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バカな後輩にテストで平均点以上出すたびにお願いを1つ聞くと言ったら5教科全て満点をとってしまった

作者: 底花

「先輩~。もう諦めて一緒に遊びましょうよ~」


 放課後、所属する文芸部の部室で俺は苛立ちを隠せずにいた。それもこれも全ては俺の目の前にいるこの後輩が原因である。


「誰のせいで苦労してると思ってんだ」


「そんなこと言っても仕方ないじゃないですか。私だって頑張ってるんですよ」


 悪びれもせずそう答えるコイツは望月薫(もちづきかおる)。俺の1個下の後輩だ。現在、俺は望月の試験勉強を手伝っていた。というのもコイツの成績はいつも5教科全てで赤点スレスレであと1問間違っていたらアウトというのもよくあることらしい。困った教師陣がうちの部活の顧問に泣きついてどうにかしてくれと頼み、その依頼が顧問の先生から俺のところまで回ってきたのだ。

 

「というかお前文芸部なんだから国語くらい点数とれよ!」


「ほら国語って古文とか漢文って難しいじゃないですか」


「現代文も別に点数とれてないだろ」


「そこをつかれると弱いですね」


「全く、他の教科も教えても教えても覚えないしどうすればいいんだ……」


 正直、ここ数日自分の試験勉強の合間に教えていたが完全に手詰まりだ。よく考えてみれば教えるプロである先生方が教えようとして無理だったのだからこの結果は必然なのかもしれない。頭を抱えて数十秒、望月が「大丈夫ですか先輩?」と声をかけてきたのと同時に妙案を思いついた。


「望月、お前ご褒美と罰どっちで頑張れる派だ?」


「いきなり何ですか? そりゃご褒美の方がいいに決まってます」


「そうだよな。よし決めた。次のテストで平均点1教科超えるたびに1つ俺がお前の願いを叶えられる範囲で叶えてやる」


 ガタっと机が揺れ望月の顔がテーブルの向かいの俺の顔に近づく。近い、近いちょっと近すぎるので離れてくれ。


「男に二言はありませんね?」


「どちらかというとそれって男側が言うセリフじゃないか? まあいい。ただ1つのお願いで使える金額は1000円以内な」


 みみっちい男と思われたかも知れないがこちらも懐がそんなあったかくないのだからしょうがない。


「分かりました。そうとなったら私はちょっとこれからやることがあるので失礼します。ではまた試験後に会いましょう」


「おい、ちょっと待っ……」


 全てを言い終わる前に望月は素早く部室から出て行ってしまった。


「俺が教えなかったら誰から教わるつもりなんだあいつ……」


 俺の声が1人しかいない部室に空しく響いた。それから試験までの数日俺は部室で試験勉強をしていたが望月が再び姿を表すことはなかった。




 試験が終わって数日後、望月は久しぶりに部室に姿を見せた。うちの文芸部はゆるい部活なので部員が勝手に休むことも珍しくないのだが、俺と望月は平日はほぼ毎日部室に来ていたのでここまで会えないことはなかった。望月は前に見た時よりも少しやつれているように見える。俺が思っていたよりも真面目に勉強したのかもしれない。そう思っていると俺の視線に気づいたのか望月が俺の方を見て口を開いた。


「先輩、前に先輩が言ったこと覚えていますか?」


「ご褒美のことだろ。もちろん覚えてる。そろそろ結果返ってきてるだろ後で平均点確認するから……」


「平均点なんて確認する必要ないですよ」


 そう言うと望月はバッグからクリアファイルを取り出すと更にそこから答案用紙を出した。


「なんだと……」


 そこには100という数字が右上に書かれた5枚の答案用紙があった。


「どういうことだ望月」


「どういうことって5教科全部100点だっただけですよ」


「だけって、お前高校生の試験で100点とかしかも5教科全てで簡単にとれるわけないだろ」


 うちの高校は一応進学校ということになっている。そのため、どの教科でも試験は一定水準以上の難易度はあるはずだ。それをいつも赤点ギリギリだった奴がいきなり全て満点をとったと言われたら、疑いたくなるのも仕方ない話ではあると思う。


「だからすご~く頑張ったんですよ。頭のいいうちのお姉ちゃんに協力してもらって。お姉ちゃん凄くスパルタだから本当は頼りたくなかったけど……。休日なんて早朝から深夜までつきっきりでもう思い出したくもないです」


 望月は心底うんざりした顔をしている。どうやら俺が見ていない所で本当に頑張っていたようだ。今回の望月の驚異的な点数に俺が絡んでいないのが少し思うところがあるが、先生方の願いを叶えられて良かったと考えよう。


