その1の1
試し書き。
2話だけ投げます。
地球では無いどこか。
フラウント王国の首都、王都フラウナ。
広い都の中央には、国王が住む王城が有った。
その玉座の間には、国王であるミガーテ=ジークアイの姿が有った。
ミガーテは、玉座に座り、宮廷魔導士長のビョウ=ジャックと対面していた。
ミガーテは、派手な赤い衣装をまとった、中年の王だった。
髪色は茶で、鼻の下と顎に、立派なヒゲを生やしていた。
ミガーテは玉座の左右を、槍を持った兵士に守らせている。
対するビョウは、20代ほどの、ひょろりとした男だった。
顔色が悪く、頬がこけている。
髪は美しい銀の長髪だが、それがかえって、彼に病的な印象を持たせていた。
体には、黒のローブを着用している。
これは、この国の宮廷魔導士の証だった。
ミガーテが、ビョウに言った。
「ビョウ=ジャックよ。
お前に勇者の召喚を命じる」
「勇者……ですか?」
国王の意外な言葉に、ビョウは疑問符を浮かべた。
「知らんのか?
宮廷魔導師長ともあろうものが」
「いえ。
書物で目にしたことはあります。
異世界から呼び出される、
並外れた力を持つ戦士たちの事ですね。
ですが、なぜ?」
「なぜ……だと?
世界が七邪竜の
脅威に苦しめられている今、
なぜかと問うか」
この世界には今、6体の凶悪な竜が存在している。
居るだけで人への害を撒き散らす、恐るべき災厄だ。
邪竜の討伐は、この世界の人々の悲願だと言えた。
国王は、その邪竜を倒すため、勇者を呼ぼうと考えているらしい。
「それは……その……」
「出来るのか。出来んのか」
「おそらくは、可能かと思われます」
「やれ」
「ですが陛下。
召喚によって呼び出される者たちは、
この国の民ではありません。
この世界の人間ですらありません。
無関係の者たちです。
そんな者たちを、
同意無く召喚し、戦わせるのですか?」
「呆れ果てたぞ。ビョウ=ジャック」
「えっ……」
「無辜の民を救うため、剣を取る。
これは正義だ。
男は皆、生まれながらにして、
正義を行わなくてはならぬ。
これは義務だ。
その義務に、世界の差異など関係が無い。
力を持つ勇者であれば、
この世界を救わねばならん。
そうであろう?」
(本当にそうか……?)
この世界の平和は、この世界の人々で守るべきでは無いのか。
ビョウは内心で、そう感じていた。
だが……。
「これは王命だ。
逆らえば、罪に問われると思え」
「……わかりました」
王命に逆らうことは出来ない。
ビョウが勇者を召喚することが決まった。
……。
決定の日から、1ヵ月が経過した。
儀式の場は、王城の広間に決まった。
宮廷魔導士たちにより、大がかりな準備が進められた。
その成果として、広間には、大きな魔法陣が設置されていた。
勇者を呼ぶための、召喚陣だ。
「陛下。勇者召喚の準備ができました」
全ての準備を終えたビョウが、国王にそう告げた。
魔法陣の周囲には、国王とその護衛の兵士、さらには宮廷魔導師たちの姿が有った。
「ならばやってみせろ」
「御意に」
ビョウは、召喚陣の外周の辺りで、膝をついた。
そして、魔法陣に手を伸ばした。
ビョウの手が、魔法陣に触れた。
ビョウの魔力回路と、魔法陣の回路が接続された。
ビョウは自分の手から、魔法陣に魔力を流していった。
ビョウの魔力は膨大だ。
大量の魔力が流れることで、広間が大きく震えた。
「おお……!」
「これが魔導師長の全力……!」
周囲に控えていた魔導師たちが、驚嘆の声を上げた。
(別に全力じゃ無いんだが……。
まあ良いか)
下らないことを考えながら、ビョウは魔力操作を続けた。
だが……。
「う……ごほっ」
突然に、ビョウが吐血した。
「魔導師長!?」
新米の宮廷魔導師が、慌てた様子を見せた。
だが多くの者は、特に揺らぐことは無かった。
「構うな。続けさせろ」
表情1つ変えず、国王はそう命じた。
