第一章 転生と魔力
異世界転生って本当にあるんだ……最初目覚めたとき、私は意外と冷静にそう思った。
物語に出てくるような大きな天蓋付きのベッドに寝かされ、シルクのような肌触りのネグリジェを着た私を心配そうに覗き込む、品の良さそうな夫婦と白い髭を生やした壮年の男性、それに大学生くらいのイケメンが二人。
彼らに握られた私の手は子どものように小さく、一体私はいくつになってしまったのだろうかと思いつつも、彼らの瞳に映り込む少し不安そうな表情の美少女に驚き、心の中で「こんな美少女に転生したの!? 異世界転生ってことは魔法とかあったりするのかな?」とワクワクした思いが込み上げてきて、これから始まる日々に思いを馳せた。
物語のような日々が私にもついに訪れるのだと……。
私が転生したこの世界には魔法が存在する。
いやむしろ、魔法を使えない人を探す方が難しい。
そんな世界に転生した私は自分も魔法が使えるものだと、そう思っていた。
思っていたのだ……。
◇ ◇ ◇
「キリア、大丈夫よ。以前は使えたのですから、きっと成長する段階でまた少しずつ使えるようになります」
目覚めてすぐに魔力が無いことを知らされ愕然とする私の頭を、母様はそう言って、優しく撫でてくれた。
私が転生したのは魔法国家ルナリア。
そう、異世界の中でもまさに魔法の国である。
そこの高位貴族であるアーヴァイン公爵家の長女キリア。
それが私の転生先だった。
最初幼い子どもかと思ったけど、キリアが平均よりかなり小さいだけで、十四歳らしい。
十四年間生きてきた彼女の記憶もしっかり私の中に残っていたのは不幸中の幸いだった。
転生してそろそろ三ヶ月。
三ヶ月経ってもまだ様子見らしく、今日も外出できない私を気遣った母様と二人、私の部屋でお茶をしながらのんびり過ごしていた。
私がこのキリア少女の中で目覚めて以来、元は使えたはずの魔法が使えなくなってしまっていた。
色々試してみたが、使えるようになる気配はない。
偉い魔女曰く「寝込んでいる間に何かしらの大きな魔力消費があって、魔力が枯渇してしまったため」もしくは「呪いなどによる魔力封じ」ってことらしいけど……。
魔力封じの痕跡は特に無いらしく、前者の可能性が高いとのことだった。
まさか自らの命と引き換えに大きな魔力を使って私を召喚したなんてこと……あったりするのかな?
こんな美少女に、一体何があったの?
気になるし、知らなければならないと思うけど、現状はわかりようがない。
それに、もしわかったところで、今の私にはどうにもできそうになかった。
元の私はというと、加賀美由良という名の日本人で、文系大学に通うごくごく普通の女子大生だった。
人と違うところなんてほとんど無くて、しいて挙げるなら、無類の本好きで出版社に就職したくて頑張っていたくらい……本当に普通の人間だったのだ。
目立たず、むしろ周りからはかなり陰気な女子大生だと思われていたんじゃないだろうか。
もちろん魔法なんて使えない。
折角転生したのに、中身はその世界にそぐわない、ただの人間。
これからどうなってしまうのか……
少し考えただけでも生きていける気がしない。
「はあああ〜〜〜」
そんな不安にため息をついていると部屋の扉がバンッ!と勢いよく開いた。
「カイン、扉は静かに開けなさい。キリアがビックリしてしまうでしょう?」
「キ〜リア! ごきげんいかがかな? 今日も可愛い顔を見せておくれ」
扉の向こうから現れた人物は母様に怒られても素知らぬ顔で私に寄ってきて、鳥肌が立ちそうな甘い言葉をかけてくる。
二番目の兄カインだ。
母様と同じ金髪に父様と同じ緑色の目をした、まるで物語に出てくる王子様のような長身のイケメン。
その後ろをゆっくりと落ち着いた表情でもう一人の兄キースが入ってきた。
キース兄様は父様そっくりの、銀髪、翠眼、細身のこちらもまたタイプの異なるイケメンである。
無口で一見おとなしそうなのだが、思い込んだら一直線な性格らしく、今は私の魔法のことでとても面倒な状態になっている。
「キリア、魔法はどうなっている? まだ使えないままなのか? 体の中で魔力が湧き上がってくるような感覚はあるか? 何の魔法なら使えそうだ? 以前は水の魔法が得意だっただろう? 一緒にやったらできそうか?」
