1話 同行
「ここから先は少し危険ですよ……!気をつけてください!」
足元がぬかるんでいることに気づき、目の前にいる「少年」に私は注意を促した。
「はい!分かってますっ!」
と言う、盾を背負い、剣を挿している少年は疲れた顔もしておらず、楽しそうだった。
だいぶ歩いているのにも関わらず、少年の足取りは軽やかだ。
ゴツゴツとした岩の壁も難なく登っている。
「そちらは大丈夫ですか?ヴェスタリカさん!」
少年は後ろを振り返り、私が付いてこれているか、確認する。
「大丈夫です……!お気になさらず!」
と言いつつも、私の息は上がっている。
気を抜くと、滑りそうだし、標高は高いので空気も薄い。
「何で、配属したばかりなのに、こんなにキツいのよっ…………!」
数日前――――
ピンク色のサクラの花が満開に咲く時期、3階建ての木造の建物の前で一人の少女が立っていた。
彼女の名はヴェスタリカ・ヴェステルベリ。
この時期になると、多くの学生は学園を卒業し、世の中に出る。
世に出るということは、いつまでも学生気分ではいられない。
心機一転し、大人の一員にならなければならない。
ヴェスタリカは一つ深呼吸をすると、意を決め、その建物の中へつながる扉に手を添えた。
「よし!」
緊張感が高まる中、一歩足を踏み出し、扉を開ける。
扉を開けた先には、広々とした空間が広がっていた。
中央付近にいくつかの机があり、2列ずつ向かい合わせになっていた。
私は受付の横長机の前で一度立ち止まる。
「お待ちしておりました。ヴェスタルカさん、どうぞこちらへ。皆さん!こちらへ注目〜!」
受付担当らしき、女性職員が私を中央の方へ案内してくれる。
職員の方が一旦、手を止め、席を立つまでの間、私は周りを見渡す。
今現在、職員は6人いて、2つ空席があった。
何も無いきれいな机と書物が少し乱雑に置かれている机だ。
1人の職員は外出中なのかもしれない。
職員が全員立ち上がり、私に視線が集まったことを確認した、受付担当らしき女性の方は口を開いた。
「今日から私達の一員になり、今後一緒に働くことになります、ヴェスタルカ・ヴェステルベリさんです。まずはご挨拶をお願いたします。」
「はい!ギルド、アシスタンゼの皆様!私、ヴェスタルカ・ヴェステルベリと申します。今日からこちらでお世話になります!」
簡単に挨拶をし、お辞儀をする。
職員の方々は拍手で迎え入れてくれた。
「ヴェスタルカさんは、ヘステリアの街から来たそうです。遠くはるばる都市リナイへようこそおいでくださいました。」
「え、ヘステリアって……確か周辺に、港街オルランと国際重要漁港の一つに指定されているコーラスがあって、結構いいところじゃないっけ?」
「あと、郊外だし!」
「いえいえ……それほどでも無いです……」
名前、出身地、年齢、学校名は予め、面接等で話している。
深く語らなくとも出身地を言うだけでも、どのような風土、地域柄、町並みの中で育ったか、分かってしまう。
あまり、出身地のことを深堀されると困まる、というような顔をしていたのか、戸惑っている姿を見て
「ともかく、新しく入って来てくれて嬉しいよ!歓迎するよ!」
この職員の中で上位の立場らしき、男性の職員の方が、改めて歓迎の意を示した。
「ありがとうございます!まだ未熟で分からないことも多いと思いますが、冒険者の皆様のためにしっかりと支援できるよう頑張りますので、ご教授よろしくお願いたします」
私の第一歩は、良いスタートを切れそうだ。
良いスタートを切れそうだった……のに――――
「何で、配属したばかりなのに、こんなにキツいのよっ…………!」
「え?何か言いました?」
「何でも無いです――!」
独り言が聞かれていた恥ずかしさと、文句を言うのは良くないだろう、と気を引き締めるためにも叫び返す。
「そういえば、あなたが最近ギルドに入った方ですか?」
視界が開けたところに先についた少年が近くの岩に座り、遅い私が来るのを待っていた。
「――ええ、ギルドに入ったのは4日ほど前です。あなたも最近、登録をしに、ギルドに尋ねられましたよね?」
私たち駆け出し冒険者支援ギルド【アシスタンゼ】の会員になるためには入会書が必要だ。
その入会書を、彼は昨日持ってきた。
「はい!昨日ですね。どうですか?配属されてから5日たちましたよね、ギルド会館を訪ねた時、あなたも周りの先輩方と変わらない働きをしていたように見えましたが」
「そんなことないですよ、でもそう見えましたか?覚えることが多すぎて、ただ一生懸命になっているだけですよ……」
新人なのでここ数日は、書類の書き写しなど先輩の雑用などやることが多かった。
だが、ちょうどそこに彼が来た。
マティアス・ノーベル初級剣士だ。
つい最近、ジゼルニア学院を卒業し、冒険者への道を選んだとのこと。
冒険者の多くは生計を立てるため住民からの依頼をこなしながら、まだ見ぬ世界を探すために冒険をする。
もちろん依頼の中には魔物退治もある。
魔物退治の依頼は危険だが、貰える報酬が多い。
