その1の2
数日後。
罪人であるビョウは、裁判を受けることになった。
ビョウは手枷をはめられた状態で、裁判所へと連行された。
そこで行われた裁判は、形式的なものだった。
ビョウはロクな自己弁護も許されなかった。
あらかじめ定められた流れにより、判決が下された。
「よって、勇者召喚罪の嫌疑において、
ビョウ=ジャック被告を、有罪と認定。
引き回しの後、王都追放の刑に処す」
(引き回し……。
国に尽くしてきた俺に、この仕打ちか)
ビョウは体に縄を巻かれた。
兵士に縄の先をひかれ、裁判所から連れ出された。
そして、王都の出口へと通じる、大通りを歩かされた。
この刑罰は、あらかじめ喧伝されていたらしい。
……裁判が始まる前から。
王都の人々が、大犯罪者を見ようと、通りに集まっていた。
その中には、全員では無いようだが、勇者一行の姿も見えた。
(見に来たのか。
自分たちをさらった男が、どう裁かれるのかを)
王都の民と勇者たちの視線を受けながら、ビョウは歩いた。
そのとき、ビョウの方へ石が飛んできた。
観衆の1人が、ビョウに石を投げたらしい。
それはビョウの頭にぶつかり、嫌な音を立て、地面に落ちた。
「この犯罪者が!」
「とっととこの国から出て行け!」
投石は、1度では終わらなかった。
次々に、ビョウに物が投げつけられた。
「俺にも当たるだろうが……!」
縄をひいていた兵士が、慌ててビョウから離れた。
「ちょっとやりすぎじゃない?」
勇者一行の1人が呟いた。
「犯罪者なんだから、仕方ないだろ?」
「俺たちをさらった奴の肩を持つのか?」
「それは……」
「うっ……ごほっ……」
ビョウは血を吐いて倒れた。
それでも、手心が加えられることは無かった。
「見ろ! 弱ってるぞ!」
「そのまま死んじまえ!」
冷たい言葉が、ビョウに投げかけられた。
ビョウは自分の手足が、冷えていくのを感じた。
(死……そうか……。
俺は今日……こんなところで死ぬのか……)
そのとき。
「…………」
こつこつと、靴底が、地面を打つ音が聞こえた。
罵声がとびかい、周囲は騒がしい。
だがなぜか、その足音は、ビョウの耳にはっきりと響いた。
何者かが、ビョウに近付いてきていた。
ビョウは、足音の方を見ようとした。
体は動かなかったが、辛うじて、足音の持ち主を見ることができた。
銀髪の少女、サクラガワが、ビョウに歩み寄ってきていた。
やまない投石が、少女の足に当たった。
「っ……」
彼女は顔を歪めつつも、ビョウに歩み寄るのをやめなかった。
「やめろ! お前らやめろ! サクラガワさんに当たる!」
ハセガワが叫んだ。
「サクラガワ?」
「あの格好、勇者さまじゃないのか?」
「やべ……。勇者さまに石を……」
「いつまでも投げてんじゃねえ!」
ハセガワは、再び叫び声を響かせた。
投石が止まった。
倒れたビョウの隣に、サクラガワと呼ばれた少女が立っていた。
「立てますか?」
そう言ったサクラガワは、脚と額から血を流していた。
「怪我を……俺のせいで……」
「あなたのせいではありません。
あの暴徒たちのせいです」
「暴徒……?」
「そうでしょう?
