公爵邸攻防戦③
予定よりも更新が遅くなり申し訳ありません。
番外編「公爵邸攻防戦」の続きです。
切りどころが難しかったので、少し長めになります。
よろしくお願いいたします。
グウェンがキリアを思いつつ、なんとか大人しく引き下がった翌日。
グウェンを乗せた馬車は昼過ぎにアーヴァイン公爵家の前に到着した。
兄である国王の助言と協力により、今日は王家の家紋の入った馬車でやってきている。
こうすることで、ひとまず夫人を引っ張り出す作戦だ。
――『夫人であればきっと止めてくれるはずだ。何より、あの家で一番強いのは、夫人だ。上手く味方につけられれば会わせてもらえるかもしれない』
「兄上はああ言っていたが、果たしてそう上手くいくものか……」
独りごちながら馬車から降り立つと、作戦通り、リザベル・アーヴァイン公爵夫人とキースが迎えてくれた。
「ようこそお越しくださいました、殿下」
そうにこやかに微笑む夫人……だが、なぜか圧が強い。
キースも頭を垂れながら、母親の様子をじっと伺っている。
唐突の訪れのせいか、連日の訪れのせいか、理由はわからないけれど、夫人の圧の強さにグウェンはなぜか謝らなければいけない気持ちになり、第一声から謝ってしまった。
「連日騒がせてしまい申し訳ない」
「いえいえ。それだけキリアのことを想ってくださっているということですもの。素敵だわ……」
夫人は嬉しそうに拳に力を入れる。
――笑顔なのに、この圧は一体何なのだろう?
どうもこの圧に狼狽えているのはグウェンだけではなく、キースものようだ。
「それでは、キリア嬢にお会いしてもよろしいでしょうか?」
歓迎モードだと思い、率直に伝えたグウェンだったが、まさかの言葉が返される。
「ん〜いまいちトキメキが足りませんねぇ……」
「トキメキ?」
「ええ。折角殿下のような素敵な王子様からの求婚ですもの! もっと華やかでロマンチックな演出の逢瀬ですとか、もっとこう、気持ちをグッと掴まれるような切ない展開ですとか……思わずキュンとしてしまうようなトキメキ! トキメキですわ!」
「はあ……」
何を言われているのかわからず、戸惑いながらも相槌をうつけれど、意味がわからないグウェンと、「この母は何を言っているのだ?」という表情をしたキースの目が合う。
するとキースはなぜかグウェンに申し訳なさそうに目を伏せた。
どうやらキースにとっても母親の行動は予想外だったらしい。
二人の戸惑いを他所に、母リザベルの暴走はさらに強度を増す。
「というわけで……キース。ほらあなた、早く決闘を申し込みなさいな」
「はい!?」
「何を狼狽えているの? あなた今日そのためにお休みを取ったのでしょう?」
そう言うと、リザベルの合図で侍従たちが粛々と木剣の準備を始める。
「え? ちょっ! 母上!?」
たじろぐキースに母リザベルはグイグイ話を進める。
「妹を奪おうとする婚約者の前に立ちはだかる兄、なんてカッコイイじゃない! あ、もちろん、立ち向かう王子様なんてもっと素敵ですわよ! なんてロマンチック!」
「はい?」
驚きのあまりキースとグウェンが思わず目を合わせて同じ言葉を発した。
「まあ王族との縁組なんてこれ以上ない良縁ですし、願ってもないお話ですけれど、旦那様があんなにも簡単に認めてしまわれるんですもの。キリアのことを溺愛しているから、もう一波乱あると思って楽しみにしていたのに、あっさりし過ぎてつまらないわ!」
ぷりぷり拗ねながら扇子を片手に無茶苦茶な発言をする母に、キースは頭を抱える。
「母上……殿下が最初にいらした際に、邪魔をするなと圧を送っていらしたのは、母上ですよね??」
「もう、女心がわかっていないわね。そんなことではモテなくってよ。だからって家族全員で大手を振って賛成なんて、あなたたちのキリアへの愛情はそんなものだったの? 母親をもねじ伏せて向かっていく位の気概がなくてどうします! うちの男性陣は、どうも気が弱くてダメね」
ひと息にそこまで捲し立てると、「ふぅ〜」と大きくため息をついた。
――いやいや、あの父上ですら、扇子一振りでねじ伏せる母なのだ。自分たち如きがねじ伏せられる訳がないではないか……。
そう心では思っているものの、口にしたらどうなるかをよく知っているキースは、その思いを飲み込む。
「さあさ、早く立ちはだかりなさいな。もちろん、殿下が勝てば、キリアに面会できますわよ」
ウキウキと準備を整えた母リザベルは、キースの背を押すと、玄関前にある本来は馬車を何台も迎えられるよう作られた広場へと進ませた。そして、グウェンと対峙するよう並ばせる。
一方のグウェンも侍従たちによって、煌びやかな衣装を脱がされ、薄着になると広場へと誘導され、木剣を渡された。
キリアとの面会の話を出されて、先ほどの戸惑いは消え、目の色が変わっている。
「予定とは異なってしまいましたが、殿下! キリアに会いたくば、手合わせ願います! 手加減は一切致しませんので、お覚悟を!」
