6話 秘密
「あなたもいったい何者なんですか」
私たちはフラワースライム討伐による花集めの依頼で、ギルド【アシスタンゼ】の会館から少し離れた山地を登ったところに広がっている、アヌスの森に来ていた。
そこでフラワースライムを倒していき、最初の方は順調に進んでいたが、奥に入ったところに、このあたりでは生息が確認されていなかった、ローズフラワネスが出現した。
同じ花の魔物だが、種族が違うのでこのエリアにはいないはずだが――ローズフラワネスの出現によって、私たち二人は苦しめられたのだった。
逃げることは難しいと判断したところで、マティアスは信号玉を投げ、周辺の冒険者に助けを求めた。
その間、毒と蔓による攻撃になんとか対処しつつ時間を稼ぐも、ついに蔓から伸びた棘によりマティアスは負傷してしまう。
マティアスが怪我の処置と毒からの回復を行っている間は私が防御に回り、冒険者二人――ルフとレオンが助けに来たときは私は直接戦いには参加せず、彼らに頼まれたローズフラワネスの弱点の感覚器である、目玉模様を弓矢で潰しただけ。
私は元から戦闘向きではないので特に目立った動きもしていないが……
何とか、私たちと冒険者二人で何とかローズフラワネスを撃退した後の休憩時間でマティアスは戦闘を振り返りながら何かを考えていた様子だった。
マティアスは何かに思いついたのか、考える仕草をした後、少し私の方に顔だけ向け、告げた。
あなたも一体何者ですか、と。
今回のローズフラワネス撃退はルフとレオンの二人の冒険者の助太刀がとても大きかったと思うが、私も?
「私は……何者でもなくマティアスさんもご存知の通り、支援ギルド【アシスタンゼ】の新人職員ですよ。確かに、ギルドに入る前は狩人でしたが…狩人といっても自分の必中距離まで獲物に近づいて気づかれる前に一矢で狩る――。そんな感じでした。対象と乱闘にもなったことが無いですし、弓を扱えても動きながらは難しいので…戦闘に関しては全くですよ」
「必中距離は先ほど、10メートルと言いましたよね。10メートルでも全く気づかれずに接近するのも凄いと思いますが……」
「――俺はヴェスタリカさんのことが分からない。盾を渡した時、俺はつい投げてお渡ししてしまいましたが、あの時、落としてしまうか、もしかしたら、怪我をさせてしまうかもしれない、と思いました。
ですが、ヴェスタリカさんは上手に受け取っていました。盾の重さを考慮して後ろに下がることで勢いを緩和させて。あの時、投げてしまったのは、たまたまで、別にヴェスタリカさんを試したわけではないですが、偶然にも、驚くものを、見せてもらいました」
少し早口気味になり息が苦しくなったのか一度息を整えると、お構いなしにマティアスはさらに続けた。
「それに防御、というのも簡単なことではないですよ。包帯を巻いているときに、少しあなたの戦い方を、見させていただきましたが、正面から受けるときは、勢いを殺し、蔓を弾くときは力の向き、威力を計算して上手く受け流していましたね」
「………。」
私は、今は黙ってマティアスの話を聞いていた。
彼は自分が見てきた事実だけでどんな結論を導き出すのか、気になった。
「さきほど、以前、狩人をやっていたと言いましたね。自分の必中距離まで獲物に近づいて気づかれる前に一矢で狩る、また、対象と乱闘にもなったことも無い。今までの経験からはあのような盾の使い方は学べないでしょう。
では、どこであの技術を学んだのか――それはまだ分からないですが、俺は少なくともそれがヴェスタリカさんが秘めている潜在能力の高さだと思っています」
「そのことについては――」
私は言うべきか迷っていた話を彼にするべきか、考えていた。
この話は私自身の過去に繋がることだし――
あの戦いから――ローズフラワネスとの戦いから生き延びたら、無事に帰ってこれたら私の「弟」のことを話すつもりだったのにそれどころではなくなってしまったようだ。
「うわっ、すみません!詮索しすぎました。今日出会ったばかりなのに戦いに勝って生き延びたのでつい舞い上がってしまいました」
「いえいえ、私も一緒に戦う中で、お互いの絆が少しでも深まっていれば嬉しいな、と思っています。きっと、今日一日で多くの刺激を受けすぎたからだと思います。」
「すみません、ありがとうございます。ヴェスタリカさんとは、これからも関わると思うので、また同行していただく中で色々知っていきますね――」
彼の話が終わった瞬間に私は話を切り出した。
このままだとお開きムードになりそうで、こういった話はできなくなりそうだったからだ。
「あの時話した、私の弟のこと・・・とは少し話がずれますが、実は私、4人姉姉弟で私たちはかつては狩人でした。姉は戦闘技術という面では、私よりかなり高いです。狩るという意味では姉は一匹も獲物を殺していません。囲い猟をするときは、射るのはいつも私が行っていたので。今思えば姉は、私が動かずとも矢を射れるようにタイミングを計算し私の方まで獲物を誘導していたのかもしれません」
彼は真剣に私の話を聞いてくれた。時折、相槌を入れながら――
「お姉さんは凄い方だったんですね」
「とても才能に溢れ、極めてしまう人です。私は到底追いつけません」
私の2人いるうちの1人の姉は魔法の才能を見出し、魔法使になった――
――という話は伏せたが、それは姉リリィは純魔法使では無いからだ。
魔法使になったきっかけは私も実はよく知らない。もうひとりの姉のシャルロッタは理由を知っているようだが、一切話さない。
だが姉2人ともすごい人なのは事実だ。
そしてもう1人――
「私の3つ下の末っ子の弟のことですが、弟はとあることがきっかけで狩人から冒険者になりました。この世界では何かのきっかけで急に冒険者になりたいと思うことはよくあること、と聞いているので特に心配はしていないのですが・・・」
私は一度切った。本当に話して良いのか思い返してしまったからだ。一瞬、逡巡したが思い切って言ってみることにした。これは自分で決めたことだから。
「・・・好奇心旺盛な弟や才能あふれる姉をみていると、私には何も無いと思ってしまう。だからこそ弟のように冒険に夢をはせる冒険者たちが安心して冒険できる世界にしたい、彼らの力に少しでもなりたいと思うようになりました。・・・変でしょうか?」
「なるほど、とても素敵なことですよ。だからあなたはあのギルドに入ったのですね。冒険者を支援するギルドに。今回の戦い、僕はヴェスタリカさんに助けられました。だからヴェスタリカさんは、進みたいと思った道を一歩前進しましたね」
というと、マティアスは少年のような笑顔になった。
彼は私の気持ちを受け止めてくれた。素敵なことと言ってくれた。私は少しホッとした。
私も彼に聞いてみたいことがある。もしかしたら彼も答えてくれるかもしれない。
「ありがとうございます。私もあなたに聞きたいことがあります――
あなたはなぜ、冒険者になったのですか?」
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。