「……はっ!」
ビョウは儀式を続けた。
そして、成果が見える時が来た。
魔法陣が、強い輝きをはなった。
広間中が、白い光に包まれた。
そして……。
「多いな」
国王がそう呟いた。
ビョウは、召喚陣の上に現れた者たちを見た。
魔法陣の上に、大勢の男女が出現していた。
(六十……二人か)
ビョウはその人数を、瞬時に断定した。
魔法陣の上に立つ60人は、まだ年若い少年少女だった。
大人はたった2人のようだ。
彼らは皆、似たような衣服を身に付けていた。
男子は黒の詰襟服。
下半身にも、上着と同じ生地の、黒いボトムを着用していた。
女子はみんな、同じ青色のスカートをはいていた。
上着は白が基調で、エリやソデの色は、スカートと同じ青だった。
……ビョウは一瞬で、そこまでを観察していた。
出現から少し遅れて、若者たちが騒ぎ出した。
「えっ?」
「ここは?」
「あれって王様じゃね?」
「おまえ髪の毛の色、変わってるぞ」
「おまえもだけど」
「ステータスオープン! ステータスオープン!」
(言葉は通じる。召喚の儀はうまくいったようだ)
ビョウはそう考えた。
勇者召喚の儀式には、召喚された者への、言語能力の付与も含まれる。
それがうまくいったようで、ビョウは安心した。
「勇者さま。どうかお静まりください」
ビョウは、王城の人々を代表し、若者たちに声をかけた。
「あなたは?」
ハタチ後半くらいの、メガネをかけた男性が、ビョウに問いかけてきた。
黒髪で、背は平均よりほんの少し高いくらいか。
おとなしそうな外見だが、その物腰はしっかりとしていた。
彼らの保護者だろうか。
ビョウはそう推測した。
「私はこの国の宮廷魔導師、ビョウ=ジャックという者です。
このたびは、我々の召喚陣により、
みなさまを、勇者として召喚させていただきました」
「召喚……?」
「私たち、拉致されてしまったのでしょうか?」
銀髪の女子が、そう呟いた。
彼女はすらりとした体格の、品の良い美少女だった。
彼女の呟きの直後……。
「この犯罪者があああああぁぁぁっ!」
「っ!」
茶髪の4白眼の男子が、怒声と共に、ビョウに殴りかかった。
ビョウはそれをよけられなかった。
ビョウの頬に、少年の拳が突き刺さった。
ビョウは立っていることができず、地面に倒れた。
「う……」
背中を地面に付け、ビョウは呻いた。
「おい! ハセガワ! いきなり何をしてるんだ!?」
眼鏡の男性が、ビョウを殴った男子に、声をかけた。
少年の名は、どうやらハセガワというらしい。
ハセガワは、眼鏡の男性を無視し、さらにビョウに襲いかかった。
彼はビョウにまたがり、拳による追撃をくわえた。
「犯罪者にっ! 鉄槌だ! このっ! このっ!」
拳の雨が、ビョウの顔に降りそそいだ。
どこかをチラチラと振り返りながら、ハセガワはビョウを殴り続けた。
「陛下……」
兵士の1人が、国王に声をかけた。
「ほうっておけ」
国王は、小さくそう呟いた。
「ぐっ……! うっ……!」
ビョウは抵抗することが出来ず、ハセガワに殴られ続けた。
「やめろハセガワ!」
眼鏡の男性が、ハセガワに掴みかかった。
「サトセンごときが、俺に命令してんじゃねえ!」
ハセガワは、眼鏡の男性を振り払い、再びビョウを殴りつけようとした。
そのとき。
「やめていただけますか?」
銀髪の女子が、凛とした声で言った。
氷雪のような視線が、ハセガワに向けられていた。
「サ……サクラガワさん……」
彼女にそう言われたことで、ハセガワは、今までに無い動揺を見せた。
「こいつは俺たちを拉致した、悪いやつで……」
ハセガワは、自己を正当化しようとした。
だが、サクラガワという女子の視線は、冷たいままだった。
冷めた表情のまま、サクラガワはハセガワを咎めた。
「そうですか。
それはそれとして、人を殴るときに、
こちらをチラチラと見るのは、止めてもらえますか?
