第四章 発情期 ④女の闘い
側妃になりに来たと堂々と宣言され、呆ける私。
すると、ラナリスと名乗った美女は、さらに捲し立てるように続けた。
「なぜそんなに驚かれるのです? 王族なのですから、側妃がいてもおかしくはないではありませんか。それに、文献によると、ノイザリアの王族は番いがいても側妃を娶っていましてよ?」
目を見開いたままの私に、ラナリスは勝ち誇ったような不敵な笑みを浮かべる。
一緒に聞いていた国王様は、なにやら少し考え込んでから口を開いた。
「……そのような文献、我が国には残されていない。それは市井の文献か何かか?」
「市井の物かは存じませんが、我が家に伝わる書物には、そのように書かれておりました。獣人は番いとの間以外では子供ができにくいと言われておりますが、番いとの年齢差や魔力差が大きい場合、発情期によって魔力暴走を起こして死んでしまうことがあったようです。王族の場合は、魔力量も半端ではないことから、側妃を娶って、欲を発散させていたとか」
「なるほど……。ということは、今回キリア嬢が未成年という噂を聞き、やって来たというわけか」
「その通りですわ」
――そんな話聞いてないんですけど!? しかも、欲を発散って……!
話を聞いて赤くなってしまった私に、ラナリスは嘲笑うように鼻で笑う。
「あら、皮が大人なだけで、未成年というのは本当のようですわね」
見透かしたようなラナリスのその態度に、思わず睨んでしまう。
「お子様にはまだ早かったようですわね。ふふふ。早く殿下にお会いしたいですわ〜」
――この態度……きっとわずかでも王族の子を授かるチャンスがあるのならって感じなんでしょうね。
でも正直……グウェン様が側妃なんて娶って日には、うちの三人が黙っていない予感しかしない。
きっと父様たちのことだから……
『うちのキリアを嫁に迎えておきながら、側妃だと!? 今すぐ仮契約なんて破棄してしまいなさい! 殿下の命? そんなもの、うちの大事なキリアをおざなりにしたバツです!』
『そうです! 父上の言う通りです! あんな命の危機に晒されるような契約、さっさと破棄するべきです! それよりも父上……キリアのこの獣人の魔力をいかがいたしましょう。なんとか戻す手段を講じねばなりませんね。このままではキリアの今後に差し支えが……』
『別に良いんじゃないか? キリアはずっとアーヴァイン家にいれば。他に嫁いだりしなければ、獣人の魔力のままでも魔力が強いってだけなんだろ? 普通の魔法に変換さえできれば、生活にも支障なさそうだし』
『それはそうかもしれませんが……何か支障が出てからでは、キリアが可愛そうですし……』
『まあ、そうなったら、ジェスになんとかしてもらえばいいだろう。きっとあいつならどうにかしてくれるはずだ――』
とまあ、想像だけで、ここまではっきりと未来が見えてしまった。
父様たちは当然として、グウェン様も私以外を迎えるなんて論外だろう。
それに……グウェン様は王位継承権こそ持っているけれど、すでに公爵を名乗っている。王族ではあるけれど、公爵って側妃を持てるのだろうか。
「申し遅れました、私はキリア・アーヴァインと申します。王弟殿下の番いで、婚約者です。先ほどから色々おっしゃっているようですが、私も二か月後には成人いたしますし、特に側妃などは必要ないと思いますよ」
すると、私の発言を聞いたラナリス嬢は、嬉しそうに口角を上げた。
「まあ、まだ未成年でいらっしゃるのですね。安心いたしましたわ」
「……それは、どういう意味ですか?」
「獣人の発情期の時期を考えますと、今がまさにピークなのでは? 先日番いの契約を結ばれたとお聞きしましたわ。つまりは、番いを得て、初めての発情期がちょうど来たばかり……ふふふ。まさに今こそ、わたくしが必要なのではありませんの?」
色香の漂わせながら、したり顔でそう言うと、続けて国王様のほうへと訴えかける。
「今、殿下はどちらにいらっしゃるのです? お苦しみになっているのではありませんか? わたくしでしたら、今すぐに殿下をお救いすることができますわ!」
「ちょっと! 勝手に話を進めないでください。ちょうど、先ほど……陛下に、私が発情期を止めると、話していたところだったのですから……」
ラナリス嬢の勢いに負けじと、言葉に詰まりながらも思わず口走ってしまう。
そんな私の言葉に、ラナリス嬢に詰め寄られていた国王様が嬉しそうに私の手を取る。
「グウェンを頼んだよ。アーヴァイン公には私のほうから上手く言っておくから、気にしなくても良いぞ」
「え、いえ、、あの……」
そのまま手をぎゅっと強く握られ、笑顔でじっと見つめられる。
強すぎる無言の圧に、気づけば「はい」と答えていた。
目の前で繰り広げられた私と国王様のやり取りに、出番を失くしてさぞ落ち込んでいることだろうとラナリス嬢を見ると、なぜか彼女は嬉しそうに微笑んでいた。
「王弟殿下はグウェン様とおっしゃるのですね! 素敵なお名前ですわ〜。これから殿下のところへ向かわれるのでしょう? なら、わたくしもご一緒いたしますわ!」
「なぜ私があなたを連れて行かなければならないのですか?」
「だってキリア様は未成年なのでしょう? そんなお子様が、獣人の発情期になんて付き合えるわけございませんもの。ですから、わたくしがお手本を見せて差し上げますわ」
「結構ですわ!」
強くそう言い放ち、二人で睨み合っていると、見かねた国王様が口を開いた。
「ひとまず、グウェンの元へ行ってみてはどうだ? 正直、今のままだとグウェンが持たないのも事実だ。それに、ラナリス嬢が行きたいと言っても、あそこに入れるかどうかはまた別だからね……」
おっとりとそう言うと、国王様は部屋の扉を開け、一緒に離宮の外へ出るように私たちを促す。
そして、離宮を出た先には、先ほど部屋を出ていった父様とマーサ、それに加えて複数の騎士たちがいた。
騎士たちは皆、剣に手を添え、ラナリス嬢を睨みつけている。
どうやらラナリス嬢が離宮へ侵入した際、騎士たちと何かあったようで、父様も騎士たちも皆、私と国王様をどう救うかと考えていたようだ。
「皆、大丈夫だ。この娘は敵ではない。警戒を解くように」
国王様の言葉でその場はおさまり、集まっていた騎士が引き上げていく。
残ったのは、いつも国王様が連れている数名の護衛だけ。
父様もそのまま残ろうとしたみたいだけれど、秘書官にズルズルと引き摺られて戻っていった。
それを見届けると、国王様は私とラナリス嬢を連れて、王族居住区へと移動した。
そして、王族居住区の一番奥にある応接室に通された。
部屋には、扉から少し離れた位置にソファが置かれていて、その奥には大きな暖炉がある。
入室してすぐ、立ったままの状態で、なぜか侍従や護衛を退室させた国王様は、急に何かを唱えると魔法陣を展開させた。
すると目の前に、突然大きな扉が現れた。
キラキラと黄金に輝くその扉には、狼の紋様が描かれている。
国王様は躊躇うことなくその扉に手をかけ、私たちに笑顔で振り返る。
「一番神殿に近い位置につなげた。では、向かおうか」
そうして、私たちはグウェン様の待つ地下の神殿へと向かった。
お読みいただきありがとうございます。
女の戦い、まだまだ続きます。
次はいよいよ発情期に苦しむグウェン様と再会です。
次回もお楽しみいただけますと幸いです。
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