4話 戻るために
読んでいただき、ありがとうございます。
「――もし、無事に戻ることができたら、さっきの話の続き、弟さんの話をしてくれませんか。」
少し毒が回ったのか、少し喋りづらそうにして話す彼の声を背中越しで聞いた。
もし戻ることができたら――
いや、絶対に戻って見せる。
そして私もちゃんと話をしよう。
さっき話すことができなかった、弟の話を。
その話をするために今はこの状況を何とかするんだ。
そう、心に決め私はローズフラワネスに相向かった。
ローズフラワネスは寄生しているキング・フラワースライムの体に蔓を突き刺し、貪る。
微動だにしていなかった、キング・フラワースライムがもぞり、と動いた。
(操っているのか……?)
「ギギギギギ……」
不気味な音を立てながら、体をくねくねさせたローズフラワネス。
何をしてくるのか予想ができないので、私も動きづらい。
後ろのマティアスの様子を横目で確認するが、まだ時間がかかりそうだが、毒消し薬の効果が効いてきたのか、少し動きが軽いように見えた。
――――ドスッドスッ
ローズフラワネスは何本もの何本もの蔓を地面に突き刺した。
キング・フラワースライムを操っている2本の蔓に加え、4本の蔓が地面に刺さっている。
ということは、4本の蔓も攻撃に使ってくる可能性もある。
「ギギギ……グギィィェェェェッ!」
威嚇声とともに、蔓が勢いよく迫ってくる――
集中状態の中で、冷静に分析する。
数は3本、そのうち2本は掠める角度、1本は正面から向かって来ている。
全く同時に向かってきているわけではないので――――
最初に迫ってきた左右の2本を盾で弾く。
僅差で向かってきた最後の一本を、正面から受ける。
まともに受けてしまうと、衝撃で体が飛ばされかねないので受ける瞬間、少し後ろに下がりながら、衝撃を和らげる。
だが、ローズフラワネスの攻撃は止まらない。
すかさず蔓の攻撃が3方向から迫ってくる――――
それらを躱す、受ける、弾く。
また、弾いて、躱して、受けてを繰り返す。
もう、考えながら防御はしていない。
見たまま、感じたままに体を動かす。
休む暇がないので既に息が上がり始めているが、少しでも止まると殺られてしまいかねない。
躱す、躱す、躱す…………!
躱しきれないときしか盾で弾いたり受けない。
それが、躱させるようにあえて躱しやすい攻撃をしたのが、ローズフラワネスの作戦だったと気づいた時、まだ治療をしているマティアスと距離が離れてしまっていた。
「っ!マティアスさん……!」
元の位置に戻ろうとするも、蔓の攻撃で近づけない。
ローズフラワネスがキング・フラワースライムに何かをしている――――
その瞬間、スライムの頬が膨らんだ。
(まずい…………!)
フラワースライムと戦っていたときに苦戦したあの技、毒攻撃が来る――
「ブシュゥゥゥゥゥッ」
フラワースライムよりも大量の毒が放射状に広がりながら、マティアスに向かっていく。
私の脳裏に咄嗟に浮かんだのは、今まで見てきた彼の戦い方だった。
あのときの剣を投げて戦っている姿――――
「これだっ!届け――――!」
迫ってきた蔓を躱し、盾をマティアスめがけて投げる。
私は盾を失うことになるが、重いものを持っていたときより、身軽になる。
防御はせず、避け続ければなんとかなるだろう。
見様見真似だったが私の投げた盾は、回転しながら放物線を描きながらマティアスに向かう。
「マティアスさん!受け取ってください!」
マティアスは私が投げた盾に手を伸ばす――――
その瞬間、毒が盾と交差した……!
