第八章 召喚の真相 ⑥母の思い
今回は少し長めです。
分割にするか悩んだのですが、分けてしまうと気持ちが分断されてしまうので、長いままで投稿させていただきます。
よろしくお願いいたします。
獣人の子どもを産むってことが大変なのはわかるんだけど、さっきジェイシス様は「突然変異にのみ起こる」と言っていた。
どういうことなんだろう? 番いだと起こらないってことなのかしら?
頭の中で疑問がたくさん浮かんでしまう。
こんな機会多分もうないんだし、思い切って聞いてしまえ!
と勢いよく聞いて、あとで後悔することになった……。
「あの、突然変異にのみ起こるというのはどういうことなのでしょうか?」
「それは……番いは契約で魔力を染めるだろ? だから全く問題ない。そのために多少苦しくても染め上げる必要があるんだ」
「なるほど……」
ん?
ってことは、番いの契約って子を成すための下準備みたいなものなの!?
ひゃ~~! 聞くんじゃなかった~~!!
思わず頬を赤らめる。
手で顔をパタパタしていると、俯いていたはずのグウェン様がなぜか嬉しそうにコチラを見た。
そして、そこでふと更に気になることに気づく。
「あれ? でも私の場合、身体は元のキリアのものなのに、獣人の魔力に何で耐えられたの?」
私の疑問にジェイシス様はさも当然の疑問だといわんばかりに頷き、「そういや、その部分はあの本には載ってないな~」と言いながら、説明し始めた。
「そもそも番いの魂は他と少し性質が大きく異なる。なんせ獣人の魂とリンクしているからな……だから、身体も魂に合わせて変化したはずだ。発情香に反応したのがその証だな。あれは獣人の発するフェロモンに番いの魂が反応して起きる香りなんだそうだ。普通の人間にも番い以外の獣人にも嗅ぐことはできないらしい」
「あ、あの甘い香り……」
私の呟きにグウェン様がふわっと微笑んで、私に手を伸ばす。
それを見たジェイシス様は呆れた顔をしつつも、「獣人についてはここまで」と告げて、グウェン様に続きを話しますよと合図した。
「まあ元々ライア様は魔力がとても多い方だったので、なんとか出産まで持ち堪えていらっしゃいましたが、帝国側にバレて利用されることをとても恐れていました」
「そうだろうな。奴らからしたら、私は一番求めていた存在だろう。外戚となり帝国を取り戻すだけでなく、王国まで支配できるのだから」
グウェン様の言葉にジェイシス様が力強く頷く。
「その通りです。だからこそ、ライア様は隠さなければいけなかった。けれど、隠すにも味方が必要です。そしてライア様は、その味方にとギュリア様を頼った」
「なっ!?」
「当時、ライア様が頼れたのは、自分と同じような立場にあるギュリア様だけでした。国を守るためなら、きっと力になってくれるだろうと」
理由を聞き、苦しそうに頷くと、グウェン様は音がしそうなほどに拳を握りしめた。
それほどギュリア様との間に色んなことがあったのだろう。
私はグウェン様の様子を気にしているのに、ジェイシス様は全く気にすることなく、先の説明をグイグイ続けていく。
――ジェイシス様って実はなかなかにメンタルが強いよね……。
「そうして、ライア様の予想通りギュリア様は味方となり、ライア様を表向きは虐めていても、常に気遣い、支えていたんです」
「表向きは我が子大事さに側妃を虐め抜く正妃を演じていたわけか……」
「はい。ところが、殿下がお生まれになった際に、さらに事態が急変してしまいました」
「……一体何があったのだ?」
ここまでとは違い、問いただすような質問ではなく、じっくりと探るようにグウェン様は問いかけた。
「殿下が生まれて、ライア様は魔力消耗がとても酷く、一時は昏睡状態にまでなっていました。ところが、その間に生まれた殿下が獣人であることが早々に公表されてしまったんです」
「何だと!?」
通常、王子や王女が生まれた場合、この国では生まれてから三カ月ほど経ってから公表される。
それは三カ月経ち、首が座った頃に神殿へ行き、魔力鑑定を行って属性が判明してから公表するためだ。
首が座る前ではまだ魔力が安定しておらず、鑑定自体が行えない。
王族以外の貴族もこの神殿での鑑定は義務になっている。
それは国が魔力バランスを把握するために必要だからだ。
なので、生まれてすぐに公表されるなど、異例中の異例で、グウェン様が驚くのもよくわかる。
「それは父上の、先代国王の計らいか?」
「はい……当時、先王陛下はご自分のお子に獣人が生まれたことが嬉しくてたまらなかったようで……ライア様が事前に強くお願いされていたにもかかわらず、すぐに公表してしまったんです」
「あのお気楽国王め……それで母上はどうされたのだ? 帝国の元重鎮たちが黙っていないだろう……」
頭を抱えながら唸るようにそう言うと、ジェイシス様が頷く。
「その通りです。帝国から取り入るような話が次々とやってきて、ライア様はギュリア様と結託して、王家の捜索が始まる前に、番いを異世界に飛ばそうと決心されました」
「!? もしや、その案を母上に勧めたのはギュリア妃か?」
物凄い形相で反応したグウェン様の質問に、ジェイシス様はゆっくりと首を横に振る。
「確かに、その案自体を最初に出されたのはギュリア様でしたけど、反対しておられました。あまりにもリスクと犠牲が多すぎると……。けれど、ライア様は短時間で一番望む結果が出ると、ギュリア様の反対を押し切り決められたんです」
それを聞いたグウェン様はとても意外そうな顔をする。
確かにこれまでに聞いたギュリア様の人物像を考えると、反対するどころか、嬉々としてその案を進めていそうな話だ。
「王妃は本当に反対したのか?」
「はい。相談を持ちかけられた我が師もギュリア様と一緒になってライア様をお諌めしたんですが、自分の命が朽ちる前に確実な方法を取りたいと……」
グウェン様の目がはっと開かれ、すぐにやるせない表情になる。
「母上はそれほどまでに弱っていたのか……私のせいで……」
「殿下が獣人として覚醒できない上に短命だとわかれば、力を求められることも、王太子であるエヴァン様にとって脅威となることもない。そう言って、自らを依代にまだこの世に生まれていない番いの魂を呼び寄せられたんです」
「自らを依代に……?」
依代って……え!? 番いの魂ってことは私!?
