変わりゆく君《前編》(ジェラルド視点)
番外編まずは1つ目、ジェラルド視点です。
予定よりかなり長くなってしまったので、前後編になります。
続けて更新予定です。
◆ジェラルド視点◆
グウェン殿下にはじめて会ったのは、俺が五歳の時だった。
俺の母は先代国王の妹で、侯爵家に降嫁した元王女だったため、幼い頃から王宮へ遊びに行くことが多かった。
王宮へ行くと、当時王太子だったエヴァン殿下がよく遊んでくれた。
忙しいはずのエヴァン殿下は、いつも嬉しそうに俺の相手をしてくれて、その中でふと「グウェンも一緒に遊べたら良いのに……」と寂しそうに呟く言葉を聞いた。
そこではじめて同い年の王子がいるということを知ったのだ。
その王子は突然変異の獣人ということで、成長してある程度魔力が安定するまでは、比較的魔法に長けた者しか側には置けないらしく、俺は一度も会ったことがなかった。
王家の血筋を引いているにもかかわらず魔力量が少ない上に、風魔法の属性しか持たない俺は、グウェン殿下に会うことが許されていなかったらしい。
五歳になったある日、王宮の中庭で、親たちによってその場は設けられた。
獣人というからには、獣の姿をしているものとばかり思っていたのに、目の前に現れたグウェン殿下は普通の人間の……いや、人間にしてはずば抜けて美しい容姿をしていた。
銀色の髪に大きくて強い金の瞳。特別な人なのだと、その空気が物語っていた。
――この世にはこんな人が存在するのか……。
最初に殿下に出会った時に抱いた感想は、俺の中の常識を覆すものだった。
「お前がジェラルドか? 私は……グウェンだ」
その美しい存在がそう言って俺に向かって渋々ながらに手を差し伸べる。
だが、その手を取りたいのに、緊張してしまってなぜか身体が言うことを聞いてくれない。
そんな俺の状態に気づくわけもなく、殿下は悲しそうな顔でこう言ったのだ。
「なんだ、お前も私が怖いのか……。今日からようやく一緒に遊べると聞いて楽しみにしていたのに……」
その台詞に打ち抜かれてしまった俺は、緊張して震える身体をなんとか動かして、殿下の手を取る。
ガチガチに震えた俺の手をマジマジと見た殿下は、嬉しそうに満面の笑みを浮かべて「よし、遊ぶぞ!」と言って俺の手を引いた。
そうして気付けばこの日からほぼ毎日王宮に遊びに来るようになっていた。
◇◇◇
十歳になると俺とグウェン殿下は共に王立学院に入学した。
そして、そこで、殿下の非凡な才能を見せつけられることになる。
魔力量や魔法の才能はもちろんのこと、彼は頭脳もずば抜けていた。
それに加えてあの美しい容姿……モテないわけがない。
ただ、王子ということもあり、遠巻きにいつも見つめられている感じで、直接言い寄ってくる人間は高位貴族の思い上がった令嬢たちばかりだった。
遠慮のない彼女たちは、グウェン殿下に必要以上にすり寄ったのだ。
そして、あの事件が起こってしまった……。
あの日は公爵家と伯爵家の令嬢が殿下を取り合って揉めていた。
「グウェン殿下、わたくしと一緒にランチにいたしませんか?」
「いえ、殿下とランチをするのはわたくしですわよ。伯爵家の分際で公爵家よりも前に出ようなんて、図々しい。ねぇグウェン様、ランチをご一緒するのはわたくしですわよね〜」
そう言いながら殿下の腕に絡みつく。
最初は何も言わずに傍観していた殿下だったが、段々いつも以上に表情がなくなったかと思うと「邪魔だ」と一言呟いた。
その瞳からは明らかな侮蔑が窺えた。
彼女たちは殿下の言葉になおも懲りずにすり寄り続けた。
これまで人からしつこく絡まれたことなどなかった殿下は、苛立ちの許容レベルを無意識に超えてしまったのだろう。
身体から魔力が漏れ出し、予想もしていなかった令嬢たちは獣人の魔力にやられ、その場にしゃがみ込むこととなった。
魔力耐性が弱かった伯爵令嬢は、気を失ってしまったらしい。
彼女の取り巻きたちは悲鳴を上げ、俺は慌てて殿下を止めに入った。
近づくと、無自覚に漏れてしまった魔力に、殿下は顔を真っ青にさせて震えていた。
「すまない……」
そう一言漏らした殿下は、それ以来、人との距離を完全に取るようになってしまった。
それから殿下に必要以上に近寄ろうとする者は、その容貌に惹かれて興味本位に近づく者か、獣人の力を利用しようとする者ばかり。
彼の中身に触れようと、寄り添う者が新たに現れることはなかった。
心配して俺が声をかけるといつも決まって「ジェラルドと兄上がいてくれるから大丈夫だ」と返ってくる。
頼りにされて嬉しい反面、彼の世界の狭さに胸が痛くなった。
力を持っていても、短い命と言われていたこともあり、殿下はどんどん自暴自棄になっていった――。
そんな状態のまま学校を卒業し、俺と殿下は成人を迎えた。
俺は成人と同時にグウェン殿下の側近になり、従者として彼に仕えるようになった。
ただ、仕えると決まるまでには少し面倒なことがあった。
グウェン殿下は成人した際、王位継承権を持ったままサージェスト公爵家を継いだのだ。
俺はハイエント侯爵家の嫡男で、侯爵家を継がなければならない。
そのため、側近になることを周りから猛反対され、当初側近候補からは外されそうになっていた。
他の候補はといえば、パッとしない連中ばかり。
グウェン殿下が短命なのがわかっていた当時、優秀な人材をつけようという流れはなく、出来の悪い愚息たちを少しでも王家との繋ぎにしようと押し付けた家が多かったのだ。
ところが、当時の王妃、ギュリア様が後押ししてくれたことで、グウェン殿下の側近になることができた。
なぜギュリア様が手助けしてくれたのかはいまだによくわからない。
ギュリア様が亡くなった今、その真意を知る術はなくなってしまったが……。
サージェスト公爵家を継いでから、殿下は王宮の仕事と公爵家の仕事、両方を抱え、かなり多忙な日々を過ごしていた。
学生時代の事件はあったものの、あの容貌から、相変わらず言い寄られることは多かった。
それでもやはり獣人の特性なのか、異性に全く興味を示すことなく、いつも素気無くあしらっていた。
そんな殿下が、である……。
お読みいただきありがとうございます。
引き続き後編もお楽しみいただけますと幸いです。
よろしくお願いいたします。




