チエザが深い眠りを楽しんでいたら
……うぬっ? 誰か私を持ち上げてるな。お手伝いのお姉ちゃんか? 眠いんですけど。まだ暗いでしょ目を開けなくても分か―――この持ち方。赤子を持ち上げ慣れてない。
誰だ? ってマジ誰だ?!?!?! え、へ、真っ暗。闇に紛れた覆面が私を持ち上げてる!? え、あ、そ、叫ばなきゃ!
「うぎっ……ムググググググ、ウグ、ウク、ムゥウウウウウウ!??!」
こ、こいつ反応が速い! ぬぅうう。即口を押えるとは訓練された動き!
どうする? こいつは私を舐めてる。押さえてる手に全力で噛みついて、指に関節技くらいはかけられるだろう。しかし……それで逃げられる気はしない。下手すると殺される。
ぐっ。猿轡を用意してあるとは……こいつ。やはりこういう玄人か。
うぬぬぬ。とりあえず赤子のフリだ。ムギュームギューと叫んでおこう。
しかしおかしいな? 今この屋敷には大量の赤子が居るってのに私を狙う? しかも公爵の屋敷でなんて……あれ? 外に出て行かず庭の中を、知った方向へ……。
「ここに」
「ご苦労」
オイイイイイ!? 家主じゃないですか! 此処までする。するんだ。決断力あるー。って、待てまだ考える。ちゃんと赤子らしく唸らないと。
「どうしたその声は」
「泣きそうでしたので轡を」
「……その轡。頭の後ろで緩く結べ。赤子ならそれで外せまい。後はあちらの植木の向こうへ置いて下がり、呼んできてくれ」
「はっ」
うだー! まだしらばっくれる意味はあるか? だー! ……無さそう。ここまでヤルからには相当の確信がある。だだー! そして公爵へ目を付けられ、強制すると決められれば抗うのも逃げるのもほぼ無理。だだだー!
……はぁあああ。め、め、め、面倒くせええええ!!! うっだだっだだ!!
「貴君よ。非礼を詫びる。それだけ困っているのだ。
話した通り奥が腹の子のことでな。食事の量も減るありさまで……分かってくれるであろう? 私としても子に、奥まで何かあったらと思うと。
すぐに奥が来る。どうか話を聞いてやってくれ」
奥? あの油でテカってた超美人呼ぶの? 乗算で面倒さを増しおってからに。
しかしこの赤子の身では逃げようが無い。自分の住んでる町の地理さえ知らないザマでは。
ああ。人は何故、必要な時に相応しい年齢でいられないのか。……うーん。冗談でも自分を特別視し過ぎてて痛々しい考えをしてしまった。
……猿轡がウッゼェです。外そう。もうなるようにしかならんのだ。サイは投げられ相手は手で出る目を好きに出来る。チクショー。
「公爵。このように為さり、自分の意のままに動かなければ殺すと言われては。
当然私にも御意に沿おうという知恵はありますが酷い誤解を感じます。
あの時私は出来る限りを話しました。更に何か出来るとは思えません」
植木の隙間から見える驚いた顔。これだけしておいてイラッとする奴め。
「いただける話があれば頼みたい。それだけなのだ。
しかし無礼は分かっているが、殺すというのは余りに言い過ぎであろう」
「あなたへ親切をした結果、私が家でどういう状態にあるのかご存知では?」
助言されたのが赤子だと知ったら、好奇心でも状態を探るでしょ。前回のパーティー以来、ママンが使用人から私の名を聞くだけで不機嫌になると知らなかったら無能です。
それでも食事を止めないママンは実に良い方だ。私の感謝は近頃、懐かしき桜島周辺地域の如く降り積もる一方よ。
「……貴君が求めるよう助けよう。私にはその力がある」
「……はぁ。私を賢いと言うのに、とてつもない愚か者として扱うのですね。
公爵家と。縁を持つなど。危険極まりないでしょう。
家族は世話を投げ出しておらず十分以上の環境を与えてくれている。危険に対処できないこの体で、草原へ火を投げるような真似する気はありません」
「どのように扱われているか詳細に聞いているのだが、今が十分以上と?
……ではどのようにしても、私と妻を助けてくださらないのか」
態とらしい失望の声に聞こえてしまう。こうまでしておいて諦める気があると仰るんですかねぇ。
……ま、本心かもしれない。しかし『かも』で行動する歳は過ぎてます。
「私はあなたが殺す気だと申しました。その力があると存じてます。
なので出来る限りは助けとやらをしますとも。ただあなたは私に現実以上の期待をしている。それに夫人へどう話したか知りませんが、彼女の様子を見る限り私のような考え方に同意出来るでしょうか?
と、来られましたね」
さっきの誘拐覆面男と二人っきりで奥様が歩いて―――やたら歩みが慎重、ああ。成程。そこまで神経質になってるんだ。
ご到着。そしてたった一人の付き添いもランタンを公爵へ渡して下がる、か。誠意を見せておこうって事なんですかね。
……有難いのにどうも不快に感じてるな。私も悟りが足らん。