私の魂を自分の身に呼び寄せたってこと!?
私にそんな記憶ないんですけど!
考えが顔に出ていたのか、二人に揃ってマジマジと見られていることに気づく。
「え? だって、私の魂ってことですよね?」
「その通りだ。転生前で肉体はない状態なので、記憶になくて当然だろう」
「あ、なるほど……」
ジェイシス様がさも当たり前だと言うように答える。
何だか私の考えが完全に見透かされている……。
そんなにわかり易いのかな?
「そして、ライア様を依代にして呼び寄せた魂を異世界へ飛ばし、あちらから代わりの魂を引き寄せました。ですが……」
「二度も依代になれば、身体は持たない……そうだな」
「はい。仰る通り。元々弱っていた上に、二度も依代になり……そもそも魂を異界に飛ばしたり、異界から呼ぶことは禁忌。禁忌を犯し、呪いを受けた身体には、引き寄せた魂を定着させることもできず……儀式が終わった段階で、ほとんど意識を保てない状態でした……ですが……」
そこまで告げると言葉に詰まり、急に声のトーンが落ちる。
「最後の最後までライア様は、殿下、あなたのことを気にされて……自分に力がないせいで、獣人の最大の幸福である番いを取り上げてしまって申し訳ないと。けれど、殿下が争いの火種になり、民を不幸にしてはいけないからとおっしゃって……」
話しながら泣いているのか、ジェイシス様の声がどんどん引き攣っていく。
「……そして、何より殿下の成長を見守れないこと、そんなあなたを一人残して逝ってしまうことを許して欲しいと……」
そう言って俯くジェイシス様の足元には、雫のようなものが光って見えた。
気づくと私も頬が濡れていて、思わずグウェン様が心配になり、彼を見る。
彼は俯いたまま黙り込んでしまい、どんな気持ちなのか、怒っているのか泣いているのかわからない。
その様子が見えていないのか、俯いたままジェイシス様は話の先を続けた。
「そう言って、ライア様は最後に殿下に触れて亡くなられました……」
「……そうか……」
一言低く、振り絞るように呟かれたその言葉は、湿り気を帯びていた。
私は涙を拭いながら身を乗り出し、そっとグウェン様の方へと手を伸ばす。
そして、わずかに震えている彼の背中をゆっくりと撫でた。
するとグウェン様は、時々抑えきれない嗚咽を零しながら、静かに堪えていたものを吐き出す。
大きいはずの彼の背中が、置いて行かれた子どものように寂しそうに見えて、彼の震える背中を抱きしめるように撫で続けていると、ジェイシス様のほうから、大きく息を吐く音が聞こえた。
彼もやっと肩の荷が下りたのだろう。
私に向かって優しく微笑むと、眼鏡を外して、眉間をゆっくり揉むような仕草をした。
そうしてグウェン様が落ち着くまで、私はずっと彼を半ば抱き締めるようにして、温もりを伝え続けた──。
お読みいただきありがとうございます。
ジェイシスの持っていた召喚の真相はここまでです。
次は、この落ち込み切ってしまったグウェンがどうなるのか……。
次回もお楽しみいただけますと幸いです。
あと3話くらいと前回お話ししていたのですが、やはり長過ぎたので最終話を2話に分けました。
なので、残り3話なのですが、分けた2話は同日に更新予定です。
いつもいいねや☆評価、メッセージをありがとうございます!
何とか最後まで駆け抜けられそうです。
引き続きどうぞよろしくお願いいたします。




