宮廷魔導士子育て記録 ③(ジェイシス視点)
番外編ジェイシス過去話の続きです。
グウェン王子大暴走です。
檻状の結界を外した途端、グウェン王子は全力で俺に向かって魔力をぶちまけた。
思っていた以上の魔力に驚きつつ、防御魔法で難なく受け止める。
魔力を放ち続けたまま、今度はこちらに向かって駆け出してきた。
しかも全くふらつくこともなく、なんなら成犬並みの力強い蹴りで走ってくる。
獣人の赤子は生後三週間でハイハイどころか、全速力で駆けてくるらしい。獣人恐るべし……。
その姿を見た師匠は大喜びで腰を屈めて、「殿下、こちらですぞ〜」と嬉しそうに手を広げる。
けれど、殿下は全く眼中にないらしく、物凄い形相で俺に向かってきた。
「しゃーない。身体強化と防御魔法でお相手しますかね……」
師匠とは違い、手を広げることなく少し腰を落として向かってくるのを待つ。
すると、魔力をさらに纏って、まるで火の玉のように突っ込んできた。一旦なんとかそのまま両手で受け止め、抱え上げる。
確かに手触りはもふもふだ。
けれど、全力で放たれた魔力はちっとも可愛く無い。
王子は抱え上げられた状態で、さらに膨らんだ魔力を俺に向かって解き放ったのだ。
身体強化と防御魔法を手前に結界魔法を室内全体に同時展開していたにもかかわらず、魔塔の時空に波を生じさせた。
防御魔法だけ、結界魔法だけを展開していたらどうなっていたことか……獣化怖えな。
ここまで威力が上がるのか……。
師匠を見れば、なんとかギリギリ俺の防御魔法内に入れていたようで、ほっと胸を撫で下ろす。
ふと手に抱えたグウェン王子を見れば、自分の魔力が効かなかっことに驚いたのか、一瞬キョトンとした顔になり、しょんぼりしている。
なかなか可愛い反応に可哀想なことをしたかなと思い始めた矢先、再び俺を睨みつけると、急に吠え出した。
「ウ〜〜ガウガウッ」
前言撤回。全然可哀想じゃない!
俺に抱えられ、ぶら下がっている状態で唸りながら吠え続ける。
「ほんと子どもらしくない鳴き声ですね〜。もう少し可愛げがないと、嫌われちゃいますよ」
「ワタシは嫌いになどなったりしませんよ、殿下」
横の孫バカは放っておいて、威嚇し続ける仔狼の目をじっと見る。
くりくりとした丸い目を一生懸命頑張って尖らせている様がなんとも可愛らしく、それと同時に守る存在なことを再認識させられる。
そう思っている最中もずっと吠えている訳だが……。
「俺には全く効かないので、魔力をぶつけるのはいいですけど、疲れちゃいますよ?」
魔力量には自信がある。さきほどの魔力は確かに驚いたが、いくら獣人といえど、こんな幼子相手に負ける気はしない。
グウェン王子はしばらく魔力を放ち続けると、そのうちくったりと大人しくなった。
そんな王子の様子を見て、師匠が怪訝な顔をする。
「ジェイシスよ……いくらなんでも厳しすぎやしないか?」
「今のうちに敵わない存在がいるんだと、認識してもらわないと。と言ってもきっとすぐこちらの方が敵わなくなりますがね。はははは……」
「まあそうだな……すぐに追い抜かれるのは目に見えとる。とはいえ、今は甘やかして愛情を与えんとな。厳しいだけではいかん」
真剣な顔で俺を諭すと、俺からグウェン王子を取り上げた。
くったりしているおかげか、魔力を放つこともなく大人しく師匠に抱かれている。
「殿下には、このジジイが愛情をめいっぱい注ぎましょうな。ライア様の分まで……」
そう言って切なげな表情で優しく殿下の頭を撫でる表情はまさに孫を可愛がる祖父のようで、微笑ましい。
「にしても殿下、この毛並みは……! 誠に素晴らしいですな〜」
くったりしながらも師匠の言葉を聞いているのか、ゆっくりと目を開けじっと師匠を見た。
「キャン!」
急に可愛い鳴き声が上がる。
その声にジジイの目尻が一気に下がった。
「ちょ、殿下。俺にはサイズに似つかわしく無い声で吠えといて、酷いじゃないですか!」
「愛情の差だな。ねぇ、殿下!」
「キャン!」
「さいですか。まったく……。師匠、おとなしいとはいえ、魔力は垂れ流してますから気をつけてくださいね」
「言われずともわかっておる」
それからグウェン王子は、魔力を使い切ってお腹が空いたのか、キャンキャン可愛い鳴き声でミルクをねだり、ジジイは嬉しそうにいそいそと準備を始めた。
その間、かごに置かれた王子を撫でようと手を伸ばすと、不満そうにいかにも「撫でられてやっている」という顔をして、渋々撫でられる。
大人しく撫でられるということは、一応は俺の力を認めたのか……?