兄様たちは二人とも長身なのだが、キースはどうやら百九十センチほどあるようで、十四歳の平均的な身長よりかなり小さめの私にはものすごく大きい。
五十センチ以上差があるんじゃないだろうか……。
そんな兄からの高圧的な質問攻めに顔がどんどん強張っていく。
慌てて母様の後ろに逃げ込んだ。
「キース、それではキリアが可哀想でしょう。おやめなさい」
「母上、そんな悠長なことは言っていられません! キリアも来年には十五歳。成人するのです。それに、いい加減婚約者も決める必要があります。このまま魔法が使えずに困るのは本人なのですよ。早くなんとかしなければ!」
「それはあなたに言われなくても、親であるわたくしの方がわかっています。ですが、キリアを責めても仕方がないでしょう? それにどうせいざとなれば、キリアはあなたたちが面倒みるのでしょ? ならば、そんなに焦らなくても良いではありませんか。嫁になどやりたくないくせに」
「ゔっ……しかし……」
「そうだよ、兄さん。こんな可愛いキリアを嫁になんて誰がやるもんか。ちょうど良いじゃないか。魔法が使えなくたって、僕らにとっては宝物なんだから。キリア、気にしなくて良いからね。焦る必要もないよ。ずっと家に居れば良いんだから。そのために必要なものは僕らが全部揃えてあげるからね」
カイン兄様が満面の笑みを浮かべながら、後ろから私を抱き上げた。
ふわっと体が宙に浮かぶ。
「ふあっ! カイン兄様、降ろしてくださいっ」
ジタバタしてみるが全然降ろしてくれそうにない。
諦めて脱力すると、カイン兄様は満足気に私を抱き締め、頬に軽くキスをした。
ああもう、本当に心臓に悪いからやめて欲しい。
前世の私は彼氏がいたこともないし、一般家庭に育った一人っ子で、男性耐性がほとんどないのよ〜〜!
ドキドキする心臓をなんとか落ち着かせようとしてみるが、綺麗な顔が、イケメンの顔が離れてくれず、それどころかその距離のまま、私の頬を撫で撫でし始める。
「ああもう、本当にキリアは可愛いな……こんなに可愛いんだから、魔法なんて使えなくても問題ないよ。ほんと可愛いな」
「カ、カイン兄様……私もう十四歳なのですけれど。子どもではありませんのよ」
「何を言う。こんなに小さいくせに。ああもう、拗ねた顔も可愛いなあ」
拗ねたわけではなく、もう限界なだけなんだけども。
母様はその様子をあらあら、と全然困っていない表情で眺め、キース兄様は先を越されたというようにカイン兄様の腕から私を奪おうと近寄りつつ、ぶつぶつ言い始めた。
え!? キース兄様まで!?
もう今だけでも限界なんだけど。
「カイン、そういう訳にもいかないぞ。確かに可愛いキリアを嫁に出すなんて考えたくもないが……我らは貴族だ。今は良いかもしれないが、きちんと教育を受けて然るべき家や人と繋がっていかなければ、将来困るのはキリア自身なのだ。魔力が本当に無いというなら、将来的には我らが……というのは致し方ないが、今から諦めて甘やかして良いものではない。魔力の無い者が生きていける世の中ではないことくらいお前だってわかっているだろう?」
「それはそう……だけど……」
先程までの笑みが消え、私の顔を真剣に見つめるカイン兄様。
その隙にキース兄様はカイン兄様から私を奪うと姫抱っこ状態の私に満面の笑みを向けた。
ひぃ! イケメンのどアップに、姫抱っこ……。
「さあ、ではキリア、今日からキース兄様と一緒に魔法を出す練習をしようか」
心臓がさっき以上にソワソワと騒ぎまくっているけれど、なんだかそんな場合ではないらしい。
よくわからないが、なぜか逆らってはいけない気がする。笑顔が妙に怖い。
「………はい……わかりました、キース兄様……」
イケメンにときめきつつ怯えながらも、魔力の出し方について教わることになった。
それにしても、魔力がないということは、この国ではかなり問題になるのね。
前世が魔力のない世界だったせいで、この世界での魔力について、まだよくわかっていない。
キリアの記憶にも、常識すぎるせいか、あまり詳しい情報がない。
ここでキース兄様からちゃんと教わっておかなければ、今後困ることになりそうね。
そう決意したところに、キース兄様が笑顔のままとんでもないことを聞いてきた。
「で、キリア……お前はいつから魂の色が変わったんだ?」
え……!?
