第二章 仮誓約の弊害 ④原因
更新が空いてしまって申し訳ありません。
よろしくお願いいたします。
「ん……」
――く、苦しい……転移は、どうなったの!?
あまりの苦しさに必死に何かにしがみつくようにもがいていると、懸命に私を呼ぶ声が聞こえた。
「キリア!!!」
聞き覚えのある声に、頑張って目を開けようとするけれど、うまく開けることができない。
なんとか少し開いた目で、必死になって声のほうを見ようとするのに、世界がぐるぐる回って視点が合わない。
けれど、そんな視界の中で、銀と金にキラキラ光る何かが近づいてくるのが見えた。
そして、そのキラキラ光るものが私の手を掴むと、そのまま引き寄せられ、力強い腕に体ごとすっぽり抱きかかえられた。
するとそれまであった浮遊感が一気に消える。
それと同時に体中が温かいものに包まれ、何やら甘くて良い香りが鼻腔をくすぐる。
――この甘い香りは……グウェン様……?
つい今朝まで私を抱きしめて離さなかった温もり。
――これでなんとか助かるかもしれない……!
そう思った途端、私は力強い腕に身を委ねて意識を手放した。
◇
次に目が覚めると、そこはベッドの上で、グウェン様が治癒魔法をかけながら、私を抱きかかえている状態だった。
身体はまだ重くはあるものの、苦しさはもうほとんどない。
目を開いた私を見たグウェン様は、今にも泣きそうな顔で抱きしめてきた。
「キリア!! ああ……良かった! このまま目覚めなければどうしようかと……また君を失ってしまうかと怖くてたまらなかった……」
そう言いながら、私を抱いているグウェン様の腕が少し震えている。
そんな彼にすぐに何か言わねばと思うものの、思うように声が出ない。
「ぐ……さま、……ご、めん……な…さい」
「無理に喋らなくていい。それに君が謝る必要など何もない」
そう言ってグウェン様は、再び私をぎゅっと強く抱きしめた。
彼の心臓の鼓動がとても速い。
それだけ心配させてしまったことに申し訳なくなってしまう。
話せない代わりに、動かせるようになった首を傾かせ、彼の胸に顔を擦り寄せた。
「キリア……」
抱きしめていたグウェン様の手がゆっくりと私の頭を撫でる。
治癒魔法をかけ続けているからか、彼の手からは温かな金色の光が絶え間なく私に注がれている。
それがとても気持ちよくて、その手に頬を寄せる。
私のその行動に、グウェン様の目が一瞬見開かれ、彼の瞳に熱が宿る。
目尻を下げて、愛おしそうに私を見つめる彼に、胸の辺りがギュッと締め付けられて、なぜか急に涙があふれ出した。
「キリア!? どこか痛むのか!? 苦しくなってきたか!?」
驚き必死に私の様子を伺うグウェン様に向かってゆっくりと首を横に振る。
心配そうにアタフタしながら私の涙を拭ってくれる彼に微笑むと、安心したのか大きく息を吐き、破顔した。
そうしてしばらく微笑み合っていると、部屋の扉の方から大きめな咳払いが聞こえてきた。
「ゴホン! そろそろよろしいでしょうか? お二人とも」
その声に思わず固まる。
――ええ!? 二人きりじゃなかったの!? 恥ずかしい!!
とはいえ、そんなことを言ってる場合ではない。
ゆっくり声のするほうを見ると、扉の前にはジェイシス様がメガネをクイッと上げながら、気まずそうな表情で立っていた。
「ジェイシス、少しは気を利かせてくれてもいいだろ? ようやくキリアが目覚めて喜びを噛み締めていたんだぞ……!」
「待っていたらアーヴァイン公が到着してしまいます。その前に、きちんと状況の把握を」
「ああ……確かに今の姿を見られたら、アーヴァイン公に締め殺されてしまうな……」
顔を引き攣らせそう告げながらも、私を抱えている腕に少し力が入る。
「それで、キリアに一体何が起きたんだ?」
「それなんですが……」
ジェイシス様はグウェン様の様子を伺いながら、言葉を慎重に選んでいるのか、続く言葉がなかなか出てこない。
「その言い方は見当がついていない訳ではないな。何だ? 言いにくいことか?」
「……仮誓約の弊害ではないかと思われます」
「仮誓約の弊害……?」
「はい。本来正式に番いの契約が成立すると、互いへの依存度が高くなる分、どれだけ離れていても互いの位置や状況をリアルタイムで把握できるようになります」
「確かに文献にもそう書いてあったし、実際仮誓約を結んだ後、気配をはっきり感じられるようになった。キリアもそうじゃないか?」
グウェン様の問いに、私もゆっくりと頷く。
「互いへの依存度が高くなった証だと思われますが……今回結んだのは仮誓約、正式に番いの契約が成立した訳ではありません。依存度が上がったことで、なんらかの不具合が生じた可能性が高いと思われます」
「なんらかの不具合……例えばどんなものだ?」
「そうですね……」
顎に手を当て反対の手で肘を支えながら、ジェイシスがゆっくりと考え込む。
