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第三章 筆頭宮廷魔導士 ②番いと獣人

「え? 何が起きたのです? 父様!? 兄様!? どこへ行ってしまったの!?」


 目の前から三人が急に消え、大きく取り乱す私にジェイシス様は淡々と答えた。


「三人には魔塔から出てもらった。今頃入口で門番に迎えられているよ」

「なぜそのようなことを?」

「きっと番いについてちゃんと君には話さないだろうから。君は自分の状況も含めてしっかり知った方が良い。思っている以上に深い話になる。それに……君も、隠していることがあるよね?」


 そう言いながら、父様を支えていた中腰態勢から立ち上がると、メガネのフレームを少し上げて私に向かって意味深に微笑んだ。


「!?」


 思わず心臓がビクッとなる。底知れない微笑み。

 この人は敵なのか味方なのか……。


 父様の友人ということは、味方と思って良いんだろうか?

 魔力枯渇のことといい、話せる相手ができたらどれほど楽になるだろう。

 もし味方になってもらえたら……。

 でももし、元のキリアの魂を消滅させてしまっていたら?

 私の召喚が原因で元のキリアという存在が死んでしまったのだとしたら……。


 そんな思いがグルグル渦巻いて、その場で固まってしまう。

 どう──

「──どうして気づいたの? って?」

「え!?」

「はは。やっぱり。君はこの世界の人間じゃないよな?」

「なっ」

「いや、正しくは、この世界の魂じゃない、かな」

「え……」

「あ、これも語弊があるか。本来ならこの世界の魂だった、が正しいのかな」

「は?」


 意味がわからないのことを言われ、壊れた人形のように声だけが出てしまう。

 ちゃんとした言葉が浮かんでこない。


 一体この人は何を言っているの?


 すると、まるでそれを見透かしたように底知れない不適な笑みを浮かべたままだったジェイシス様が、急に真剣な表情になる。


「何でわかるのかって? だって、王弟の番いの魂はこの世界に居ないはずだからな。俺の師匠が異世界に飛ばしたから」 

「は? ……異世界に飛ばした?」

「ああ。王弟が生まれてすぐに、番いの魂は異世界に飛ばされたんだ」


 目の前に居るこのメガネのイケオジは何を言っているの?

 異世界に魂を飛ばした?


「君の魂は元々はこの世界のものだが、俺の師匠、先代の筆頭宮廷魔導士が異世界に飛ばしたんだ。俺も当時師匠を手伝っていた。王弟の番いと聞いてすぐはまさかと思ったが、君を見て確信に変わったよ。しかも、こうやって話せているしな」


 聞けば、この話自体、制約魔術に縛られているとかで、当事者以外には話せないようになっているんだとか。


 それで父様たちを追い出したのね……。


「でも、一体何で異世界に飛ばされなきゃならなかったの? それにもしそれが本当なら元のキリアの魂はどうなってしまったの?」

「なぜ飛ばされたのかについては……※△□○◆ゔっ! ゴホッゴホッ」


 話し始めた途端にジェイシス様の言葉が聞き取れなくなってしまう。

 音になっていないだけではなく、急に詰まって咳き込み始めた。


「やっぱりここまでか……。もう一つ制約魔術を掛けられているんだが、君は当事者であっても、話せる相手ではないらしい。元のキリア嬢についてだが、多分君と入れ違いに異世界から来た魂だろう」

「私と入れ違い? 魂を入れ替えたってこと?」


 ジェイシス様は私の問いに頷くと、机の上にあったこぶし大の水晶玉を手に取り、魔法で小さな玉に分裂させ、それを模型にして魂の入れ替わりについて詳しい説明を始めた。


「魂の数というのはそれぞれの世界で決まっていて、どの世界も均等に保たれているものなんだ。君を異世界に送った際に、こちらに飛ばされてきた魂だったから、君がこちらに戻ったのと入れ違いに向こうの世界に還ったと考えるのが妥当だろうな」


 弾き飛ばされた一つの球体を見つめながら、元の私の身体にキリアの魂が入ったのだと教えられる。

 つまり……このキリアという美少女の魂は、以前の私の身体に、冴えない単なるモブの身体に生まれ変わってしまったのだ。


 え……逆の立場だったら、ショック過ぎて生きていけないかもしれない……。

 もう一度魂を入れ替えることとかってできたりするんだろうか?

