表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/2

その1の2



 数日後。



 罪人であるビョウは、裁判を受けることになった。



 ビョウは手枷をはめられた状態で、裁判所へと連行された。



 そこで行われた裁判は、形式的なものだった。



 ビョウはロクな自己弁護も許されなかった。



 あらかじめ定められた流れにより、判決が下された。



「よって、勇者召喚罪の嫌疑において、


 ビョウ=ジャック被告を、有罪と認定。


 引き回しの後、王都追放の刑に処す」



(引き回し……。


 国に尽くしてきた俺に、この仕打ちか)



 ビョウは体に縄を巻かれた。



 兵士に縄の先をひかれ、裁判所から連れ出された。



 そして、王都の出口へと通じる、大通りを歩かされた。



 この刑罰は、あらかじめ喧伝されていたらしい。



 ……裁判が始まる前から。



 王都の人々が、大犯罪者を見ようと、通りに集まっていた。



 その中には、全員では無いようだが、勇者一行の姿も見えた。



(見に来たのか。


 自分たちをさらった男が、どう裁かれるのかを)



 王都の民と勇者たちの視線を受けながら、ビョウは歩いた。



 そのとき、ビョウの方へ石が飛んできた。



 観衆の1人が、ビョウに石を投げたらしい。



 それはビョウの頭にぶつかり、嫌な音を立て、地面に落ちた。



「この犯罪者が!」



「とっととこの国から出て行け!」



 投石は、1度では終わらなかった。



 次々に、ビョウに物が投げつけられた。



「俺にも当たるだろうが……!」



 縄をひいていた兵士が、慌ててビョウから離れた。



「ちょっとやりすぎじゃない?」



 勇者一行の1人が呟いた。



「犯罪者なんだから、仕方ないだろ?」



「俺たちをさらった奴の肩を持つのか?」



「それは……」



「うっ……ごほっ……」



 ビョウは血を吐いて倒れた。



 それでも、手心が加えられることは無かった。



「見ろ! 弱ってるぞ!」



「そのまま死んじまえ!」



 冷たい言葉が、ビョウに投げかけられた。



 ビョウは自分の手足が、冷えていくのを感じた。



(死……そうか……。


 俺は今日……こんなところで死ぬのか……)



 そのとき。



「…………」



 こつこつと、靴底が、地面を打つ音が聞こえた。



 罵声がとびかい、周囲は騒がしい。



 だがなぜか、その足音は、ビョウの耳にはっきりと響いた。



 何者かが、ビョウに近付いてきていた。



 ビョウは、足音の方を見ようとした。



 体は動かなかったが、辛うじて、足音の持ち主を見ることができた。



 銀髪の少女、サクラガワが、ビョウに歩み寄ってきていた。



 やまない投石が、少女の足に当たった。



「っ……」



 彼女は顔を歪めつつも、ビョウに歩み寄るのをやめなかった。



「やめろ! お前らやめろ! サクラガワさんに当たる!」



 ハセガワが叫んだ。 



「サクラガワ?」



「あの格好、勇者さまじゃないのか?」



「やべ……。勇者さまに石を……」



「いつまでも投げてんじゃねえ!」



 ハセガワは、再び叫び声を響かせた。



 投石が止まった。



 倒れたビョウの隣に、サクラガワと呼ばれた少女が立っていた。



「立てますか?」



 そう言ったサクラガワは、脚と額から血を流していた。



「怪我を……俺のせいで……」



「あなたのせいではありません。


 あの暴徒たちのせいです」



「暴徒……?」



「そうでしょう?