「それにしても……みんなが言うように無茶苦茶毛並み良いな。一体どうなってんです? ブラッシングとかしてないはずなのに。で、何です? その全力で嫌そうな顔は」
渋々だった表情はみるみる苦痛の表情へと歪んでいく。
「それはジェイシスのことが嫌だからでちゅよね〜!」
哺乳瓶を片手に急に赤ちゃん言葉で後ろから現れた師匠は、勝ち誇った顔で俺を睨んだ。
「あんな檻状の結界なんぞ張るからだ」
「ぐっ! それで守られてたくせに……!」
「守って欲しいなんぞ、言うておらんしな〜」
ああもう! このジジイ腹立つー!
それから甲斐甲斐しく師匠がミルクを与え、再び元気になった王子は、今度は魔力を微妙に垂れ流しながら部屋中を全力で駆け回る。
それを実に楽しそうに、嬉しそうに師匠が追いかける。
孫とじじぃの鬼ごっこ(魔力耐久戦)の幕開けである。
最初はとても両者楽しそうに花畑でも駆け巡るかのごとく(しかしかなり高速)キャッキャしながら駆けていた。
だが途中から王子の速度がさらに上がり、魔力もグンと上がって、ジジイの息がどんどん上がり、顔が真っ赤になっていった。
「で、殿下……もうジジイは付いて行けませぬ……もう少し、もう少しだけお手柔らかにお願いします……」
そう言うと、ジジイこと師匠は、目の前でバタッと倒れた。
「だから言わんこっちゃない……まったく」
グウェン王子との追いかけっこ(魔力解放付き)で思う存分振り回された師匠は予想通り早々にくたばった。
「まあこれでも持った方なのか……」
追いかけてくる相手がいなくなり、不満そうに振り返った王子は、俺に向かって追いかけてこいと言わんばかりにキャンキャン吠え出した。
おお! 今回は俺にも可愛い鳴き声を向けてきた!
だがそう思えたのはほんの一瞬だけだった……。
よく見ると、眉間に皺を寄せ、目を開けたり瞑ったりを繰り返して、キャンキャン鳴きながらも、時々小さく「ウゥ〜」と唸り声をあげている。
どうやらある程度遊んで眠くなっているのか、眠いけど遊びたいという、厄介なぐずりモードに突入してしまったようだ。
これは……かなり厄介だな。
可愛く吠えたり唸ったりを繰り返しながら、もふもふ王子はとんでもない魔力を内包した無邪気な魔力玉と化していく。
「ちょ、殿下! 時空が歪む!」
慌てて部屋の結界魔法を強化する。
それに合わせて、自身の身体強化と防御魔法のレベルを上げた。
赤子の段階でこれって成長したら一体どうなるんだ?
「キャンキャン!」
王子の一番近い防御魔法に歪みが生じる。
マジか……これはもう思い切って全て最強ランクに引き上げるしかないな。
「ヴゥ〜〜」
「ああ、もう……眠いなら大人しく寝ましょうよ。ね、殿下」
声をかけるも、もう全く届いていない。
とにかく俺が全力で受け止めるしか無い。
そう心に決めた時だった……。
お読みいただきありがとうございます。
師匠頑張ったんですが、やはり及ばず…ジェイシスは受け止め切れるのか。
次でラストになります。
この後、22時過ぎに次話も更新予定です。
次回もお楽しみいただけますと幸いです。
いつもブックマークやいいね、☆評価などありがとうございます!!
最後まで頑張って書き切ります!!
引き続きどうぞよろしくお願いいたします。




