第八章 召喚の真相 ⑤側妃の立場
ジェイシスによる真相話のスタートです。
「えーっと、どこから話せばいいですかね……」
そう言って咳ばらいをすると、ジェイシス様は遠くを見つめながら話し始めた。
「ちょうど殿下がお生まれになる三年前、このルナリア王国とアテルナ帝国の一年に及んだ戦争が終結しました。魔法国家と呼ばれるほど魔力を持った者が多い我が国は、戦争でも魔導士たちの活躍により勝利を納め、アテルナ帝国は我が国の属国になりました。まあ、ここまでは歴史書にもある通りですね」
私もグウェン様もコクリと頷く。
「それから、属国となった証として、帝国の第三皇女ライア様が国王のもとに側妃として嫁いでこられました。ライア様は当時十八歳。しかもライア様は、帝国には珍しい魔力持ちでした」
「……そういえば、母上はかなりの魔力量を持っていたと聞いたことがある」
ジェイシス様の話にグウェン様が何かを思い出すように呟くと、ジェイシス様は知っていたことを驚くように彼を見た。
「その通りです。当時のルナリアの筆頭宮廷魔導士、まあ俺の師匠ですが……彼を凌ぐ魔力量だったんですよ」
「帝国はよくそんな皇女を差し出しましたね……」
思わず挟んでしまった私の発言に、二人の表情が強張る。
どうやらそこが一番のキーポイントだったらしい。
「キリア嬢は目の付け所が良い。当時の国王、つまり先王陛下はその魔力量を知っていて、第三皇女を指名したんだ。帝国に力をつけさせないためにな」
「なるほど」
「そしてあわよくば、魔力量の多い子どもが得られるかもしれないと……」
「まあまさか、そのあわよくばで突然変異の獣人が生まれるとは誰も思わないだろうしな」
ジェイシスの言葉を遮り、思わず反応したグウェン様の自虐的な台詞に、一瞬ジェイシス様が引き攣る。
「まあそこはそうですが……。問題だったのは、当時既に王妃だったギュリア様がルナリアの公爵家の生まれにもかかわらず、魔力量が少なかったことです」
「あ……! それで妬むことに……」
「だからと言って、一国の王妃がやることじゃないだろう。心が狭すぎる……」
「いえ、それは、建前だったんですよ」
そんな私たちのやり取りにジェイシス様がスッと割って入る。
彼の言葉に、私とグウェン様は思わず目を見開き、彼を見た。
「建前? それはどういうことだ?」
「ギュリア様は、確かに嫉妬もされていたかもしれませんけど、何より国のことを考えていた。ライア様が帝国の貴族や元宰相たちに利用されることを恐れたんです。ライア様がこの国で重用されれば、帝国につけあがる隙を与えてしまう。なので、わざと辛くあたり、陛下もそれを黙認していたんです」
「では、幼い私にキツく当たっていたのも、帝国に付け入らせないためだというのか?」
グウェン様は過去を思い出しているのか、辛そうな声で問いかける。
けれど、ジェイシス様は淡々と、さも当然であるかのような言葉を返した。
「その通りです。幼い殿下には酷い仕打ちだと皆思ってましたが、仕方がなかったんです。今回のキリア嬢の件でもおわかりかと思いますが……」
そう言いながら二人の視線が私に揃う。
きっと事件のことを思い出しているのだろう。
犯人のオーガスはまさにその、付け入ろうと企んだ人間だ。
「帝国の貴族たちは権力に対する執着が非常に強く、身勝手な人間ばかりで、ライア様も困っていたんです。彼女はとても聡明で、ギュリア様の意図もきちんと理解していらっしゃいました」
「なっ! わかっていて、誰も味方のいない中で耐えていたというのか!?」
グウェン様は呆れた顔をしながら大きなため息をつき、悲しそうに声を荒らげた。
「はい。殿下を身籠られてからは、時々ギュリア様と秘密裏に会ってらっしゃいました。既にその頃、兄君であるエヴァン様も王太子に内定されていたので、当時はまだ比較的平和だったんです」
そうだったんだ……なんだか意外。
まあでも、次期国王が既に決まっていたなら、揉める必要なんてないものね。
「ですが、臨月になり、殿下が獣人だとわかった途端、事態は一変しました」
「だろうな……」
「え? 生まれる前に獣人だとわかるのですか?」
空気を読まない私の質問に二人は一瞬キョトンとする。
その顔には「そんな当たり前のことを知らないのか?」と書いてあって、なんだかとってもいたたまれない。
──ああ、やっちゃった。緊迫状態だったのに、私が空気を壊しちゃった……。
気まずくなり、思わず俯くとグウェン様が私の頭に手を添え、ゆっくりと撫でながら優しい声で慰めてくれた。
「気にしなくて構わない。知らない方が普通だ」
グウェン様の優しさに頷きながら、ジェイシス様が詳しく話をしてくれるのを聞く。
私向けなせいか、段々口調が普段のラフな喋りに戻っていくのが面白い。
「まあそうですね。一般にはあまり知られていない上に、キリア嬢に渡した本にも載ってなかったはずだから……。臨月に入ると、獣人の子をお腹にとどめておくにはかなりの魔力が必要になるんだ」
「え? それって……」
「突然変異の場合にのみ起こるようだが、獣人の子は腹の中であっても、一定の大きさまで成長すると魔力炉を稼働させる」
「お腹の中にいる時から!?」
再び声を上げて驚いた私に、同じく説明を聞いていたグウェン様がまるで他人事のように続きを話し始める。
「ああ、そうらしいな。私には腹の中の記憶なんてないから、聞いた話しか知らないが、魔力炉を稼働させ、母親の命を脅かしていたらしい……」
けれど、そこまで話すと急に俯き、静かになってしまった。
見かねたジェイシス様がメガネの縁をくいっと上げた後、補足する。
「通常の人間は長期間獣人の魔力を浴びているだけで身体が侵食され、そのうち魂が消滅してしまう。それを避けるために、ライア様は自分のお腹の中に常時防御魔法を展開されていたんだ」
──お腹の中にいる我が子が自分の魂を脅かしているなんて……。
しかもその為に二十四時間フル稼働の防御魔法展開……なんか魔力消費がとんでもなさそう。
普通の子どもを産むのでも大変なのに、やっぱり獣人の子どもとなると、さらに大変なのね……。
でも、それを聞いて私の頭にある疑問が浮かんでしまった──。
お読みいただきありがとうございます。
ジェイシスに明かされていく真相。次も続きます。
次回もお楽しみいただけますと幸いです。
また、今最終話部分に取り掛かっております。
あと3話くらいで連載終わる予定です。
最後までどうぞよろしくお願いいたします。