 あまりにも元のキリアの魂が可哀想過ぎる。


「何を考えているのか大体想像はつくが……もう一度同じ魂を入れ替えることは不可能だ。こちらからまた君の魂を飛ばしたとしても、入れ替わりに元のキリアの魂が来るとは限らない。まあ、十中八九違う魂が来るだろうな」

「なるほど……」

「まあ元々はこちらの魂、それも獣人の番いの魂なのだから魔力は持っているはずだ。なぜ枯渇状態になっているのかはわからないが……」


 枯渇状態になってしまった理由……高熱を出していたというのは関係があるのだろうか?


「私が高熱を出して死にかけたことに何か関係があるのでしょうか?」


 気になり聞いてみると、思わぬ答えが返ってきた。


「元の魂を異世界に送る際に魔力を投下したか……もしくは無意識に魔力で魂を守ったか……」

「守った?」

「そうだ。何者かに無理矢理入れ替えられたのだから、相当強い魔法がかけられたはずだ。それに対して元のキリア嬢の魂は魔法など無い異世界のモノ。魔力はそもそも魂から沸くものだ」


 あれ? キリアは確か水魔法が使えていたとキース兄様が言っていたような……。


「え、でも元のキリアは魔法を使えていたと……」


「両親から受け継いだ肉体のおかげでかろうじて多少の魔力を纏っていたかもしれないが、そんな魔力なんてたかが知れている。君の魂がこちらに呼び戻されるまで持っていたかどうかも怪しいところだ。だから、俺が想像するに、君の魂が入れ替わってすぐにありったけの魔力をフル稼働したんだろう。それで元の魂と己の魂の両方を守った可能性が高い。まあ、異世界まで届かせる魔力だ。そりゃ枯渇もするだろうよ」


 ん? この人は何を言っているんだ……?

 つまり私は自分と元キリアの魂を守るために、呼び戻されるなりいきなり魔力をフル稼働させたと。

 その結果、今の枯渇状態にある……と?


「……元のキリアの魂は大丈夫なの?」

「うむ……そうだな。正確に知る術はないが、君が無事に入れ替われたということは、あちらも無事な可能性が高いだろう。それに魔力枯渇から戻らない理由もそこにあるだろうな。異世界にまで魔力を送ったとなると、通常の魔力枯渇のレベルを遥かに超えているだろうから、戻るまでには数年かかるだろう。まあでも、それも……番いだと確定したわけだから、すぐに解消する策はある」


 思わずホッとして肩の力が抜ける。


 その様子を見たジェイシス様は、またメガネの縁をクイッと指で上げると再び不敵な笑みを浮かべ、机に置かれた一冊の分厚い本を立ててこちらに向けた。


「魂の入れ替えについてはここまでにして、本題の番いについての話をしようか。まずはこの本を見てほしい」


 そう言うと、私に本を手渡した。表紙には『獣人国ノイザリアの歴史』と書かれている。


「……獣人国?」


「そうだ。その名の通り、獣人の国。もう千年以上も昔に滅んでしまった国だがな。文献や資料もかなり少ない。もはや言い伝えレベルと言っても過言ではない。が、獣人は実在するし、滅亡前に王家と婚姻を結んだ関係で、王家の人間や某系王族にはその血が流れている。そして、なぜか獣人の特性は男性に濃く現れる傾向があって、あまり女性には現れないんだ」


「獣人の特性?」


「ああ。獣の姿をとることができることだ。普段は人の姿をしているが、自分の意志で獣に姿を変えられる。その上、魔力量や能力も人間の数倍だと言われている。人間よりも様々な面で優れているんだ」


「へえ〜そんな優れた種族なのに、何で滅んじゃったの?」


「諸説あるが、一つは男性に獣人の特性が濃く現れること、それに加えて獣人は番い相手以外だと子どもを持つことが難しいことが滅びた要因だと言われている」


「番い以外だと子どもが難しいの? あれ? でも、それじゃあ、国王様も獣人?」


「いや、陛下は人間だ。王弟殿下は突然変異だからな。王家にはごく稀に突然変異で獣人が生まれる。大抵は生まれてすぐに国を挙げて番いを探すんだが、これがなかなか見つからないんだ」


 今なんかサラッととんでもない言葉が聞こえたような……。


「……国をあげて探す?」

「そうだ。国が一丸となって、総出で番いを探すんだ」


「何でそんな大袈裟なことを……」


「大袈裟でも何でもない。それだけ獣人の能力が凄いということだ。突然変異を待つのではなく、普通に子どもが生まれれば一番だからな。それに獣人は……番いがいなければ、生命力が弱まって生きる意味を見いだせないらしくて、短命になるんだ」