「そうだったのか。頑張ったな」


「ありがとうございます先輩。それで早速ご褒美のことなんですけど……」




数十分後、俺と望月は俺の部屋で向かい合って座っていた。いったいなぜこんなことになったのか。それは望月への最初のご褒美が原因である。


「先輩の家まで連れて行ってください」


 文芸部の部室で望月は俺にそうお願いしてきた。ご褒美は何かしらを奢らされると思っていたのでこのお願いは完全に予想外だった。女子を家に招くのは小学生の頃以来なのでお願いを聞くか迷ったが、頑張った望月はじめのお願いなので断るのもどうかと思い了承し今に至るというわけだ。


「ここが先輩の部屋なんですね」


「あまりじろじろ見るな」


 普段からそこそこの頻度で掃除しているし、見られて困るものもないはずだがそんなにも周りをきょろきょろされると少し恥ずかしい。


「普段先輩はここで暮らしているんですね」


 望月は心なしか嬉しそうだ。俺の部屋なんか見て何が楽しいんだろうか。まあ、望月は今回の試験いつもの比にならないくらい努力したようなので、俺の部屋に来て良かったと思えるなら幸いだが。




「で俺の部屋に来たから1つ目のご褒美は済んだとして……。他4つのご褒美は決めているのか?」


「はい、では次のご褒美お願いしてもいいですか?」


「いいぞ」


「私の事、名前で呼んでください」


 また予想していないご褒美がきた。俺の予想はもう当たらないと思った方がいいな。


「そんな事でいいのか?」


「はい、お願いします」


 別に望月の名前を言うくらい簡単……。おい、望月ちょっと顔を赤らめるな。なんだかこっちまで恥ずかしくなってくるだろ。


「か、薫」


「はいっ」


 望月の見せた笑顔は少なくても今日1番の笑みだった。なんだかとても気恥ずかしかったが望月が嬉しそうならよかっ……。


「今日は私が帰るまでそのまま薫って呼んでくださいね竜也(たつや)さん」


 どうやらこのご褒美は始まったばかりらしい。それと何気なく俺の事名前呼びするの破壊力が絶大すぎるから止めてくれないか望月。




「2つ目のご褒美はこれからやってくとして。もちづ……じゃなかった薫、次のご褒美はなんだ」


「次はですね……。私にハグしてください!」


 いきなりぶっとんだご褒美きたな。もう俺の予想の遥か斜め先を行っている。


「なんだハグって」


「ハグっていうのはですね。私に竜也さんがギュッと抱き着いて愛してるって囁いて……」


「ハグそのものを知らないわけじゃない。それに変なオプション付けるな」


「それならいいじゃないですか。お願いしますよ~」


 名前呼びもそれなりに恥ずかしかったがハグはその比ではないだろう。正直に言って俺のような陰キャにはハードルが高すぎる。というか異性の先輩にハグなんて頼むか? ジェネレーションギャップか? 俺と望月の世代の間に深い溝でもあるのだろうか?


「か、薫は俺にハグされてなんとも思わないのか?」


 俺がそう聞くと望月はまた少しだけ顔を赤らめた。


「なんとも思わなかったらこんなこと頼むわけないじゃないですか」


 それはどういう意味だろうか。いや、あまり考えるのはよそう。考えすぎると身が持たない気がする。


「そうか。まあ薫は今回頑張ったからな特別だぞ」


 そう言って俺は望月が言葉を挟む隙も作らず勢いよく抱き着いた。悩んでいると一生達成できないので勢いに身を任せることにする。


「こ、これでいいか薫?」


「この状態で10分間維持でお願いします」


「10分もか?」


 望月の女の子特有の柔らかさや良い匂いが感じ取れてしまうほど近くにいて心臓が今にも裂けそうなこの状態で10分? それはご褒美通り越して俺へのある種の拷問ではないだろうか。


「あと余裕があるなら薫、愛してるよって言ってみてください」


「あるかそんな余裕」


 今でもギリギリなのにそんなことしたらキャパオーバーである。それと望月俺に抱き着かれた状態で俺の匂い嗅ぐの止めてくれ恥ずかしいとかいうレベルじゃない。


「じゃあご褒美の権利4つ目使うので言ってください。薫、愛してるよって」


「ご褒美の連続使用は反則じゃないか?」


「そんなルール定められていませんよ。さあ、竜也さん可愛い後輩のためだと思って」


 思っていても自分で可愛いって言うな。先輩としての贔屓目を抜きにしても望月は可愛い方であるとは思うが……。話が逸れた、まあ確かにここでご褒美の権利を消費させればあと1回でこの地獄も終わりだ。ここまでこなしてきたんだ。やってやろうじゃないか。


「カ、カオル、ア、アイシテル……」


「先輩どうしたんですか! ロボットよりロボットみたいな言い方ですよ。もう少し、いや、出来る限りの心をこめて言ってください」


 思わず棒読みになってしまった。どうやら俺は演者には向いていないようだ。そもそも台詞の難易度が高すぎる。愛してるなんて日常会話で言わないし、それに心こめるとか顔から火が出そうだ。だが、ここで諦めたら男の名折れだ。次で決めよう。


