第四章 発情期 ③獣人の末裔
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よろしくお願いいたします。
グウェン様の発情期をきっかけに、同じ王宮にいるのに会うことができなくなって早一週間。
当初はごねていたグウェン様も、恍惚状態になって呆然としていた間の記憶はあるらしく、ジェイシス様から本格的に発情して、私を傷つけてしまうかもしれないと諭されると、引き下がるしかなかったらしい。
発情期の間は私には近づかないという約束を父様と交わしていた。
そんな訳で、仮誓約前の公爵邸での日々のような状態になってしまった。
ただ、大きく違うことは……ある程度相手が近くに居るとお互いにはっきりとその存在を感知してしまうし、後でわかったのだけれど、成長したことで発情香も強くなっていて、感知しただけで発情香が出てしまうことだ。
発情期でなくても毎日会いたいと通っていたグウェン様である。
発情期に入った上にお預けを食らったグウェン様は、離宮の窓から私の姿が見えるだけでテンションマックスになって耳や尻尾が出ていた。
もちろんその尻尾は、今にも千切れんばかりにぶんぶん揺れる。
これがなかなかに、グウェン様には厳しかったらしい。
近くにいたいし、姿も見たいけれど、触れられないというお預け状態が一週間も続き、参ってしまったのか、今朝は全く離宮付近でグウェン様を感知しなくなっていた。
そして今、なぜか私の目の前には、国王陛下と父様がいらっしゃる。
「これは一体どういう状況なのかしら……?」
向かいのソファで睨み合う二人に思わず小さく声が漏れてしまう。
その声に、憐れむような表情で二人同時に振り向いた。
「キリア嬢。こんな狭い場所にそなたを押し込んで、申し訳ない。グウェンの発情期がどれくらいでおさまるのか今調べているところだ」
「そうなのですね。ありがとうございます」
「だが……正直なところ、もう番いの契約も結んでいる上、身体も成長したのだから、グウェンの発情期に付き合っても問題ないのではないか?」
「……え?」
国王様のとんでもない発言に、間抜けな声が出てしまう。
「陛下! だからそれは却下だとお伝えしているではないですか!!」
「だがずっとこのままでは、双方つらいだけではないか。その上、グウェンは魔力暴走を起こしかけている。この国でグウェンの魔力暴走を止められる者などいないのだ。事は一刻を争う」
「そ、それはそうですが……」
国王様の真剣な眼差しに、父様は言葉に詰まったまま固まってしまった。
――まさか、そんな状況になっているだなんて。
「あの、グウェン様は大丈夫なのですか!?」
「まだ今は大丈夫だが……念のため城の地下にこもって耐えている」
「城の地下……?」
聞き返す私に国王様は父様をチラッと見て、悩ましい表情になる。
空気を読んだ父様がマーサを連れて部屋を出て行った。
国王様は私と自分がすっぽり入るくらいの結界を張り、「まあ、念には念をだ」と言いながら、人差し指を唇の前で立てる。
軽めの口調だけれど、結界を張るほどの極秘事項を話されるのだと、思わず息を呑んだ。
「……今グウェンがこもっているのは、城の地下のさらに奥深くにある、獣人国の神殿が移設された空間だ」
「獣人国の神殿……? 城の地下にそのようなものがあるのですか!?」
獣人国の本にも載っていなかった情報に、思わず身を乗り出してしまう。
「ああ。歴代の王族と獣人、それに連なる血族、そして筆頭魔導士にのみ引き継がれている。地下に何かあるというのは知られているが、詳細については皆知らん」
「なぜグウェン様はそのようなところに?」
「神殿には獣人の結界が張られていて、私たちは入れないが、何か力を抑えるものがあるらしい」
「そのようなものが……ちなみにその神殿に私は入れるのでしょうか?」
私の質問に、国王様は待っていましたとばかりに私の手を両手でがっしりと掴んだ。
「そうか、行ってくれるか!!」
「え!? あ、あの、入れるかを伺っただけなのですが!?」
「入って、グウェンの発情期を止めてくれるのだろう??」
王様の瞳はキラキラと眩しいほどに、期待でいっぱいな様子だ。
「え、あ、あの……」
その時、国王様が張ったばかりの結界がパリンッと割れる音と、グウェン様とは違う、少し弱い獣人の魔力を離宮の入り口に感じた。
「ほう……あの話は本当だったというわけか……」
なぜかニヤリと微笑みながら、国王様は扉のほうへ視線を向ける。
次の瞬間、無造作に扉を開く音がして、私は慌てて振り返った。
「王弟殿下!」
そう叫びながら、銀に近いプラチナブロンドの長い髪を靡かせる妖艶な美女が入ってきた。
嬉しそうに薄茶色の瞳を輝く瞳をこちらに向けながら、金色の魔力を身体に薄っすらと纏っている。
ところが、その嬉しそうな表情が私の姿を認めた途端に一気に曇る。
そして、再び口を開いたかと思うと、先ほどとは別人のように声のトーンが下がった。
「あら、ハズレでしたわ。獣人の魔力を感じたので、てっきり王弟殿下だと思いましたのに……」
――王弟殿下って……それにこの魔力は……一体どういうことなの?
