第八章 召喚の真相 ⑦幸せ
今回も少し長めです。
泣き崩れたグウェンがちょっと大変…。
それから数分後、落ち着いたグウェン様が……私を放してくれない。
いつの間にか椅子に座った状態のグウェン様の膝の上に乗せられ、さらにぎゅーぎゅーと抱きしめられていて、身動きが取れない。
──私が背中を撫でる感じに軽く抱きしめていたはずなのに、いつの間にこの状態になったの!? え!?
ヤバい! 何がヤバいって私の心臓がドキドキし過ぎて、危険よー!
「ちょっ、グウェン様。一旦放してください! 動けません!」
「ダメだ。放したらまた攫われてしまうかもしれない」
「いや、そんなすぐに攫われませんから!」
「ダメなものはダメだ!」
こんな私たちのやり取りを見て、ジェイシス様はお腹を抱えて笑っている。
「ちょっと、ジェイシス様! 笑っていないで助けてくださいよ!」
私がジェイシス様に助けを求めるとそれが気に食わないのか、グウェン様は彼を睨みつける。
それを見たジェイシス様は声を上げてさらに笑いだした。
「ははははっ、もう、キリア嬢、笑わせないでくれっあはははっ。まさかこんな殿下が見られるなんてな。ひぃ〜おっもしろ! 殿下の独占欲すっごいな」
笑いまくるジェイシス様は全く助けようとしてくれない。
すると、そんな笑いまくるジェイシス様に向かって急に真面目なトーンで、グウェン様が声を掛けた。
ちなみに私は身動きできないままである。
「なあ、ジェイシス……私さえ生まれなければ、母上は幸せでいられたのだろうか……」
「……殿下」
その言葉に、私もジェイシス様も押し黙ってしまう。
幸せになれたかどうかはわからないけれど、死ななくて済んだ可能性は高い。
私を抱きしめる腕から少しずつ力が抜けていく。
何か、何か言わなければと思うのに、言葉が全然浮かんでこない。
何を言ったところで、表面上の言葉にしかならない気がして、躊躇ってしまう。
すると、ゆっくりと私たちに近づき、片膝をついたジェイシス様がそっとグウェン様の右手を取った。
「殿下、過去は変えられません。それに何が幸せかは本人にしかわからないもんです……」
確かにそうだけど……それが飲み込めないから苦しいんですって。
私がそんなふうに思っていたら、ジェイシス様は言葉を継いだ。
「それに……たぶん殿下がそうなってしまわない為に、ギュリア様はあなたに嘘を吹き込んだんでしょうね」
「……」
「まあ、許されることではないとは思いますが……」
真実を知れば幼いグウェン様はきっと自分を責め続けただろう。
制約魔術で縛られていることもあるけれど、ライア様とギュリア様はそこまで考えたのかもしれない。
重い空気が漂う中、その空気を変えるためか、ジェイシス様は明るい顔をして、まだ隠していた別の話を始めた。
「あと……殿下がお生まれになった日。実は私は獣人の魔力に対応するため、師と共に立ち会っていました」
「そんな話、初めて聞いたぞ……」
ジェイシス様の狙い通り、驚いたようにグウェン様が顔を上げる。
「これも制約魔術がかかっていたんで……言えなくて」
はははと、苦笑しながら気まずそうにジェイシス様がそういうと、グウェン様は辛そうな顔をする。
ライア様とギュリア様はそれだけグウェン様を、この国を守りたかったのだろう。
「あの日、ライア様は酷い魔力枯渇で意識が朦朧とされる中、生まれたばかりのあなたをご覧になって、それはそれは愛しげに、嬉しそうに微笑んでおられました。ライア様が嫁いで来られて、初めて見た笑顔でした」
「だが私には……母上との記憶が全くない……」
苦しそうに、切なげにそう言いグウェン様が俯こうとした途端、ジェイシス様が言葉を繋ぐ。
「その時に師匠とライア様が約束したんです。あなたの幸せを守る、と」
その言葉に驚き、グウェン様が顔を上げる。
「なので、本当はエヴァン様が王位に就かれ、落ち着いた頃にキリア嬢の魂を呼び戻す予定でした。まさかギュリア様が亡くなって、こんなことになるとは思わなくて……」
「そうか……」
「それにギュリア様の遺言でもありましたしね……」
その言葉にグウェン様はあり得ないという顔で厳しい目を向け、激しく動揺する。
「は? なぜあの人がそんな遺言を残すんだ。あの人にとって、この国にとって、私は脅威なのだろう?」
「それでもです。ギュリア様は後悔されてたんですよ。国のためとはいえ、殿下とライア様に申し訳なかったと。あなたの幸せのために尽力して欲しいと、それがギュリア様の遺言です」
「そんな……」と小さく呟きながら、グウェン様は崩れ落ちた。
「ちなみにこの遺言は陛下も一緒に聞いてます。陛下は何も知らないにもかかわらず、今まであなたを大切な弟君として守って来られた。そして、陛下からもあなたの幸せに尽くすようにと言われています」
崩れ落ちたまま、グウェン様は「兄上……」と小さく漏らし、ゆっくりと前を見た。
「……私は色んな人に守られてきたのだな」
「……ええ。あなたは大事な人ですから。だから、幸せにならなくてはいけません」
そう言ってジェイシス様はグウェン様の背中を撫でる。
私もグウェン様の手を取り、力強く頷きながらしっかりと握りしめた。
「……そうだな」
グウェン様は、そう言って私とジェイシス様に微笑んだ。
すると、ジェイシス様が何やらニヤニヤし始め私を見る。
そしてなぜか、グウェン様までも同じように嬉しそうな表情で私を見始めた。
「という訳だ、キリア嬢。殿下は幸せにならなくてはならない。そして、私はその幸せのために尽力することになっているんだ……ふふふ」
あ、ジェイシス様のあの笑顔はなんかよからぬことを企んでいる気がする。
それに隣のグウェン様までもが何かを期待するまなざしになっているのは気のせいかしら……。
「は、はい……?」
──ん? どういうこと?
私が握っていたはずの手が、逆にグウェン様の手に包み込まれる状態になり、心なしか少し力が強められる。
「殿下の幸せは番い次第、ということだな」
──ん!? あ、そうなるの!?
「ああ、その通りだ」
そう頷いた殿下は期待に満ちた瞳のまま、真っ直ぐに私を見つめる。
「……成人したらすぐに結婚しよう! キリア!」
──あ、やっぱりーー!!?
そして、助けを求めようとジェイシス様の方を見ると、目の前に居たはずの彼の姿がない。
慌てて探すと扉の前から楽しそうに口パクで「頑張れ〜」と言って、部屋を出ていった。
──あー! 幸せを守るってこういうことなの!?
「あ、あの、さっきお互いをこれから知っていこうって話したばっかりですよね……?」
「そうだね。だから、成人の日までにお互いをもっとたくさん知っていこう」
グウェン様の笑顔がとっても眩しい……。
満面の笑みでそう言って、再び私をぎゅーぎゅー抱き込む。
それから少しして、私が茹でダコになった頃、ようやく父様と兄様たちが駆け込んできた。
そしてそのまま、私はグウェン様から取り上げられる形で公爵邸へと戻ったのだった──。
お読みいただきありがとうございます。
結局公爵邸に連れ帰られてしまいました。
さて、いよいよ、明日更新の残り2話でラストです。
1話を分割したものなので、平日ですが、明日の昼と夜2回の更新予定です。
最後までお楽しみいただけますと幸いです。
引き続きどうぞよろしくお願いいたします。




