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第四章 王弟殿下の来訪 ⑤制約魔術

 部屋に着くと、そこには私専属の侍女であるマーヤが紅茶の準備をしっかり整えた状態で控えていた。

 急なことだったのに、さすが公爵家の使用人たちである。


 ひとまず、部屋に入るなり目をキラキラさせながら部屋をゆっくり見回すサージェスト様にソファを勧める。

 サージェスト様が座り、私が向かいのソファに座ったところで、紅茶が淹れられ、一通りの給仕が終わった段階で、マーヤは頭を下げると部屋を出ていった。


 折角紅茶を淹れてくれたのだけれど、ソファに座った途端、応接室で感じた以上の甘い香りがブワッとサージェスト様の方から一気に広がって来たような気がする。

 紅茶の香りがほとんどわからない。

 これは部屋に来たことに関係があるのかしら?

 もう既に、ほのかに香るどころの状態ではない。

 目の前で香水の瓶をひっくり返してしまったような、少し酔ってしまうような、強い香りが吹き荒れている。


 嫌な香りじゃないんだけど、なんかこれを嗅いでるとフワフワしてきちゃうんだよね……。


 私の表情に出ていたのか、それともサージェスト様も気にしていたのか、彼の第一声は香りの話題だった。


「甘い香りが一層強くなったな。私の気持ちが昂っているからだとは思うが、こんなに香るものなのか……」

「やはり強くなっているのですね。この香りはサージェスト様のお気持ちに連動しているのですか?」


「ああ。私も初めてのことなので、詳しくはよくわからないんだが、どうもそのようだ。不快だったら申し訳ない」

「あ、いえ! そんな不快だなんて! 少し驚いただけです」


 私の慌てる様子に「まだ自分では制御できないんだ……」と、さらに申し訳そうな顔をされてしまい、思わず、言わなくても良いことまで言ってしまう。


「……その、むしろ、甘くて心地が良い香りと言いますか、フワフワしてしまうと言いますか……」

「そうか! 不快ではないのか! あははっ、そうか。ならば良かった!」


 心から嬉しそうに無邪気に笑う彼は、十歳以上離れているはずなのに、とても可愛らしく見えた。

 まあでも、私の前世の年齢から考えると同世代くらいになるのかな。


「それにしても、やはりそういうものなのか……」


 そう呟くと考えるように頷く。何やら思い当たる節があるらしい。


「そういうもの?」

「そもそもこの甘い香り自体、番い同士でのみ感じることができる、一種の発情香のようなものなのだ」

「発情香……?」

「う〜ん……ちなみにキリア嬢は獣人についてどこまで知っている? 私が獣人だということも、もちろん知っているのだろう?」


 先ほどまでとは違う、上からではない柔らかい言葉で尋ね、少し不安げな上目遣いでこちらを見た。


「はい。獣人や番いについては、先日筆頭宮廷魔導士のジェイシス様より一通り伺っております。あ、そうですわ。少し失礼いたします!」


 本のことを思い出し、一旦席を離れる。昨夜も読んでいたので、隣の寝室に置き去りになっていたのだ。

 一旦居室を離れ、続きの寝室に向かう。

 ベッドサイドのテーブルに置き去りになっていた本を取り、急いで部屋に戻る。


 急いで戻ったせいで息が少し上がってしまう。


「お、お待たせ、いたしました。ふぅ。こちらの本を一通り読みましたわ」


 息を整えながら、ジェイシス様から借りた『獣人国ノイザリアの歴史』をテーブルの上に置いた。

 すると、私に少し冷めてしまった紅茶を飲むように勧めた後、本を手に取った。


「ああ、この本か。では、一応一通りの獣人や番いの基礎知識はあるんだな」

「はい、一応は……たぶん」

「なら、話が早い。まあ、発情香についてはこれには載っていないから、あとで説明しよう。他にも何かジェイシスから聞いていたりするか?」

「他にも……」


 さて、一体どこから話せば良いんだろう?

 私が別の世界に飛ばされて戻ってきた魂とか、唐突に言われても普通信じられないよね?

 それに当事者なら話せるって言ってたけど、本当に話せるのかどうか確証無いし……。

 でも、今を逃したらチャンスはないかもしれない!