 たった1人相手に、大勢で石を投げるなんて」



 ビョウを痛めつけることは、国王の意思にかなったものだ。



 ルールの内に有る行為だ。



 彼らをただの暴徒だとは、言い切れないはずだ。



 だが……。



「……わからない。俺には。


 もう、何が正しいのか」



 ビョウはつらかった。



 王国を守るために、身を削ってきた。



 そんな自分が、今、王都の人々に責められている。



 どうしてこんな目に合わなくてはならないのか。



 そう叫びたい気持ちが有った。



 だが、弱りきったビョウには、殺虫剤を浴びた虫のように、震えることしかできなかった。



「行きましょう」



「どこに?」



「あなたが行くべき所に」



「……行くべき所なんて無い。


 けど俺は、国外追放を命じられている。


 ここには居られない」



「それなら、まずは王都から出ましょうか」



 ビョウは立ち上がろうとしたが、体に力が入らなかった。



「駄目だ。もう歩けない」



 ここが終着点で、自分はもう、どこにも行けないのだ。



 ビョウにはそう思えてならなかった。



 そんなビョウの考えなど、少女には知ったことでは無かった。



「お体に触りますよ」



 サクラガワは、ビョウに手を伸ばした。



「え……?」



 少女の腕が、一回り大きな大人の男を、抱きかかえた。



「やめてくれ……!


 怪我をしてるのに……!」



 サクラガワの頬は、額から垂れた血で、真っ赤に染まっていた。



 脚から流れた血は、彼女の靴下を汚していた。



 だが、彼女の表情は揺るがなかった。



「暴れないでください。


 私が疲れます」



「っ……」



 ビョウには暴れるだけの余力は無かった。



 脱力し、少女に身を委ねた。



 女になりかけの少女の香りが、ビョウの鼻をくすぐった。



 サクラガワは、ビョウを抱えたまま、通りを歩いていった。



 その様子は、人々を動揺させた。



「勇者さまが……どうして罪人を……?」



「どうなってんだこりゃ?」



「サクラガワさん……どうして……」



 人々は戸惑いながら、何もできず、ビョウたちを見送った。



 サクラガワはそのまま、王都の出口へと向かった。



 王都の周囲は、頑丈な壁に囲まれている。



 その壁の、正門の所へと歩いた。



 門の手前の検問所には、見張りの兵が配備されていた。



 兵たちが、近付くサクラガワたちに気付いた。



「あれは、ビョウ=ジャックか? 王都を追放になるっていう」



「けど、どうして抱きかかえられてるんだ?」



「あの格好……まさか、勇者さまか?」



 検問所を預かる者として、放っておくわけにはいかない。



 部隊長が、兵たちを代表し、サクラガワに話しかけた。



「勇者さまでいらっしゃいますか?」



「そう呼ばれているみたいですね。私たちは」



「その男は、ビョウ=ジャックですか?」



「はい」



「どうして勇者さまが罪人を?」



「いけませんか? 私がこうしていては」



「……いえ。滅相もありません」



「それでは、ここを通らせていただいても、構いませんね?」



「はい。もちろんです」



 疑問は有るが、勇者に歯向かうべきでは無い。



 そう判断した部隊長は、サクラガワを通すことに決めた。



 サクラガワは、無事に門を通過した。



 彼女の足が、壁の外の大地を踏んだ。



「サクラガワさん!」



 男の声が聞こえ、サクラガワは振り返った。



「ハセガワくん」



 門の所に、ハセガワが立っていた。



「どこに行く気だよ……!」



 ハセガワは、必死な形相で、サクラガワを問い詰めた。



 サクラガワは、真顔で答えた。



「この人が、安全に暮らせる所へ」



「どうしてそんな奴を庇うんだ!


 俺たちを拉致したクズだぞ!


 そいつは!」



「私たちを拉致したから、


 彼のことが許せないと?」



「当たり前だろ!?」



「それではどうして……。


 あなたは国王に良い顔をしているのですかね?」



「え……? どういう……?」



「もう行っても構いませんか?


 どこかで彼を休ませてあげたいのですが」



「行かせない……!」



 ハセガワは、左手をサクラガワに向けた。



 その手の甲には、土色の紋章が有った。



 それは特異な力を持つ、召喚者の証。



 勇者の紋章だ。



「勇者の紋章の力を、私に向けるのですか?」



 紋章の力は、その持ち主によって異なる。



 だがどれも、強力な力を持っていることに変わりは無い。



 それを人に向けるのかと、サクラガワはハセガワに問うた。



「そっちの聞き分けが無いのが悪いんだろ……!」



「聞き分け?