「…………ナイスサポートです。ヴェスタリカさん。僕は無事ですよ。」
そう言うと、マティアスは毒が被り溶け始めている盾を地面に捨てた。
何とか間に合い、毒を被っている様子は無い。
だが、飛び散った毒がマティアスの防具を少し溶かしていた。
「あなたのお陰で、毒は何とか抜けたようです。まだ少し痺れは残っていますが、戦えないわけではないです。」
毒が抜けたとはいえ、少しふらつく様子を見せ、私が体を支える。
完全な状態では無いがマティアスは剣を再び握り直した。
「私は逃げ回って、蔓を分散させます。マティアスさんはその隙に……!」
作戦通りに上手くいくか分からないが、少しでも長く生き残るために、生き残る確率が高い方法をとらないといけない。
「行きましょう!」
ローズフラワネスの攻撃を分散させるために、私たちは左右に分かれた。
マティアスは剣で、防ぐこともそらすこともできるし、私は身軽になった分逃げ回ることはできる。
攻撃を分散させ、生き残る確率を上げ、少しでも時間を稼ぐんだ。
「え………!?」
――――予想は外れた。
現実は自分が思う通りには動いてくれない。
二手に分かれれば、分散すると思ったが、ローズフラワネスは毒で消耗して弱っているマティアスを集中攻撃したのだった。
フラワースライムに繋げていた2本の蔓も抜き、計6本で攻撃を仕掛けてきた。
強化したようで先ほど、私に仕掛けていたときよりも攻撃の手数が多く、素早い。
攻撃速度も上がった。
その攻撃を駆け出しの冒険者でもさすがのマティアス、全て躱しきったのだった。
だが、それも長くは続かなかった。
少しずつ、動きに鈍さが出てきていた。
体力も予想以上に消耗していたのだろう。
そしてついに、マティアスはバランスを崩した。
ローズフラワネスはそこを見逃さなかった。
立てない状態でもマティアスに剣で捌かれないように蔓を同時に打ち出す、それも広範囲に。
致命傷を避けることができても、また傷を受けてしまう。
集中状態で蔓がゆっくり動いているように見える中、私はそれを見守ることしかできなかった。
(――だめだ…………)
「連斬り――」
どこからか誰かの声が聞こえてきた。
ヒュボッ、と空気を切り裂く音とともに、ローズフラワネスの蔓6本が根本から切れる。
「何とか間に合ったようだな、少年少女たちよ。」
「なぜローズフラワネスがこんなところに……?」
何と、マティアスの窮地を救ったのは、2人の冒険者だった。
「冒険者さん、助けに来てくれたんですね!」
ローズフラワネスは自分の武器であり、手足でもある蔓を切断され、困惑している様子で反撃する姿勢を見せない。
助けに来てくれた冒険者2人は私たちを囲うような守備体勢をとる。
私たちにとっては貴重な休息時間だ。
「大丈夫か、少年。お嬢ちゃんは……丸腰じゃないか、こいつを持っておきな。使えるか?」
と言って渡してくれたのは、3本の矢と弓だった。
両手に握っている2つの道具を見て、過去の記憶が頭の中をかすめた。
「ええ……。短距離なら。それと、あの……助かりました、信号玉を見て気づいてくださったんですか?」
「ああ、そうだ。君たちはまだひよっこみたいなのになんでこんなところにいるんだ?」
私たちがこの場所にいる理由を聞いてきた。
現状を見て彼らにとっても初めて経験する、想定外のことが起きているんだから勘違いするのもしょうがない。
「……私たちは街の依頼を進行中だったんです。」
「依頼……?ああ、フラワースライムの討伐か」
マティアスが持っている布袋から少しはみ出している花の一部をみて、討伐依頼の内容を推測した。
「はい、ですがこの地域にはいない、あの魔物に出くわしてしまいまして……」
私はここに至るまでの経緯を詳らかに説明した。
「なるほど……そういうことだったのか、それなら大変だったな、君たち。」
そうか、そうかと私たちの説明を聞き、今の現状になった経緯を理解した2人の冒険者たちは励ましてくれる。
「あとは俺たちに任せな!少し休んでから参戦してくれ!あの魔物の弱点は花びらについてる2つの目玉だ!何とかしてどちらかを潰してほしい。」
「分かりました。目玉模様を1つ潰せば良いんですね」
「そうだ、あの目玉模様は俺たちの動きを感知する感覚器官になっている。片方でも潰せば魔物にとって半分が死角になる。そこが勝機だ。」
ローズフラワネスの字弱点の情報を私たちに告げると、大斧を持っている相方のもうひとりの冒険者に目で合図をし、飛び出していった。
私たちの役割は、息を整えたら、戦いに参加し、ローズフラワネスの弱点、目玉模様を片方潰すこと。
私たちが戦いに参加したら、またこちら側にも蔓攻撃を仕掛けてくるだろう。
目玉模様がある花びらまで近づくことは難しそうだ。
どうやらこれは、私に命運がかかっているようだ。
私は渡された弓を握りしめた。
「マティアスさん、私たちも一息したら彼らに参戦しましょう!そして早く、戻りましょう!」