔の娘ということか。その娘が殿下の魔力に染められたって……それは確かな話なのか!? さすがにあの殿下がそんな簡単に君を裏切るとは思えないんだがな……」
「……染めているのを目の前で見たわけでも、染まっている彼女に会ったわけではないですけど……あの魔力は間違いなく、グウェン様の魔力です。私と同じ……グウェン様の魔力の波動を感じるんです」
私だって信じられないし、信じたくない。
憶測であって欲しいと願っている。
だけど、あの波動は今自分に流れている波動と同じで、間違えようがない。
「なるほど。そういえば、殿下も君を捜索する際に、魔力を辿っていたな。だが、まだそうだと、殿下が君を裏切ったと決まったわけではないだろ?」
「……でも私……神殿に入ってすぐにグウェン様と接触して、怖くなって……ラナリス嬢を置いたまま逃げたから。裏切ったなんて思って、ないです……でも、なんか、やっぱりちょっとショックで……」
「まあ、事実ならそうだろうが、まだわからんしな。殿下に会って確認すれば良い。どうやら今はもう魔力暴走も問題ないようだから、君も一緒に会いに行こう」
「さあ行こう」と手を差し伸べるジェイシス様を前に、なかなかベッドから立ち上がることができない。
悪いほうに考え始めると、どんどん弱音が止まらなくなってしまう。
「…………いつもなら、グウェン様からすぐに会いに来るはずなのに、会いに来ないってことは、そういうことなんじゃないかなって……」
二人のことを、グウェン様のことを考えるだけで、どんどん胸が苦しくなる。
実際に、目の当たりにしてしまった時、グウェン様からそうだと、染めたのだと決定的な言葉を言われてしまったら、私は耐えられるのだろうか。
暴言を吐いてしまうかもしれない、グウェン様を叩いてしまうかもしれない、その場で泣き崩れてしまうかもしれない。
どうしてもそんな考えばかりが渦巻いてしまう。
「ここに居てもどうしようもないぞ。まあ、俺だけで様子を見てきてもいいが……どうする?」
「……行きます」
ここでじっとしていたい気持ちもあるが、彼に謝りたいという気持ちが私を突き動かした。
◇
グウェン様がいるという、彼の執務室へ向かう。
いつもなら部屋の近くまで来ると、甘い香りが漂うのに、今日はなぜかその香りがしない。
そしてやはり、扉越しであっても近づけばすぐに駆けつけてくるグウェン様が出てこない。
嫌な予感しかしなかった。
部屋に入るのを躊躇う私に代わり、ジェイシス様が扉をノックすると、中から私が知っているよりもワントーン低いグウェン様の声が響いた。
「どうぞ」
「失礼いたします」
ジェイシス様に押し出される形でおずおずと扉の中に入る。
その途端、なぜかいつもとは違う柑橘のような爽やかな香りが鼻腔をくすぐった。
――グウェン様が居るのに甘い香りがしない? 一体どういうこと? それにこの香りは……。
驚いて顔を上げると、そこには一番見たくなかった光景が広がっていた。
「あら、キリア様ではありませんか。ご体調はもうよろしいのですか?」
グウェン様の座る椅子にしなだれるようにしながら、ラナリス嬢は私に向かって微笑みかけた。
その表情には、優越感のようなものさえ漂っている。
一方、そんな彼女の隣に座るグウェン様は無表情でこちらを見つめ、私だと気づいた途端、目を見開いた。
「……キリア? そ、そうか……そういえば、倒れたのだったな」
そう言って視線を逸らし、困ったようにラナリス嬢を見る。
戸惑うグウェン様からは、なぜか急に魔力が漏れ出し、彼の姿がほんのり金色に光りだす。
途端、慌てたように彼女と何やらアイコンタクトを取ってから、ホッとしたように頷き下を向くグウェン様。
その間も終始ラナリス嬢の腕はしっかりとグウェン様の腕に絡まっている。
しかもよく見ると、その腕からグウェン様の魔力がラナリス嬢の方へ流れて、彼女の魔力と混ざっているのが見えた。
――私の目の前で魔力染めを……!? いくらなんでもデリカシーがなさすぎるのでは??
わかっていたはずなのに、あまりの衝撃に固まったまま身動きが取れない。
見かねたジェイシス様が私の腕を掴み、自身の後ろへと隠すように引っ張ってくれる。
けれど、なぜかそのジェイシス様の表情が妙に険しい。
一体なぜそんな表情を……
そこでふと獣人の魔力は普通の人間にとって害になることを思い出す。
先ほどグウェン様から漏れ出した獣人の魔力が薄らと漂っている。
どうやらそこに、さらに魔力染めでラナリス嬢が受け止めきれていない魔力までもが部屋に広がっているようだ。
魔力量の多いジェイシス様だからこそ耐えられているけれど、それでもツラそうに見える。
ジェイシス様もさすがに理由に思い当たっているのか、ラナリス嬢をちらっと見てから、少し苦しそうにグウェン様に声をかけた。
「あの殿下……魔力を少し抑えていただくことはできませんか? さすがにこうも獣人の魔力に満たされていると、私でもなかなか厳しいのですが……」
確かに受け止めきれていないのはラナリス嬢だけれど、そもそも流す魔力を抑えれば良い話なのだ。
けれど、それができていないということは、やはりグウェン様の魔力暴走はおさまっていないのではないだろうか。
ジェイシス様もそう思ったのだろう、心配そうにグウェン様を見つめている。
「すまないが、これが限界なんだ」
グウェン様はそうはっきり告げると、なぜかじっと私を見つめる。
そして、わざとらしく視線を外してから言葉を続けた。
「……今はこれ以上、調整することはできそうにない」
グウェン様は少し苦しそうにそう告げると、再びラナリス嬢と見つめ合う。
ラナリス嬢もしなを作り、私に見せつけるかのように、わざとらしく視線をこちらにやってから申し訳なさそうにグウェン様にすり寄る。
「グウェン様ぁ……わたくしのせいで、申し訳ありませんわ」
「いや、そなたのせいではない。私が力不足なだけだ。気にするな」
グウェン様もグウェン様で、無表情なくせに言葉は妙に優しい。
――だから、私は一体何を見せられているのよ!
苛々する私の隣で、ジェイシス様は「これはさすがにまずいな……」と真剣な表情で狼狽えながらも、私からなるべくラナリス嬢が見えないように、庇ってくれる。
今優しくされてしまったら、必死に我慢しているタガが外れてしまう。
そして、とうとう我慢していたものが私の瞳からこぼれ始めた。
「キリア……泣いているのか?」
「……」
なぜかめざとく私の様子に気づいたグウェン様が不思議そうに告げる。
――誰のせいでこうなっているのよ!
自分が逃げたことを棚に上げ、どんどん気持ちが昂って、ついには口からも思いの丈が溢れ出してしまう。
「……ぐ、グウェン様のバカー!! グウェン様なんて大っ嫌い!!」
涙をぼろぼろ流しながら、グウェン様に向かって大声を張り上げた。
そしてそのままの勢いで踵を返し、私は扉を勢いよく開けて部屋を飛び出した。
お読みいただき、ありがとうございます。
キリアのやきもち回でした。
なんだか書きながらももやもやしてしまって……筆がなかなか進まずお待たせしてしまいました。
グウェンとラナリスに一体何があったのか、次はグウェン視点のお話になります。
次回もお楽しみいただけますと幸いです。
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