第五章 攫われた番い ③待ち人(グウェン視点)
ここからグウェン視点です。
約束の時間を過ぎても訪れないキリアに、仕事が手につかないグウェンですが……。
◆グウェン視点◆
「遅い……遅すぎる……」
王宮の一室で仕事の書類に目を通しながら、私は苛立ちを抑えきれずにいた。
書類仕事なんて全く頭に入っていない。
「やはり私が迎えに行くべきだったのだ。公爵家から城まで三十分もかからないはずなのに、いくらなんでも遅すぎる!」
約束をしていた時刻から既に一時間近くが過ぎようとしている。
遅れるなら遅れるで、公爵家から何の連絡もないのはおかしいのではないか。
不機嫌を全開にした私が書類から視線を上げると、侍従たちが様子を伺うようにこちらを見ていた。
そんな中、傍に控える側近のジェラルドは涼しい顔をしている。
「殿下、そんなに気にする必要はないのでは? 女性は身だしなみに時間がかかるものです。予定の時刻に遅れるなど、珍しいことではありません。きっとキリア嬢も殿下に会うために、お洒落に時間をかけられているんですよ。健気ではありませんか」
自身の長いブロンド色の毛先を弄びながら、飄々とそんなことを言う。
「だが、それにしても、公爵家から何かしらの連絡が入るはずだ。それすらないというのはさすがにおかしいと思わないか?」
「まあ確かに……。あのアーヴァイン公爵家ですし、その辺りはしっかりと公爵が躾けていそうですね……」
ジェラルドの脳裏に調整役で走り回る公爵の姿が浮かんだのだろう。
「ふむ……」と頷いた後、侍従を呼び、公爵家へ連絡を入れるよう促した。
もちろん、時間を忘れてお洒落に勤しんでいるかもしれないキリアへの気遣いを添えて。
こういう抜かりない男だからこそ、ジェラルドをそばに置いているのだが。
「では、公爵家からの連絡が来るまで、こちらの書類をお願いします」
「まだあるのか……」
次から次に積み上がる書類に大きなため息をつく。
王宮に用事で来ると、ここぞとばかりに仕事を積まれるのをなんとかして欲しい。
先日も兄上の代わりに大量の書類を片付けたばかりだというのに……。
そもそも私はまだ王位継承権こそ持ってはいるが、それも兄上に王子が生まれるまでのことで、今の私は公爵だ。
王家の仕事は最小限しか受けないようにしている。
けれど、兄上が困っていると聞くと、ついつい仕事を引き受けてしまうのだ。
そろそろいい加減に、仕事を受けるのを考え直さねばならないな……。
積まれた書類をようやく半分片付けた頃、突然執務室の扉を性急に力いっぱい叩く音が響いた。
――ドン! ドンドン!
「殿下! グウェン殿下!」
「一体何事だ?」
聞き覚えのある声に、部屋に緊張感が走る。
侍従が扉を開くと、そこには明らかにいつもとは様子の違うアーヴァイン公爵の姿があった。
「殿下! キリアが! キリアがぁ!」
「キリアがどうしたのだ!?」
「やはり一人で行かせるべきではなかったのです……私と共に来ていれば……ああ、キリア!」
礼も取らず、問いかけにも応じず、取り乱して叫ぶアーヴァイン公に、侍従たちがざわつきだす。
「だから、何があったのだ!」
キリアに何かあったのは伝わるが、公爵の状態では埒があかない。
一刻も早く知りたいというのに……。
そう思っていると、公爵を追ってやってきた子息たちが息を切らしながら、こちらも凄い勢いで到着した。
カインはかなり荒れていて公爵と同じようにキリアの名を叫んで、パニック状態だ。
「一体どういうことだ? キリアに何があったというのだ?」
唯一落ち着いて話ができそうなキースが、険しい目つきで私の問いかけに応じた。
「申し訳ありません。父に代わり、説明させていただきます。キリアは護衛騎士を二人連れて、魔力防御のかかった公爵家の馬車で城に向かっていたところを何者かに襲われ、連れ去られたようです。今、全力で捜索しております」
――は?
「……キリアが連れ去られただと!? どういうことだ!?」
「詳しくはまだわかっておりません。犯人はおろか、何が目的なのかも……」
淡々と説明しているように見えるキースだが、絞り出すような低い声と、身体から無意識に漂ってくるその圧に、計り知れない怒りを感じる。
その様子に本当にキリアは攫われてしまったのだと、消えてしまったのだと思い知る……。
「我々はこれより捜索に向かいます。殿下からキリアがまだ王宮に着いていないとの連絡を受け判明いたしました。感謝いたします」
淡々とそう述べて頭を下げるキースの声が少し遠くに感じる。
段々気が遠くなっていく……
キリアが、キリアが連れ去られた……?
私の大事なキリアが。
三日前に私の名を呼んでくれたばかりのあのキリアが……。
私はもう彼女が居ない世界には戻れないというのに……。
攫われたことがわかり取り乱すグウェンとアーヴァイン家の兄様ズ&父様でした。
意外とキース兄様が冷静です。
次もまだまだグウェン視点になります。
次回もお楽しみいただけますと幸いです。
引き続きどうぞよろしくお願いいたします。