「薫、愛してる」


 よし詰まらずに言えた! 今のは中々上手く言えたのではないだろうか。そう自分では思っていたのだが望月からの返答はない。また、やり直しかと不安に思い声をかけようとするといつもより少し小さい声で返事がきた。


「ま、まあいいんじゃないですか。ギリギリ合格点ですね。……あと数分ハグは継続でお願いします」


 台詞を言い終えた後、ハグをしていて望月の体温が少しだけ高くなった気がするがそれは俺の気のせいだろうか。




 ハグを終えて数分、俺と望月は再び向かい合っていた。


「これで4つ目までご褒美が終わったな。次で最後のご褒美だが決めているか薫?」


 もう薫呼びも慣れてきた。意識しなければ明日からもふとしたときにそう呼んでしまいそうだ。


「もちろん決めてます」


「そうかじゃあ最後にして欲しいことを教えてくれ」


 望月は深呼吸をし始めた。どうやら最後のご褒美はハグや恥ずかしい台詞を頼んできた望月でも覚悟を決めなければ話せないことらしい。少しして望月はカッと目を見開き、口を開いた。


「好きです先輩! 付き合ってください!」


 その告白によって俺の中で疑問だった点が全て繋がっていった。なぜ俺の部屋に来て名前呼びさせてハグさせて恥ずかしい台詞言わせたのか。俺に好意があったなら全て合点がいく。俺はとんだ鈍感野郎だったようだ。


「ごめん。それは叶えられない」


 望月が絶望した表情で俺を見つめてくる。しまった、言葉が足りなかったか。


「まだ話は終わっていない。俺はご褒美ということで薫と付き合いたくなかっただけだ」


「つまり、どういうことですか?」


 今度は俺が勇気を出す番か。俺は望月を真っ直ぐ見て言葉を紡ぐ決意をした。


「望月、俺はお前のことが好きだ。これは言わされたからじゃない。俺と付き合ってくれ」


 望月の顔が真っ赤になる。真っ青になったり真っ赤になったり忙しい後輩だ。


「嫌です」


「は?」


「私の心を弄ぶ意地悪な先輩なんてもう嫌いです」


 望月が涙目になっている。感情のアップダウンが激しすぎたらしい。ちょっと拗ねているようだ。


「望月だって俺の事好きって言ってくれただろ?」


「望月じゃありません~。薫です~」


 いや、望月でもあるだろ。俺がややこしい告白したせいでめんどくさいことになってしまった。


「しょうがない。断られてしまったから諦めるか」


 望月の方をチラッと見る。動揺を隠せていない。


「どうして諦めるんですか! 次告白したらオッケー出るかもしれないじゃないですか!」


「いや、1回断られたらすぐには無理だろ」


「先輩の優しい後輩の薫ちゃんならチャンスありますよ」


 なんかここまでくると逆に告白したくなくなってくるな。まあ、惚れた弱みだ可愛い後輩の思惑に乗ってやるとするか。


「じゃあ改めて言うぞ。好きだ。付き合ってくれ」


「……私のこと本当に好きですか?」


「ああ」


「好きな所、具体的に3つ挙げてください」


 試験問題か。いきなり言えって言われたらカップルでも出てこないだろ。


「えっと、話していて楽しい。一緒にいて気楽。可愛い」


「……まあ、いいです。では竜也さん、あなたは望月薫を一生愛することを誓いますね」


「一生?」


「誓いますね」


 近い、近い、段々言いながら近づいてくるな。圧が凄い。


「誓います、誓います!」


「では誓いのキスを」


 キスってと言おうとした瞬間には俺の口は既に塞がれていた。こうして俺と望月はなんやかんやで恋人同士になった。




 後日、結局最後のご褒美の権利を使っていなかったので何に使うか聞くとこのような返答があった。


「1000円分として後にとっておきます。次からのもしばらくはお金として残しておいてくださいね」


 何気なく次の試験からも俺からのご褒美が決まってしまったが、可愛い恋人の為ならまあいいだろう。ただ薫は俺に何を買わせようとしているのだろうか。その答えが薫の部屋にあった。薫の部屋に招かれ薫が茶菓子を用意しに部屋を出た際、俺は1冊の本を見つけた。それは結婚情報誌で婚約指輪の特集が組まれていた。それを見て俺は将来薫の尻に敷かれる日も遠くないと感じるのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 結婚しろ!となるカップルでした。 実際結婚しそうですね(笑) 後輩の薫ちゃん、よく頑張りました。
[良い点] 面白かったです。 薫ちゃんは集中すればできる子だったんですね。 この先の二人の関係が楽しみです。
[一言] なんともかわいらしい……! 読んでいてニマニマしてしまいました。初々しくてかわいらしいカップル最高です。 恋する女の子に始終押され気味の主人公もなんともかわいらしく、ほっこりしました。 底花…
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