「この国で獣人の魔力を持つ女性……ということは、もしかしてあなたが、『アーヴァインの妖精姫』かしら?」
国王様を差し置いて、いきなり私に話しかけてきた女性は笑顔でそう言うと、なぜか高圧的な視線を向けてきた。
そのあまりの圧に返事をしようとするものの、言葉に詰まってしまう。
「……あ、えっと」
すると、私の返事など気にする様子もなく、女性は部屋を見渡す。
「まさか外れを引くだなんて……。それにしても、まだ子供だと伺っておりましたのに……話が違いますわ」
後半呟くようにそう告げると、さらに吟味するかのように、私をじっと見つめる。
――一体この女性は何者なの? 獣人の魔力を持ってるなんて……。グウェン様以外に獣人は居ないはずなのに。
あまりにも不躾に見つめられるものだから、思わず睨み返しそうになっていると、向かいに座る国王様が急に立ち上がり、女性に声をかけた。
「もしや、そなたは……ノイザリアの末裔か?」
「ノイザリア……? 獣人国の末裔ですか!?」
私をじっと見ていた女性は、驚く私と同時に国王様を見た。
「金色の瞳……え!? ですが、獣人の魔力ではない、ということは……もしや、あなた様は国王陛下でいらっしゃいますか?」
私以上に驚いた様子で国王様を見た後、急に慌てだす女性。
このルナリアで金色の瞳を持つのは獣人の血を引く王家のみ。
国王様は獣人の力こそ受け継いではいないが、その瞳にはその血がしっかりと受け継がれている。
「そうだ。私はルナリア国国王、エヴァン・ルナリアだ」
返答を聞いた途端、女性は慌ててその場に跪いた。
「国王陛下とは知らず、大変失礼いたしました。わたくしは、ノイザリアの、獣人の末裔、ラナリス・カザリアードと申します。ノイザリアのさらに北、フィルニア国より参りました」
――え!? どういうこと!? 獣人の血を受け継いだのは、うちの王家だけじゃなかったの!?
「やはり北に逃れた獣人が居たのだな……」
「はい。王家は南のルナリアへ渡りましたが、フィルニア側の辺境の民は北へ渡ったと聞いております。そして、その末裔が我がカザリアード公爵家です」
「やはりそうであったか……」
「……これまでずっと隠しておりましたが、王弟殿下が番いを得たとの噂を聞き、我らにお力を貸していただきたく、やって参りました」
ラナリスの言葉に、国王様と私は一瞬顔を見合わせる。
グウェン様が魔力暴走の危機に瀕しているこの状況で、力を貸してほしいと言われても正直困る。
「力を貸すとは、一体どういうことだ?」
「力を貸していただく、ですと少し語弊があるのですが……わたくしは、番いを得た王弟殿下の側妃にしていただきに参ったのですわ!」
私は思わず目を見開いた。
何を言われたのか、頭の中が一瞬真っ白になり、すぐには言葉が出てこない。
やっと出てきたと思ったら、それは叫びでしかなかった。
「ええーーー!?」
思わず声を上げてしまった私に対し、ラナリスはなぜか勝ち誇った表情でこちらを見ていた。
お読みいただきありがとうございます。
前回後書きでお伝えした苦肉の策どこいった?という感じですみません。
細かく書いていたのですが、あまりにグウェンが哀れだったのと、犬だったので、カットになりました。
次から次に問題が……ということで、ラナリス登場です。
グウェンの魔力暴走はどうなるのか……?
次回もお楽しみいただけますと幸いです。
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