たった1人相手に、大勢で石を投げるなんて」
ビョウを痛めつけることは、国王の意思にかなったものだ。
ルールの内に有る行為だ。
彼らをただの暴徒だとは、言い切れないはずだ。
だが……。
「……わからない。俺には。
もう、何が正しいのか」
ビョウはつらかった。
王国を守るために、身を削ってきた。
そんな自分が、今、王都の人々に責められている。
どうしてこんな目に合わなくてはならないのか。
そう叫びたい気持ちが有った。
だが、弱りきったビョウには、殺虫剤を浴びた虫のように、震えることしかできなかった。
「行きましょう」
「どこに?」
「あなたが行くべき所に」
「……行くべき所なんて無い。
けど俺は、国外追放を命じられている。
ここには居られない」
「それなら、まずは王都から出ましょうか」
ビョウは立ち上がろうとしたが、体に力が入らなかった。
「駄目だ。もう歩けない」
ここが終着点で、自分はもう、どこにも行けないのだ。
ビョウにはそう思えてならなかった。
そんなビョウの考えなど、少女には知ったことでは無かった。
「お体に触りますよ」
サクラガワは、ビョウに手を伸ばした。
「え……?」
少女の腕が、一回り大きな大人の男を、抱きかかえた。
「やめてくれ……!
怪我をしてるのに……!」
サクラガワの頬は、額から垂れた血で、真っ赤に染まっていた。
脚から流れた血は、彼女の靴下を汚していた。
だが、彼女の表情は揺るがなかった。
「暴れないでください。
私が疲れます」
「っ……」
ビョウには暴れるだけの余力は無かった。
脱力し、少女に身を委ねた。
女になりかけの少女の香りが、ビョウの鼻をくすぐった。
サクラガワは、ビョウを抱えたまま、通りを歩いていった。
その様子は、人々を動揺させた。
「勇者さまが……どうして罪人を……?」
「どうなってんだこりゃ?」
「サクラガワさん……どうして……」
人々は戸惑いながら、何もできず、ビョウたちを見送った。
サクラガワはそのまま、王都の出口へと向かった。
王都の周囲は、頑丈な壁に囲まれている。
その壁の、正門の所へと歩いた。
門の手前の検問所には、見張りの兵が配備されていた。
兵たちが、近付くサクラガワたちに気付いた。
「あれは、ビョウ=ジャックか? 王都を追放になるっていう」
「けど、どうして抱きかかえられてるんだ?」
「あの格好……まさか、勇者さまか?」
検問所を預かる者として、放っておくわけにはいかない。
部隊長が、兵たちを代表し、サクラガワに話しかけた。
「勇者さまでいらっしゃいますか?」
「そう呼ばれているみたいですね。私たちは」
「その男は、ビョウ=ジャックですか?」
「はい」
「どうして勇者さまが罪人を?」
「いけませんか? 私がこうしていては」
「……いえ。滅相もありません」
「それでは、ここを通らせていただいても、構いませんね?」
「はい。もちろんです」
疑問は有るが、勇者に歯向かうべきでは無い。
そう判断した部隊長は、サクラガワを通すことに決めた。
サクラガワは、無事に門を通過した。
彼女の足が、壁の外の大地を踏んだ。
「サクラガワさん!」
男の声が聞こえ、サクラガワは振り返った。
「ハセガワくん」
門の所に、ハセガワが立っていた。
「どこに行く気だよ……!」
ハセガワは、必死な形相で、サクラガワを問い詰めた。
サクラガワは、真顔で答えた。
「この人が、安全に暮らせる所へ」
「どうしてそんな奴を庇うんだ!
俺たちを拉致したクズだぞ!
そいつは!」
「私たちを拉致したから、
彼のことが許せないと?」
「当たり前だろ!?」
「それではどうして……。
あなたは国王に良い顔をしているのですかね?」
「え……? どういう……?」
「もう行っても構いませんか?
どこかで彼を休ませてあげたいのですが」
「行かせない……!」
ハセガワは、左手をサクラガワに向けた。
その手の甲には、土色の紋章が有った。
それは特異な力を持つ、召喚者の証。
勇者の紋章だ。
「勇者の紋章の力を、私に向けるのですか?」
紋章の力は、その持ち主によって異なる。
だがどれも、強力な力を持っていることに変わりは無い。
それを人に向けるのかと、サクラガワはハセガワに問うた。
「そっちの聞き分けが無いのが悪いんだろ……!」
「聞き分け?