 真剣な顔でそう言うと、私の様子をチラチラと伺った。


「……つまり私が居なければ、サージェスト様は早死にすると」

「まあそういうことになるな。番いの居ない獣人は二十代まで生きれば長い方だ」


 恐る恐る言葉を絞り出したところに決定打を放たれてしまった。

 見た感じサージェスト様は二十代……焦っていたところに私が現れたという訳ね。


 思っていたよりだいぶ重いな……。


「はあ〜」


 思わず大きなため息が出てしまう。

 そんな私にジェイシス様は「ひとまずその本を貸してやるから、ちゃんと読め」と先ほどの本の表紙をトンと叩いた。


「あれ? そういえば、番いがいなければ短命……? それって現れただけで短命じゃなくなるの? 番いにならなくても?」

「ん〜そこは難しいところだな。今までは番いが見つかればすぐに王命で番いの契約を結ばせていたから、番いが現れても番いにならない、なんていうことはなかったからな。大昔はあったのかもしれないが、そんなものは記録にわざわざ残さないだろうし……」


 あ……兄様たちが言っていたことはこういうことか!

 番いだとわかれば、王家によって問答無用で番いにさせられちゃうのか!


「ということは……私も王命で番いの契約を結ばされちゃうの!? それって、強制的ってことよね? え……なんか酷くない?」

「まあ確かに、当事者的には酷いと思うかもしれないが、獣人の番いを守るためでもあるから、そこは仕方がないんだ」


「守るため?」


「そうだ。獣人、それも王家の血を引く獣人ともなると、力や権力を欲して群がってくる馬鹿どもが多いんだ。そんな人間たちからすれば、獣人に直接何かを仕掛けるのは容易じゃないが、人間である番いなら、手を出せる。番いは獣人にとって命よりも大事な存在だから、番いを手に入れれば、獣人を操れるという訳だ」


「なるほど。確かに、そう考えると王命で縛るのも仕方がないのか……そっか」


 仕方がないと思いつつも、それでもやっぱり現代日本で育った私の感覚だと、「人権侵害だ!」と訴えたくもなってしまう。

 なんだかな〜と思っていたら、不思議そうな顔でこちらを見ているジェイシス様と目が合った。


「さっきからずっと言おうと思っていたんだが……君、正体がバレてから、物凄く口調がラフになっていないか?」

「だって、私の正体を知っている人にかしこまって話す必要ないかな〜って。元の世界じゃ、こんな感じだったし」


 私の返事を聞いたジェイシス様は今までとは比べものにならないほど盛大なため息をついて、メガネの縁をクイっと上げた。


「どうも君が飛ばされた異世界はずいぶんと自由な世界だったようだな」

「あははは……言われてみれば、確かに。この世界よりかなり自由だったかな」

「まあ、多少のことには目を瞑ろう。今後は私を頼るといい。我が師のせいでもある上、本当なら、王弟殿下の命が尽きる前に、この私が君を異世界から呼び戻す予定だったんだ。それに君を助けることは師との最後の約束だ」


「え……最後の約束って?」


 ジェイシス様は一瞬しまった! という顔をしたが、少し悲しげな顔をすると話を続けた。


「……ああ。我が師は先日亡くなった。君がこちらに戻ったことで、禁忌の呪いが働いたようだ」


「禁忌の呪い……?」


「そもそも異世界へ魂を飛ばすことは禁忌なんだ。それを行い、師は魔力の半分を失った。そして、君がこちらに戻ったことで、呪い返しのようなものが働いたのだろう。残りの魔力も全て吸い取られ、足りない分を生命力で奪われたようだ。だが、その直前、魔力をふり絞って私に記憶の断片を送りつけ、君を助けるようにと」


「そんな……」


「まあ、君が気にする必要はない。むしろ君は被害者なのだから……」


 そう言ったジェイシス様の表情は、やるせなさに満ちていた。

 きっと、その理由を話すことはできないのだろう。握り込んだ拳が音を立てそうなほどに食い込んでいた。



 それからジェイシス様は、気持ちを切り替えるように私に本を押し付けると、「いつでも訪ねて来なさい」とだけ言って、呪文を唱えた。

 気づくと私は、魔塔のロビーで祈りを捧げるように悲壮な顔で上を見上げている父様と兄様たちの前に立っていた。


 三人は、私の姿を見るやいなや、今にも泣き出しそうな顔をして、私に抱きつくと、オロオロする私をカイン兄様が抱きかかえ、ものすごい速さで馬車に乗せられ、帰宅の途についた。


 馬車の中では三人が悲壮な表情のまま何も語らず、あまりにも気まずい空気に私から話し出すのも躊躇われ、結局家に着くまで誰も一言も話さなかった──。


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