「ああ、受けて立とう。今日こそはキリアに会いたいからな!」
そう言うと、互いに木剣を構える。
二人が睨み合ったところで、家令によって、開始の合図が言い渡された。
「はじめ!」
合図とともに両者一斉に打ち合うのかと思いきや……異様に張り詰めた空気がその場を支配する。
互いに隙の探り合いをしているのか、ジリジリと少しずつ動きながら睨み合い、なかなか一手を放たない。
それを先に破ったのはグウェンだった。
急に一歩踏み出したかと思うと、人間離れしたスピードと跳躍力でキースの頭上に現れると、真っ直ぐに木剣を振り下ろす。
キースはそれを難なく避けると、避けた反動を使って、すかさずグウェンの脇に向かって一撃を放つ。
脇への攻撃を余裕でかわしたグウェンは、さらに立て続けに左右に連続で打ち込むと、一気に下がって元の場所に戻った。
この一連の動作をグウェンの対空時間内、目にも留まらぬ速さで繰り広げられ、見守っていたリザベルが声を上げる。
「……え!? 一体何が起こったの?? なんだかよくわからないけれど、凄いわ!! カッコイイわ! 素敵〜〜♡」
一瞬唖然としながらも、いつの間にやら用意した応援グッズを手に、とても楽しそうだ。
「それにしてもキースってあんなに俊敏に動けたのね! さすが旦那様の血筋ね!」
普段は参謀としての役割をしているキースが剣を振るうことは珍しいが、近衛騎士団の副団長をしているだけあって、剣の腕もなかなかなのだ。
「剣の腕も良いのか……さすがだな。普通に楽しくなってきてしまったではないかっ……!」
嬉しそうにそう言いながら、グウェンはどんどんキースに向かって力強く打ち込んでいく。
「お褒めに預かり……光栄です!」
キースはその全てを受け止めたり、かわしたり、淡々と対応しながら、微笑んだ。
そして、その攻撃の切り返しの隙をつくように、反撃を繰り返していく。
真っ直ぐな王子と策略家の参謀。互いの性格が非常によく出ている。
そうして、戦いは続いていった。
◇◇◇
それから数時間……いつまで経っても決着がつかない。
昼過ぎから始まった戦いは、気付けば日が傾き、夕方になっていた。
最初は声を上げたり、応援したり、とってもテンション高く楽しそうに見守っていた母リザベルにも疲れが見え始める。
殿下に対して失礼だからと、リザベルは侍従たちが出してきた椅子に座り、かろうじて外で見守り続けているけれど、そろそろ限界のようだ。
「殿下もキースも、今日はもうこの辺にしてはいかがかしら? 遅い時間だとキリアの身体にも障りますから、会わせるわけには参りませんし」
急にまともなことを言うリザベルに驚きつつ、二人は辺りを見渡し、日が傾いていることを改めて確認すると、木剣を収めた。
「戦いに夢中になり過ぎて、キリアに会えなくなるなんて……!」
「ああ、こんなはずでは……」
キリアに会えないことが確定し項垂れるグウェンの横で、キースは予定とは違う形で目的を達成してしまったことにモヤモヤしていた。
そんな二人の気持ちをよそに、侍従たちはリザベルの指示で片付けを進めていく。
しばらくして、再び煌びやかな衣装を纏ったグウェンを迎えに、王家の馬車が門前に到着した。
「それでは、夫人、キース。今日はこれで失礼する。明日こそ必ず、私はキリアに会うぞ!」
「ええ、お待ちしておりますわ。殿下」
「明日は私の代わりにカインがお相手させていただきますので、よろしくお願いいたします」
キースの言葉にグウェンは一瞬うんざりした表情を見せたものの、腹を括ったように答える。
「ああ。明日はカインとまた全力で手合わせしよう」
そう言って馬車に乗り込もうとするグウェンに、リザベルがそっと囁く。
「わたくしをトキメかせてくだされば、キリアの元へそっとご案内させていただくかもしれません。情熱的なのをお待ちしておりますわ」
そのまま馬車に乗り込んだグウェンは、夫人をトキめかせる方法に頭を抱えるのだった。
そして、ある意味予想通り……翌日のカインとの戦いも、いつまでもカインが粘り続け、最後には足にしがみついて動きを封じ、気付けば夕焼けが美しい時間となってしまった。
それを受けて、グウェンは前日のリザベルの提案を思い出す。
ーーもしかしたら、それが唯一の抜け道なのではないだろうか。
グウェンはリザベルの言う「トキメキ」を真剣に考えながら、三日目の戦いについて、どうすれば戦わなくて済むかを模索するのだった。
お読みいただきありがとうございます。
キースとグウェンの戦いでした。
いつになったらグウェンはキリアに会えるのか……と言ってもまだ会えなくなって三日目と言う具合ですが。
グウェンが考えるトキメキとは…?
次回もお楽しみいただけますと幸いです。
引き続き執筆を進めていきたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。