私が暴力の理由にされているようで、
気分が悪いです」
「う……」
痛い部分を突かれたのだろうか。
男子は居心地悪そうに、ビョウの上から立ち上がった。
「……命拾いしたな。オッサン」
小声で呟き、ハセガワはビョウから離れていった。
自由になったビョウは、上体を起こした。
「ごほっ……ごほっ……」
ビョウの口から、ぼとぼとと血が流れた。
「あの人血を吐いてる……」
女子の1人が、気の毒そうに言った。
「テメェ。口の中切ったくらいで、おおげさにしてんじゃねえぞ!」
ハセガワがビョウに怒鳴りつけた。
「……もうしわけありません。勇者さま」
「勇者? 勇者ね。
選ばれし者ってワケだ? 俺たちは」
ハセガワはそう言うと、ニヤリと笑った。
「勇者どの」
国王が前に出た。
「アンタは?」
ハセガワが、値踏みするかのように、国王に問うた。
一国の王への態度としては、無礼だったかもしれない。
だが国王は、気にした様子を見せなかった。
「私はこの国の王である、ミガーテだ。
このたびは、
宮廷魔導師の暴走により、
このような拉致事件を起こしてしまい、
申し訳無いと思っている」
「暴走……だって……?
アンタは……」
かすれた声で、ビョウが言った。
勇者の召喚は、国家事業だったはずだ。
それをなぜか、ビョウ1人の仕業のように言われている。
ビョウは困惑して、ミガーテを問い詰めようとした。
「その犯罪者を黙らせろ」
ミガーテが、周囲の兵士に命じた。
「えっ……?」
ビョウは、王国守護の功労者だ。
国家を代表する天才魔導師だ。
そんな大人物に対しての、無慈悲な命令。
兵士たちは、困惑して動けなかった。
「王命が聞けんのか。
アレを打ちのめせと言っている」
「はっ!」
命令を重ねられたことで、ようやく兵士たちは動き出した。
兵士たちは、ビョウを囲みこんだ。
そして、槍の柄の部分で、ビョウを殴りつけた。
「ぐ……あ……」
既にハセガワから、手痛い暴力を受けている。
彼の肉体は限界だった。
ビョウは意識を失っていった。
「乱暴はやめてください」
冷え冷えとした少女の声が、ビョウの耳に残った。
冷たい声なのに、ビョウにはなぜか、温かく感じられたのだった。
……。
「っ……」
ビョウは目覚めた。
「起きたか。大罪人」
「ここは……?」
ビョウは上体を起こし、周囲を見た。
ビョウは周囲3方を、石壁に囲まれていた。
そして、1方には、鉄格子が見えた。
ここは牢屋だ。
ビョウはそれに気がついた。
鉄格子の向こう側には、兵士の姿が見えた。
兵士はビョウの疑問に答えた。
「ここは城の地下牢だ。
罪を犯したお前には、お似合いの場所だな」
「罪だと……?」
「しらばっくれるな。
国王陛下に内密で、
城の広間に改造をほどこし、
独断で、勇者さまを召喚した。
恐れ多いことだ」
「陛下は……召喚の責任を……全部俺に押し付けるつもりか……」
「無礼だぞ。
ここで貴様を切り捨ててやっても、
誰一人困らないということを忘れるな」
「…………」
(俺に罪が無いわけじゃない。
異世界の若者たちを、
強引に、この世界に拉致した。
それは紛れも無い事実だ。
裁かれること自体は仕方が無い。
けど……。
それがアンタのやり方かよ。国王陛下)
泥を被せるにしても、やり方というものが有るだろうに。
不義理が過ぎる。
ビョウの国王への忠誠心は、その根元までが絶えようとしていた。