一瞬頭がフリーズしてしまう。
バレたの!? 私が中身偽物だってバレたの!?
魂の色が違うって、私が以前のキリアと別人だとバレた……!?
キース兄様の顔をまともに見ることができず、思わず反射的に反対側を向くと、ちょうどカイル兄様と目が合ってしまった。
ああもうほんと、良い顔……じゃなかった。マズイ……。
「兄さん、何言ってるの? 魂の色が違うって……どういうこと?」
カイン兄様も戸惑ってはいるものの、私を心配しているようで、大丈夫だよと目で必死に訴えかけきた。
横に座っている母様もカイン兄様と同じように、心配そうに私を見つめている。
「キリアが目覚めてから、ずっと気になっていたんだ。私には魂の色が見えるからな。確か以前のキリアの魂は薄っすらと青い色をしていた。たぶん水の魔法が得意だったからだと思う。だが、今のキリアの魂には色が無いんだ。あえて色でいうなら白だな。俺は今までたくさんの魂を見てきたが、途中で色が変わるというのも、白い魂というのも見たことがない」
なんでもキース兄様は非常に珍しい命の属性を持っている関係で魂の色が見えるらしい。
そして、元のキリアは水の属性を強く持っていたようだ。
それが無くなり白くなってしまったと……。
それは魔力無いって言われてるのと同じなのでは……?
え? 私大丈夫なの? 魂が違うからって理由で追い出されるなんてこと……無いよね??
そんな私の心配をよそに、先程まで兄弟の戯れ合いを微笑ましく見守っていた母様が、急に真剣な表情でキースに問いかけた。
「色が無い? キース詳しく教えてちょうだい」
それに真剣に答えるためか、キースは私を一旦母さまの椅子のそばにおろし、隣の席に座ると、私をもう一度膝に抱え直して話し始めた。
「気になってはいたのですが、黙っていて申し訳ありません。現状、色は無いんですが、魂の形は変わらないので、魔力だけが枯渇したと考えるのが普通だと思います。ですが、三ヶ月経っても戻らない状況を考えると、やはり魔力封じの可能性もあるので、もう一度魔女か、宮廷魔導士に相談した方が良いかと思います」
「魔力封じ……そうね。わかったわ。今夜お父さまに相談してみましょう」
「はい。その方が良いかと」
え? 魔力封じ? そういう見解になるの?
単に私が魔力無しのただの人間の転生者だからだと思うんだけど……。
なんだか大ごとになってしまったような……。
思わず頭を抱えて悩んでいると、キース兄様が心配そうに私の頭を撫でながら、顔を覗き込む。
「心配いらない。兄様たちがなんとかしてやるから」
「……うん」
これは……セーフってことで良いのかな? バレてはいないよね。
でも、魂の形が変わらないっていうのもおかしな話よね?
実際魂は入れ替わっているはずなのに。どういうこと?
とはいえ、これ以上変に突っ込むと墓穴を掘りかねないから、ここは黙っていよう。
「それにしても、熱で苦しんだ挙句、魔力を枯渇してなかなか回復できないほど失っているか、魔力封じの呪いをかけられたかもしれないだなんて、こんなに可愛いキリアが何でそんな目に遭わなきゃならないんだ。可哀想に……」
そう言いながらカイン兄様が床に膝をついて、私の手を握る。
今にも泣きそうな表情だ。
家族が真剣に考えてくれればくれるほど、心苦しい。
それに、魔女や魔導士にみてもらって、実は別人だなんてわかったら一体どうなってしまうんだろう……。
正直、怖い。転生者である私には他に拠り所なんてないのに。
ここを追い出されてしまったらと思うと……。
そんな不安で心はいっぱいなのに、目の前のイケメン二人はぐいぐい私に寄ってきて、慰めようとするし……落ち着け私の心臓!
結局その日の夜の家族会議で、私は父様と共に宮廷魔導士の元へ相談に行くことが決まった。
事情を知った父様は「なぜもっと早く言わない!」とキース兄様を責めていたけれど、なるべく急いだ方が良いだろうと、すぐ宮廷魔導士に連絡を取ってくれた。
――そして、一週間後、王宮へ向かうことになった。
お読みいただきありがとうございます。
10万字完結予定の作品になります。
終盤までほぼ書き終えておりますので、そこまでは毎日更新予定です。
お楽しみいただけますと幸いです。
引き続きどうぞよろしくお願いいたします。