深夜の徘徊。噴水でやさぐれる公爵閣下
家族は皆寝たか。ふぁっきんな寝息が聞こえますぜ。
この部屋本来は夜泣き対処の赤子部屋なのだろう。我がカゴの隣に大人用寝台、更に庭へ直接出られる扉まで。しかし私は当然の一人。
赤子だけ隣の部屋に放置して家族三人で川の字とはやりおる。
ま、ある意味信頼があるのだな。私が朝まで寝るように調整したここ一年の成果だ。
そして宴席の公爵閣下への愛嬌振りまきがご不快だったのだな。分かる。次男の方が評判高いなんて色々と困るよね。場合によっては殺ル必要が産まれるくらい。……将来を危険にしたかな?
しかし考えようによると、公爵から認識されてた方が手を出し難かろうし……。何にしても時々に対応するしかない。
それにしても暇。寝れん。馬車での移動中に寝すぎた。
………………。暇だなー。馬車から見た庭の景色、綺麗だったなー。いい匂いがしそうでもあった。そして目の前には扉。
危険かな? 危険かも。夜警の人だって居るだろう。でもー……見つかる可能性は激低い。隠れて回ればいい。例え見つかっても迷子の赤子に何の罪がある?
赤子を放置した両親の恥は……知らん。しかし私が一年前に居た国みたいに、建前順守で小さな道路交通違反を見逃したら懲戒くらう警察。そうなるよう煽るマスコミと愚かな民衆。みたいな世の中じゃないでしょう。
皆幸せな、なぁなぁで終わるさ。きっと。多分。
よし。全ての問題は気のせいだったな! ならばカゴを降り靴は……あそこか。
そして雄々しく歩いて扉をこっそり開け……わー。夜でも美しい庭。
今宵は闇夜か。月も私の隠密を祝福しているのぅ。
さーて。見つかり難いよう庭木の間を参りましょうかね。迷わないように気を付けて。
ほわー。綺麗な花が多種多様に。これは凄腕職人庭師の努力が香りますねぇ。
と、何か水の音が。……一応行ってみますか。
噴水か。うーむ。噴水って結構作るの大変では? こんなの作る技術が既にあるのね。
確かに我が家のトイレも落ちたら死にそうな水洗だったけど……剣と槍で戦ってるくせに侮れ……む! 誰か居る? あっぶね。傍に寄るところだった、わ!?
今、思いっきり噴水の壁石に両手鉄槌かまさなかった? い、痛くないの?
「何が……心配しているだ。子が産まれる薬だと? そのような怪しい物に頼らぬよう、私がどれだけ自制していると……ッ!
お家の一大事? 養子? 誰も、彼も!!!!
匂わずとも香る欲望に嘘臭い親切の皮を被せて……ッ!!」
うひょおぉぉ……怖いぃ……。
血を吐くような慟哭。とはこのことか。やっぱり公爵閣下だ。しかも泣いておられる。
……はい。そうなりますよね。貴族における後継者問題は全ての話の基礎。戦争中でも無いと解放……いや、戦争中も大問題になるか。
あの超無神経らしいおっさんより厄介な人も居るだろう。誰も彼も子が居ないことに関係して話してくるはず。大きな貴族であればあるほど、他家も無関係ではいられないのだ。
豊臣秀吉も発狂しようというものよ。あれだけ頭良いなら最初からあの結果を予想して対処しろよ。とも思うが。
―――はぁぁああ。見て見ぬふりが正しいと分かってる。
しかし……情は無視出来ても義理は無視し難い。我が礎の本、今も読みまくってる色んな本をくれたのは、どうもこの人みたいなんだもの。
私も立派な歳。優しさと義理は上級の皆様が金を吸い上げる材料と知っている。
数億の飢えてる子供に手を差し伸べよう! と言って集めた金の九割を、世界の富の四割をお持ちの数千人へ届けるんですよね分かりきってます。
しかし目の前の上流階級は多分そんな立場では無かろう。
うむ。親切にする義理と義務があると見た! 冷静になれる訳も無い若者に年長者の知恵をくれてやろう! 十分論理的人物に見えるし、恋だの愛だの言いだす気狂いでもあるまい!
……の、前にもしもの時逃げるべき庭木の間は……あそこ。隠れて話せそうな場所は、よし。こっからなら見つけられないと思う。しかしこちらからは見える。
「こんばんは公爵。少し私と話しませんか?」
「!? な、何者! 何処にいる!!」
大慌て。だよな。でも落ち着くまで待てば人が来る。すまんね。
「公爵。まず私があなたへ危害を加えることはありません。次に決して見られたくない所を見られた。と、お考えならお詫びしましょう。
そして今見た様子と嘆きを私が触れ回ること。あるいは脅しを恐れておいでと存じますが、落ち着いてお考え下さい。
あなたを脅して無事に済む者がどれだけいると言うのです? 増してやここはあなたの庭。今すぐ人を呼べば私は逃げようが無い。なのに声をおかけしたのです」
ほーら深呼吸……しないのか。無理やり呼吸を隠してる。相当苦しかろうに。
「……話と言ったな。何をであるか」
「ただしくは私に小さな親切をさせていただけないかと。
あなたは日々忙しく。なのに大きな問題を抱え苦しんでおられる。そのような時は私ていどの愚か者でも、冷静な分考えを整理するのに役立つものです。
内容は勿論ご子息が未だいないこと。もし余計なお世話だとすれば……失礼させていただけるよう伏して願い申し上げます。
勿論もし明日。先ほどの様子を誰かが知っていれば私を見つけ、お裁きください」
少しご不快な様子。しかしそれ以上に苦悩が見える。そうそう溺れてれば藁でも使うべきよ。
「……よかろう聞こうではないか。さぁ姿を見せるがいい」
「いいえ。ご挨拶する気はありません。お話をするのも今この時だけです。
親切と申し上げたでしょう? 私はあなたに少し恩を感じていましてね。お返しをしたいだけです。
それでどうなされます? まずは子供ができやすくなる方策の話になりますが。ああ、怪しい薬や呪いは無しで、です」
おっと。苦笑がでるところだった。神経質となってる若者の前で笑っては不味い。
悩んでるね。見切りが大事だよ若者や。こんな時間にここに居るのは悔しくて寝られないからではないかね? なら落ち着くまでの雑談とでも考えれば良い。
「姿も見せぬのに随分と出来た人であるかのような言い草であるな。
……それで? 苦しみに耐え切れぬ無様な私へどんな講釈をしてくれるのか?」
あなたの様子を無様と言う奴は余程の阿呆だよ。しかし良く不快さを飲み込んだ。損をさせる気は無いぞ。
「まずは良く寝ることです。何故なら――――――」
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