「サージェスト様が生まれた時に、番いを探したけれど、魂自体がこの世界には存在しないと言われたとか、獣人は番いが居なければ短命になるとか……」

「そうだ。さっき公爵たちにも話したように、私の番い、つまり貴女はこの世界に存在しないと言われたんだ。だから、貴女を王宮で見つけた時はあまりに驚いてしまって、つい、あんな強引なことを……」


「あ、いえ、ビックリしましたけど、大丈夫です。あの……それと、凄く大事なお話が!」

「大事な話?」

「そうです。実は……私はい◯※…?」


「ん? どうした?」


「あの、私はい……うっ、んっ! ゔっ……」


 え!? 何で? 何でなの!?

 サージェスト様は当事者なはずのに、どうして話せないの?

 おかしい……それに、父様たちに話そうとした時以上に、息が、できない……。


「どうした!? 何があった!?」


 息を吸いたいのに、なぜか吸えず、口をパクパクさせる。

 異変に気づいたサージェスト様は咄嗟にテーブルを飛び越えてきて私を抱き寄せると、私を魔法の光で包み込んだ。

 すると、うっすらと私の首に刻印のようなものが浮かび上がる。


「制約魔術だと!? なぜこんなものが! 一体どこで、誰に掛けられた!」


 返事をしたくても、息が苦しくて、ただもがくしかできない。

 頷くだけで精一杯だ。呼吸もどんどん苦しくなっていく。

 私の様子を見たサージェスト様は慌てて私の首元に手を当て、治癒魔法のような魔法を集中的にかけていく。


 あ……少し楽になって来たかもしれない……と思った次の瞬間、急な絞めつけが私を襲う。


「んんっ!?」

「!」


 驚いたサージェスト様が流していた魔力を止める。

 止めたその一瞬だけ絞めつけが弱まるも、またすぐに苦しくなる。


「キリア嬢! ゆっくり息を吸うんだ!」


 サージェスト様は焦りながらも、不安にさせないよう優しく私の背中を撫でながら話しかける。

 けれど、苦しさは治ることはなく、どんどんと増していく。


 ヤバイ……このままじゃ……!


 どんどん意識も朦朧としてきてしまう。


「しっかりしろ! やはり解けないか……仕方ない。方法を変えよう」


 意識が遠のきそうになる中、微かにそう聞こえた後、何か柔らかいものが私の額に触れた。

 すると、一瞬身体がカッと熱くなったかと思うと、そよ風のような優しい空気が身体の回りを舞い、そのまま全身を包み込んだ。

 それからじわじわと身体が暖かくなり、少しずつ呼吸が楽になっていく……。


「……すぅ……はぁ……」


 やっと息が吸えるようになり、まだ少し朦朧としたまま薄っすら目を開けると、そこにはキラキラと金色のオーラに包まれたイケメンのドアップがあった。


 ひゃ!? 金のオーラに包まれたイケメンとか、どんだけ王子様なの!?


 サージェスト様はとても心配そうに私の顔を覗き込んでいる。

 よく見ると私自身もなんだかキラキラと金色の光を帯びている。


 これは魔法? 治癒魔法とかかな?

 何が起きたのかよくわからないけど、私助かったの……?

 にしても、何で制約魔術にサージェスト様も引っ掛かるのよ……一体どうなってるの?


 酸素のあまり回っていない頭でぐるぐると思考を巡らせていると、私を支えていた手が優しく頬に触れた。


「良かったぁ……」


 大きく呼吸をする私を見て安堵したのか、サージェスト様も大きく息を吐いた。

 頬に触れる彼の手は少し震えている。


「なんとか呼吸はできるようになったみたいだな。生きた心地がしなかった……。貴女を失ってしまうかと思うと……」


 私の顔を覗き込み、なんとか頷く私を、とてもとても愛しそうに見つめながらそう呟いた。


 ちなみに今の私の状態は、ソファに座るサージェスト様に抱きかかえられている。

 恥ずかしいのに、頭がぼーっとしていて、まだしばらく身体をちゃんと動かせそうにない。


「ゆっくり呼吸して……そう、無理するな。焦らなくて良いし、何も気にしなくて良い」


 そう優しくあやすように言って、さらに私を抱き寄せる。


 するとサージェスト様の鼓動が伝わってくる……かなり速い。

 よほど驚かせてしまったみたいだ。

 でも彼の体温はとても暖かくて心地良く、甘い香りも相まって、なんだかとってもフワフワして気持ち良い。

 

 サージェスト様は私の呼吸が完全に落ち着くまで、黙ってずっと私の背中をさすりながら抱きしめ続けてくれた……。


お読みいただきありがとうございます。


部屋に来ていきなり大ピンチでした。

なぜ彼に話せないのか、気づいた方もいらっしゃるとは思いますが、もう少ししたら出てきます。

次回もお楽しみいただけますと幸いです。

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