「依存度が上がるということですから……力が反発し合って共鳴を起こしてしまうとか、お二人の距離が一定の範囲を超えると相手の気配を探し続けて異常をきたすとか……」
反発と共鳴……確かにあり得ないことではない。
けれど、それが原因であれば、仮誓約を結んですぐにその症状が出ないのはおかしい。
ジェイシス様もそれに気づいたのか、異変が出たタイミングについて問われる。
「仮誓約を結んだ昨夜、それに王宮に居た今朝までは特に異変はありませんでしたよね?」
丁寧な口調で尋ねるジェイシス様に、一瞬違和感を覚えながら、二人から向けられた視線にゆっくりと頷く。
すると、今度はグウェン様が引き続き魔法をかけ、私の様子を伺いながら、優しく問いかけた。
「キリア、具合が悪くなったのはいつからだ? 馬車に乗った後、何があった? ゆっくりでいい。思い出してみてくれ」
懇願するグウェン様の言葉に私は今朝のことを思い出す。
馬車に乗ってすぐは、まだ元気だった。
どの辺りからおかしくなったのか……。
――確か、屋敷に着いた辺りから妙に体が気怠くなって、そこから馬車を降りた途端に目の前が真っ暗になったはず……。
「……やし、きに、ついて……そこで、たおれたの……」
まだ普通に話すことのできない私に、慌ててグウェン様が背中をさする。
「すまない。無理に話させてしまったな。屋敷に着くまでは平気だったのか?」
そう聞かれて頷こうとするが、馬車で既に気怠くなっていたことを考えると、それも違う気がして、躊躇いがちにグウェン様を見上げる。
どうもその表情が首を傾げた上目遣いになっていたようで、私が見上げた途端、グウェン様が片手で目を覆いながら天を仰いだ。
「ああ……! ジェイシスよ、私はどうしたら良いんだ!? キリアが可愛過ぎる! 許されるならば、このまま押し倒してしまいたい……!」
「――!?」
声にならない悲鳴をあげる私の代わりに、ジェイシス様がグウェン様を止めに入る。
「許されるわけありませんよ、殿下。そこまでです。まだ完全に癒えてないご令嬢に何しようとしてるんですか。しかも、ご自身で治癒魔法かけながらとか……面白いにも程がありますよ」
笑いを堪えているのか、ジェイシス様の声が若干引き攣っている。
「やっぱりダメか……あまりに可愛いから、もう仕方ないと思うんだが」
「仕方なくありません」
ジェイシス様の言葉にコクコクと私が頷くと、グウェン様はしゅんとなってしまった。
――見えないはずのぺしょんと垂れてるお耳が見える……。
「それで、キリア嬢はなぜ悩ましそうにしてたんです? もしかして、屋敷に着く前から体調が悪くなっていたとか?」
ジェイシス様の話に再びコクコクと頷く。
「ということは……先ほど挙げた後者が当てはまるかもしれませんね……」
「後者? 私との距離か?」
「はい。やはり一定の範囲を超えたことで、なんらかの不具合が生じた可能性が高いですね。とはいえ、さすがに検証するのは危険なので、そうだと仮定して策を講じたほうが良いかもしれませんが……」
「そうだな……」
二人の真剣な視線が私に集まる。
また死ぬ思いをするのは嫌なので、検証実験だけは絶対にやめていただきたい……。
ただ、どれくらいの距離だと苦しくなるのか知りたくはある。
そんなことを思っていると、グウェン様がさらなる疑問を口にした。
「ところで、なぜキリアにだけに不具合が出たのだ? 私には何も出ていないのに」
「それはたぶん、殿下がそもそも獣人だからではないかと……。獣人ではないキリア嬢には出易いのでしょう」
「……なるほど」
――そんな……。私にだけ不具合が出るなんて理不尽じゃない??
心の中でそう叫ぶものの、グウェン様を見る限り、獣人は魔力も強くて万能で、明らかに人間より体も頑丈だ。
仕方のないことなのかもしれないと、しょぼんとする私とは裏腹に、なぜかグウェン様が嬉しそうにジェイシス様を見る。
「で、つまるところ、今後どう対策すれば良いのだ?」
「……簡単なことです。成人して正式に誓約を結べるまで、お二人が離れなければ問題ありません」
ため息をつきながら答えたジェイシス様の話に、私はこれから先に起こりうるであろう現実から激しく目を背けたくて、思わず遠くを眺めたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
ようやく仮誓約の弊害の一つの謎が見えてきました。
次は父様と兄様が再び王宮に到着してしまいます。
次回もお楽しみいただけますと幸いです。
ブックマークや⭐︎の評価、いいね、ありがとうございます。
いつも大変励みになっております。
魔法公爵の合間で進めているため、不定期更新が続いていて申し訳ありません。
引き続きどうぞよろしくお願いいたします。