どう動こうが、私の自由だと思うのですが」
「今は大変な時期なんだ!
クラスメイト同士、
30人で、
力を合わせないといけないんだ!
勝手な行動が、許されるわけ無いだろ!」
「30人……。
やはりあなたも、2組の人たちのことは、
仲間だとは思っていない様子ですね」
「2組のクズどもが何だって言うんだ……!」
「先が思いやられます。
彼の事が無かったとしても、
私は単独行動を選んだかもしれませんね」
「認められないって言ってるだろ……!」
ハセガワの紋章が輝いた。
ハセガワの手のひらの前方に、土色の魔法陣が出現した。
魔法陣からは、石の矢が放たれた。
勢い良く飛んだ矢は、そのままサクラガワを貫くかのように見えた。
「そうですか」
サクラガワの左手の甲が、輝いた。
そこには白い紋章が有った。
紋章が、サクラガワの周囲に、光の壁を形成した。
壁に衝突した石の矢は、粉々に砕け散った。
その破片の1つすら、サクラガワに届くことは無かった。
矢は土色の粉になり、煙のように風に溶け、散っていった。
「あなたの力では、私の壁を破れないようですね」
「まだだ……!」
1度攻撃を防がれても、ハセガワは諦めなかった。
ハセガワは単調に、同じ攻撃を繰り返した。
だが全て、光の壁に防がれてしまった。
「どうしてだ……!? 同じ勇者なのに……!」
サクラガワの反撃が無いため、ハセガワは無傷のままだ。
大通りで投石を受けたサクラガワの方が、見た目には弱って見える。
だがハセガワは、サクラガワに対し、大きな敗北感を表していた。
「短い間でしたが、
私はこの力を使いこなすため、
工夫を重ねてきました」
「ですが……」
「あなたは何もしてこなかったようですね。
ハセガワくん」
サクラガワは、見下したような言葉をはなった。
実際に、バカにする意図が有ったのかはわからない。
だが彼女の言葉は、ハセガワのプライドを、大きく傷つけたようだった。
「ぐっ……! うわああああああぁぁぁぁっ!」
ハセガワの叫びと共に、左手の紋章が輝いた。
強く、強く。
今までで1番大きな岩が、ハセガワの眼前に出現した。
矢に例えられたこれまでの石に比べ、その岩は、砲弾と言っても良かった。
まともに受ければ、少女の体などは、ただの肉片と化すだろう。
それがはなたれた。
岩は、その速度もまた、これまでで最も大きかった。
だが……。
それも光の壁とぶつかるなり、粉々に砕けて消えてしまった。
「まだだ……まだ……。
あ……?」
戦いを続けようとしたハセガワの脚が、ガクガクと震えた。
「紋章の力を限界まで使うと、
意識を失ってしまうのですよ。
そんなことも知らなかったのですね。
ハセガワくん」
「そん……な……」
ハセガワは、力を使い果たして倒れた。
「……………………」
地面に倒れたハセガワは、目を閉じて、動かなくなった。
どうやら気絶したらしかった。
「終わりましたね。
後の処理は、
衛兵さんにでも任せれば良いでしょう」
目の前の用件が済んだのを見ると、サクラガワはビョウに話しかけた。
「……お辛いですよね?
早く、休める場所に行きましょう」
(どうしてこの子は……俺にこんなにも……優しく……)
ビョウは拉致の主犯だ。
サクラガワから見れば、罪深い悪党だろう。
そんな自分に、どうして優しくしてくれるのか。
ビョウはそれがふしぎに思えてならなかった。
「俺は……お前たちに……話さないといけない事が有る……」
ビョウは搾り出すように言った。
「奇遇ですね。
私もあなたから、聞きたいことが有るのですよ。
ですがまずは、体を休めましょう」
少女はビョウを抱えたまま、しっかりとした足取りで、王都から離れていった。