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閑話 番いへの想い(グウェン視点)

 ついに出会ってしまった。


 この世界には存在しないと言われた私の番いに――。


 あんなに馨しいものなのか、あんなにも姿を見るだけで幸福を感じるものなのか。

 彼女が存在するというだけで、自分の存在に価値を見出せる。

 心に空いていた穴が塞がって、ジワジワと満たされていく。まさにそんな気持ちがした。

 番いという存在を初めて目の当たりにして、書物に書かれていた伝承が真実だったのだと改めて痛感する羽目になった。



 私は王家の中にわずかに流れる獣人の血が突然変異となって現れた珍しい存在。

 先祖返りとも言われている。

 王家には極稀に生まれるため、サージェスト公爵家という家門はそのために作られ、私のような者が現れた際にだけ当主が存在する。


 ただ、私の前の当主は百五十年程遡らなければ、存在しない。


 獣人は番いとの間に子を成さない限り、能力をまともに受け継げる子どもができない。

 生まれはするが、全くの魔力無しが生まれるか、魔力ありで生まれても内在する魔力量に、肉体が耐えられず、生まれてすぐに死んでしまうのだ。

 そのため、私のような先祖返りが生まれると、王家は必死になって番いを探す。

 獣人の魔力は強大で、他国への抑止力になることはもちろん、魔力以外にも並外れた能力を開眼させる者が多いからだ。

 獣人の血を繋ごうと躍起になる。


 だが、番いはそう簡単に見つかるものではない。


 私が生まれてすぐ、魔法での捜索が開始されたが、結果として「この世界には魂すら存在しない」との結論が下った。



 人の魂は同じ世界の中で、輪廻を繰り返す。

 その輪廻を繰り返す魂の中に、私の番いの魂が存在しないのだと言われた。


 そのはずなのに……さっき出会った彼女、キリア嬢は間違いなく私の番いだった。


 私の魂がそう叫んでいるし、歓喜のあまり、今にも咽び泣きそうだ。


 宮廷魔導士たちの捜索に間違いがあったということなのだろうか。

 詳しくは調べてみなければわからないが、一つハッキリしていることは「私の番いは実在している」ということだ。


 早く兄上にご報告しなければ!

 

 私は急ぎ部屋に戻り、国王である兄上へ先触れの連絡を入れた。

 

 しばらくして、兄上の侍従が呼びに来た。

 執務室ではなく、私室で話を聞きたいとのことで、王族居住区へ足を踏み入れることになった。


 成人するまではこの王族居住区で暮らしていたが、特別な用がなければ入れる場所ではないため、来るのは随分と久し振りだ。


 

 部屋に到着すると、兄上は満面の笑みで迎え入れてくれた。


「兄上! ご無沙汰しております!」

「ああ、久し振りだな。元気にしていたか? 少し見ない間にまた大きくなったか?」

「いや、兄上。さすがにもう成長はしないかと……」

「そうか? まあ、良い。とにかく座れ」


 そう言って、兄上の向かいのソファへ座るよう促された。


「で、番いのことで話があるとは、どういうことだ?」

「実は、私の番いが見つかったのです!」

「何だと!?」


 喜びを全開にして、笑顔で報告すると、兄上は予想以上に驚いたのか、普段では滅多に出すことのない大声を上げた。


「それは、本当なのか?」

「ええ。先程、城内で偶然出会って、正直、まだ心臓がドキドキしています。あんなに心が震える存在がこの世に在るだなんて……」

「そうか……そうか。良かった……本当に良かったな……」


 噛み締めるように言うと、私に優しい眼差しを向け、目元には涙を浮かべている。


 兄上は歳の離れた腹違いの弟である私をいつも気遣ってくれて、支え続けてくれた。

 幼い頃、獣人であることに悩み、その獣人の唯一の救いと言われる番いが、この世界には存在しないと言われ絶望した時も、私を慰め、励ましてくれた。

 今の私がこうしてまともな感情を持っていられるのも、この兄上の優しさのおかげなのだ。

 だからこそ、兄上にはすぐに伝えたかった。


「ありがとうございます。兄上」

「これでお前も、幸せになれるのだな……」

「はい……」

「して、その番いとはどこの者なのだ?」

「アーヴァイン公爵家のキリア嬢です」

「!?」


 キリア嬢の名前を出した途端、兄上は一瞬固まり、その後、頭を抱え始めた。


一体どういうことなのだろう?


「よりにもよって、アーヴァインの妖精姫か……これは大変だぞ」

「どういうことですか?」

「あそこは父親も兄二人も、揃ってキリア嬢を溺愛しているんだ。そして、そんじょそこらの相手には絶対に渡さないと公言している。その上、先日キリア嬢が高熱で倒れ、それ以来、何か体に問題があるのか、嫁には出さないと言い始めているらしい」


「なるほど……先程の牽制はそういうことだったのですね……」

「令嬢だけに会ったのではないのか?」

「ええ。アーヴァイン公爵に会ったのは久々でしたが、なかなかの威圧でしたし、子息たちの溺愛ぶりも垣間見えました。あれは……しぶとそうですね……」

「そうか、それは直に見てみたかったな」


 私の感想を聞くと兄上は面白いものを見るようにふふっと笑った。


「まあ、しぶとさで言えば、私も負けはしませんからね……何より、唯一無二の番いを諦めるなんて、できるはずがないじゃないですか」

「それはそうだな。まあ、私に手伝えることがあれば、何でも言いなさい。なんなら王命で婚約を結んでしまえば──」

「それだけはやめてください!」


 遮った私を兄上は不思議そうに見つめた。


 本来、獣人の番いが見つかった場合、王命で婚約を結び、そのまま番いの契約と婚姻を結ぶのが今までの慣例だ。


 けれど、そんなことをすれば、彼女の心は手に入らないのではないだろうか?


 直接会った彼女とのほんの少しの会話で、そんな気がしていた。


「いいのか? もしそれで彼女と契約を結べなかったら、どうするんだ?」

「兄上のご心配はもっともなのですが、私は彼女に無理強いはしたくないのです。それに今までの慣例だと、幼い頃に出会い、婚約を結び、そこから共に過ごすことである程度気持ちが寄り添ったところで番い契約を結びますが、今回はそうではありません。私は彼女の気持ちを大事にしたいのです」


 私の話を聞き、兄上はしばらく黙り込んでしまった。


 前例が無いことなのだ。実際、上手くいくとは限らない。

 けれど、王命で一方的に押し付けてしまうことは、したくなかった。


「わかった。今は黙って見守ることにしよう。その代わり、本当にどうしようもなくなったら、必ず頼ってくるのだぞ。これは兄としてではなく、王としての命令だ」

「かしこまりました」

「さて、重い空気はここまでだ。まずは作戦を立てねばな。どうせお前のことだから、今まで令嬢を口説くなんてやったことがないのだろう? 兄が色々伝授して進ぜよう」

「兄上……いや、それは……」


 兄上は面白いおもちゃを見つけた子どものように、不敵な笑みを浮かべて、私ににじり寄ってきた。


 ああ、これは……長くなりそうだ……。


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