 どう動こうが、私の自由だと思うのですが」



「今は大変な時期なんだ!


 クラスメイト同士、


 30人で、


 力を合わせないといけないんだ!


 勝手な行動が、許されるわけ無いだろ!」



「30人……。


 やはりあなたも、2組の人たちのことは、


 仲間だとは思っていない様子ですね」



「2組のクズどもが何だって言うんだ……!」



「先が思いやられます。


 彼の事が無かったとしても、


 私は単独行動を選んだかもしれませんね」



「認められないって言ってるだろ……!」



 ハセガワの紋章が輝いた。



 ハセガワの手のひらの前方に、土色の魔法陣が出現した。



 魔法陣からは、石の矢が放たれた。



 勢い良く飛んだ矢は、そのままサクラガワを貫くかのように見えた。



「そうですか」



 サクラガワの左手の甲が、輝いた。



 そこには白い紋章が有った。



 紋章が、サクラガワの周囲に、光の壁を形成した。



 壁に衝突した石の矢は、粉々に砕け散った。



 その破片の1つすら、サクラガワに届くことは無かった。



 矢は土色の粉になり、煙のように風に溶け、散っていった。



「あなたの力では、私の壁を破れないようですね」



「まだだ……!」



 1度攻撃を防がれても、ハセガワは諦めなかった。



 ハセガワは単調に、同じ攻撃を繰り返した。



 だが全て、光の壁に防がれてしまった。



「どうしてだ……!? 同じ勇者なのに……!」



 サクラガワの反撃が無いため、ハセガワは無傷のままだ。



 大通りで投石を受けたサクラガワの方が、見た目には弱って見える。



 だがハセガワは、サクラガワに対し、大きな敗北感を表していた。



「短い間でしたが、


 私はこの力を使いこなすため、


 工夫を重ねてきました」



「ですが……」



「あなたは何もしてこなかったようですね。


 ハセガワくん」



 サクラガワは、見下したような言葉をはなった。



 実際に、バカにする意図が有ったのかはわからない。



 だが彼女の言葉は、ハセガワのプライドを、大きく傷つけたようだった。



「ぐっ……! うわああああああぁぁぁぁっ!」



 ハセガワの叫びと共に、左手の紋章が輝いた。



 強く、強く。



 今までで1番大きな岩が、ハセガワの眼前に出現した。



 矢に例えられたこれまでの石に比べ、その岩は、砲弾と言っても良かった。



 まともに受ければ、少女の体などは、ただの肉片と化すだろう。



 それがはなたれた。



 岩は、その速度もまた、これまでで最も大きかった。



 だが……。



 それも光の壁とぶつかるなり、粉々に砕けて消えてしまった。



「まだだ……まだ……。


 あ……?」



 戦いを続けようとしたハセガワの脚が、ガクガクと震えた。



「紋章の力を限界まで使うと、


 意識を失ってしまうのですよ。


 そんなことも知らなかったのですね。


 ハセガワくん」



「そん……な……」



 ハセガワは、力を使い果たして倒れた。



「……………………」



 地面に倒れたハセガワは、目を閉じて、動かなくなった。



 どうやら気絶したらしかった。



「終わりましたね。


 後の処理は、


 衛兵さんにでも任せれば良いでしょう」



 目の前の用件が済んだのを見ると、サクラガワはビョウに話しかけた。



「……お辛いですよね?


 早く、休める場所に行きましょう」



(どうしてこの子は……俺にこんなにも……優しく……)



 ビョウは拉致の主犯だ。



 サクラガワから見れば、罪深い悪党だろう。



 そんな自分に、どうして優しくしてくれるのか。



 ビョウはそれがふしぎに思えてならなかった。



「俺は……お前たちに……話さないといけない事が有る……」



 ビョウは搾り出すように言った。



「奇遇ですね。


 私もあなたから、聞きたいことが有るのですよ。


 ですがまずは、体を休めましょう」



 少女はビョウを抱えたまま、しっかりとした足取りで、王都から離れていった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