第三章 筆頭宮廷魔導士 ①魔塔
目の前にそびえる白い塔……見上げてみるものの、一体何階建てなのか、見当もつかない。
前世の高層ビルに近いものを感じる。
遠くから見た時はここまで高いと思わなかったんだけど……どういうことだろう?
上を見上げながら、そろそろ首の疲れを感じつつ考えていると、察した父様が話してくれた。
「この塔には魔法の結界が張り巡らされていて、遠くからだと小さく見えるんだ。実際の大きさは魔道士の中でも一握りの人間しか知らないと言われている」
「へえ〜」
「さあ、入ろうか」
父様に促され、父様を先頭に、私、キース兄様、カイン兄様の順についていく。
入口には門番がいて、どうやら私たちの訪問を待っていたらしい。
「アーヴァイン公爵家の皆様、お待ちしておりました。ご案内いたします」
建物に入るとそこには何も無い。
まさに筒の中に入ったという感じで、上を見上げても何も無い。
降り注ぐ光で先が見えない。
本当に一体この建物はどうなっているのか……。
私があんぐりと口を開けて上を見上げていると、父様と兄様たちがニヤニヤと得意げに話しかけてきた。
「驚いただろう? これが魔塔の中だ。用のない者が侵入しても、何も無いのだ」
「俺も最初来た時はキリアと同じように上をずっと見上げていたよ〜」
「まあ普段はなかなか入ることがない場所だしな。魔導士に用がない限り、来ることはほとんどないし、来たところでこの通り何もないから、何もできない。警備も全て魔導士の管轄だから、騎士団が来ることもないんだよ」
「何もないのに、魔導士の人たちはどこにいるの?」
「それは今からわかるよ」
そう言うと、キース兄様は得意気にウィンクをして、門番に案内を促した。
「それでは、二番の魔法陣へご移動ください」
「魔法陣……?」
不思議に思って地面を見ると、部屋中の床に丸い魔法陣が描かれていた。
壁に沿うように規則的にいくつも並んでいる。
そして、部屋の中心と思しき場所には、特に大きな魔法陣が描かれていた。
魔法陣はわかったけれど、果たしてどれが二番なのだろう?
そう考えた時だった。
入口から真っ直ぐ進んだ向かいの、壁に一番近い場所にある魔法陣がほんのりと紫色に光った。
「さあ、あちらへどうぞ」
四人で光る魔法陣の上に移動すると、門番が長い杖のようなもので、床をコツンと叩いた。
すると、一気に魔法陣の光が強くなり、私たちは光に包まれた。
それから体が暖かいものに包まれ、フワッと浮いた感覚になる。
浮いてる? どうなってるの!?
「ふぇ?」
そう呟いたと思ったら、次の瞬間、目の前にはメガネをかけた、これまた細身のイケオジが、にこやかにこちらを見て座っていた。
「ようやく来たか」
「あなたは──」
「ジェス、遅くなってすまない」
私の言葉を遮って、父様が呼びかけた。
よほど待ち侘びていたのか、父様の呼びかけに、嬉しそうに応えている。
周りを見回すと、本棚がたくさん並んだ書斎のような、執務室のような少し広めの部屋だった。
膨大な量の本がきちんと整理整頓され並べられている様はまるで図書館のようだ。
しかも、これだけの本があるのに、ちっとも埃っぽさを感じない。
図書館部屋なんて……まさに私の憧れの部屋……羨ましすぎる!
なんて思っていると、不意に父様に背中を押された。
「紹介しよう。私の古くからの友人で、筆頭宮廷魔導士のジェイシス・クレイブンだ。娘のキリアだ」
「赤ん坊のとき以来か? 大きくなったなあ……。奥さんにそっくりじゃないか」
「だろう? キリアはリザベルにそっくりで、美人で可愛くて、その上、優しくて気立ても良くて、これから成長してさらに魅力的になるかと思──」
「はいはい。わかったわかった」
「おい! 途中で止めるなよ!」
「サイ……お前相変わらずの親バカだな。いや、娘に関しては別格か」
「当然じゃないか。こんなにも可愛いんだから」
「はあ……お前、本当に面倒臭いよな」
ため息をつきつつ面倒臭いと言う割には、なぜか顔が嬉しそうだ。
それだけ仲良しということなのだろうか。
「私のことを面倒臭いとかいうのは、お前だけだぞ」
「言わないだけでみんな絶対思ってるっての。で、魔力枯渇がどうとか言ってたが、この娘ちゃんのことか?」
「ああ、そうだった」
「そうだったって、お前ね……」
何だろう? この仲良し振りは。
こんな父様初めて見る。
盛大にため息を吐いて心底面倒臭そうにしながら、ジェイシス様は話を聞こうと身を乗り出した。
「先に手紙で送った通りなんだが……」
「ひとまず詳しく聞かせてくれ」
「ああ。キリアが先日高熱で倒れて、危ないところを助かったんだが、目覚めてみたら、魔力を完全に枯渇していたんだ。それからもう三ヶ月も経つというのに、魔力が回復していない……」
そう切り出し、父様は魔女に告げられた「魔力枯渇」や「魔力封じの呪い」のこともジェイシス様に話して聞かせた。
「魔力の枯渇に魔力封じの呪いか……鑑定はしてみたのか?」
「ああ、上の息子のキースが──」
「私が命属性が使えるので、鑑定とまではいきませんが、魂を見ました」
「で、枯渇していて、しかも色まで変わっている、と……」
「はい。元は青い色をしていたんですが、倒れた後から魂が白くなっていました」
「白、ね……」
そう意味深に呟くと、ジェイシス様は自身の顎に手を当てながら、本棚の前に移動し、本を探り始めた。
何か思い当たるものがあるようだ。
棚から何冊かの本を取り出し、それを持って戻ってくると、机の上でそれらを広げて見せた。
「魂が白くなるには二パターンある。一つは、完全に魔力が枯渇し切って無くなってしまう場合。もう一つは……魔力属性が変化する場合だ」
「魔力が変化……? おい、ジェス、そんな現象聞いたことないぞ」
「ああ。これは物凄く稀な現象だ。俺自身も実際には見たことはない。だが、文献として何例か残っているんだ。……それも必ず獣人の番いに起こっている」
「なっ……」
『獣人の番いに起こる』という一言に、ジェイシス以外の全員が思わず息を呑んだ。
番いの意味はまだよくわかっていないけど……あれ?
魔力が変化ってことは、もしかして、私も魔法が使えるようになるかもしれないってこと!?
「……私、魔法が使えるようになるの?」
あまりの嬉しさにうっかり口から漏れてしまった。
私の言葉を聞いた全員が一斉に私を見る。
それを見たジェイシス様が慌てて続きを話し出す。
「可能性の話だから、まだ確実とは言えないんだ。そして、この話には続きがあってだな……」
だが、そこから先、言葉を選んでいるのか、なかなか話そうとしない。
「それは何だ? もったいぶらずにさっさと教えろ!」
堪えきれずに父様がジェイシス様を責め立てる。
「いや、もったいぶってる訳じゃない。キリア嬢はまだ未成年だし、お前も心の準備がいるんじゃないかと思ってだな……」
「だから何だ? 早く言え!」
普段はどちらかというとおっとりしている父様の怒鳴り声に思わず身構えてしまう。
けれど、そんな私の反応にさえ気付かないのか、父様はジリジリとさらに詰め寄っていく。
「わ、わかったよ。とりあえず、お前には話す。キリア嬢に話すかはお前が聞いて判断しろ」
そう言うと、ジェイシス様は父様の耳元に顔を寄せ、説明を始めたが……説明を聞く父様の顔色がみるみる青くなっていき、その場に膝から崩れ落ちた。
それをジェイシス様が物凄い反射神経で支えた。
「な、なんてことだ……」
ジェイシス様に抱えられたまま途方に暮れている父様の元に兄様たちが慌てて駆け寄り、ジェイシス様に説明を求めたが、父様が手でそれを制した。
「……大丈夫だ。……少し驚いただけだ。お前たちには後で話そう。キリア…………お前にも、だ」
全然大丈夫そうじゃない上に、最後の一言には物凄く躊躇いが見られたけれど、どうやら話しても大丈夫と判断されたらしい。
私はどうして良いのかわからず、ただただ頷いた。
すると、ジェイシス様がふと私の方を向いたかと思うと、口の動きだけで「大丈夫」と伝えてきた。
何が大丈夫なの? 膝から崩れ落ちるような衝撃的な内容なんでしょ??
私どうなっちゃうの!? 番いと何か関係あるのかしら?
「それにしても……崩れ落ちるかね? まあ悩ましいのはわかるが、またリザベルに笑われるぞ」
「うるさい! それだけショックだったんだよ! お前たち、このことは母さんには言わないように」
それを聞いた兄様たちは少しホッとした表情をして、私に笑顔を向けた。
なんだか父様の取り越し苦労? 親バカ? なような気がしてきた。
とはいえ……番いが関係しているというのが気になる。
何よりも、私は番いというのがまだよくわかっていない。
前世で少し触れはしたけど、それはジャンルが違うお話だったし、獣人関連の本はあまり読んで来なかったのだ。
きっと父様たちに聞いても、溺愛が加速している彼らにははぐらかされる可能性があるし……
ちょうどいい、今聞いちゃえ!
「あの……ジェイシス様、『番い』って何なんですか?」
「! キリア!」
「え? そっからなのか?」
慌てて私を止めようとする父様たちに対し、呆れ顔でこちらを見るジェイシス様。
どうやら父様たちは私に話したく無いことがめいいっぱいあるようだ。
これは今のうちにジェイシス様から聞いておかねば。
「獣人とかも全然知らなくて、先程、サージェスト公爵様にお会いして『番い』と言われたんですが、よくわかっていなくて……」
「帰ったらしっかり教えてあげるから。な、キリア」
笑顔で私とジェイシス様の間を遮ろうとする父様を見て、ジェイシス様が何やら呪文を唱え指をパチンと鳴らした。
「【エカリエ】」
次の瞬間、目の前から父様たち三人の姿が消えていた。