この街の周辺には魔物が多いので我がギルドへの依頼の掲示は絶えない。
冒険者への道は迷宮区や未調査地帯に行けば行くほど生死の堺に近づくものだが、その中でも実力があるものが生き残るので、全員がなれるものではない。
だが、ジゼルニア学院の出身者は、剣の腕など戦闘技術は平均的に高いと言われている。
駆け出しの冒険者のうちでも、学生時代に培った技術でなんとか戦うことができるのでそれなりに経験を積むことができるだろう。
ギルド会館内の他の先輩方は他の仕事で忙殺されていたので、そんな彼のことをまだ動ける私が初の担当を任されたのだ。
任務は――
「じゃあこの依頼、フラワースライムの退治はヴェスタリカさんにとっては初の同行になるんですね!」
同行というのは、冒険者の後方支援をしながら一緒に調査や任務をすることで、私のような新人職員は経験を積むため、現場に赴いて冒険者とコミュニケーションを取りながら、冒険者の考え方とかを学んだり、今後も関わっていくために交流を深めることも重要な仕事とされている。
私は彼の担当をするに当たって、一度マティアスの身体面等の戦闘能力を確認するために住民の簡単な依頼を受けることにした。
ギルド会館前にある掲示板に貼ってあった何枚ものフラワースライムの討伐依頼の紙の中から1枚選んだ。
「そうですね。ただ、低級といえど、フラワースライムは気を抜くと、負傷する原因になります。数が多いので注意しましょう」
フラワースライムは魔物の中では危険度が低いので調査では低級とランクづけされている。
また、どこにでもいるというわけではなく、標高が高く、湿っている場所に生息していると言われている。
生息地は居住地から離れているので特段、問題視されるような魔物ではないが、スライムに咲いている花が貴重なもので、回復薬を作るのに必須の材料とされている。
生息地帯ゆえに、生産者ギルドの職人たちは工房にいる時間が長いため気軽に行ける場所ではないので、このように依頼を通して冒険者に頼むのである。
だが、フラワースライムに付いている花はスライムの攻撃手段として使われ、一定間隔でスライムが吐き出す液体は、触れてしまうと、金属製の防具も溶かしてしまうほど強力な毒だ。
常に吐き出してくるわけではないので、基本的には立ち回りさえ間違えなければ、駆け出しの冒険者にとって実践での経験を積める良い機会になるので、住民からのこの依頼は、はじめに必ずやるべきものとして推奨されている。
今回の依頼での討伐数は彼が選び、20体だ。
報酬は60銀貨と売却時の金額となっている。
さらに売却時に貰える金額は、回収した花の状態に左右される。
「もし怪我をしても、ヴェスタリカさんはいくつか回復薬や毒消し薬を支給されているんですよね!なんとかなりますよ」
ギルドは私が冒険者に同行するにあたって、サポート用の物資を支給する。
傷を負ったときのための回復薬と毒消し薬を5個ずつ、目くらまし用の煙幕玉と閃光玉、そして少量の食料と水だ。
あくまでもサポート用だ。
今回はマティアスの依頼の同行のみなので武器等はもっていない。
「もう、それを気を抜くと言うんですよ。念を押しますが、フラワースライムが吐く毒は金属も溶かすので絶対に剣や盾で防ごうとしないでくださいね。そして、ここは空気が薄いので酸欠にならないように気をつけてください――っ!前方に注意です、複数」
視界にはまだ見えないが、私は魔物の気配を察知した。
気配はそれほど大きくないが、複数ある。
「――了解です!じゃあ、戦闘開始ですね!」
マティアスは剣を抜き、盾を前方に構えた、と思ったら、振り向くと盾を私の方に放ってきた。
「そういえばこいつで毒は防げないんでしょ?なら俺はいらないんで、ヴェスタリカさんが身を護るのに使ってください!」
飛んできた、少し重量を感じる盾を後ろに下がる形で受け止める。
私は戦うための装備が無いので盾だけでもいただけるのはありがたいが、彼は盾なしでも大丈夫だろうか。
だがここまできたら不安を煽ることに繋がることは言わないほうが良いだろう――
「もう注意はしませんが、マティアスさん、存分に戦ってください!何かあったときは私がサポートします!――上です!上から来ます!」
私が位置を知らせると、マティアスはすぐに上空を見た。
フラワースライムは5匹だろうか、そのうちの2匹は頬を膨らませている。
「先制の毒攻撃、来ます!」
「――あいよ!」
マティアスは威勢よく、そう言うと持っていた剣を思いっきり、フラワースライムがいる上空に投げ飛ばした。
マティアスの投げた剣は勢いよく回転して放物線を描きながら、口を膨らませていない3匹のフラワースライムを3匹とも切り刻む。
――そうか、口を膨らましているということは、すでにフラワースライムの体内には毒が生成されている状態。
その状態のスライムを切ってしまうと、毒で剣が溶けてしまう。
だから、まだ毒を生成されていない方のスライムのみを切ったのだろう。
( 私より気づくのが遅かったはずなのに、あの一瞬で切るべき対象を見定めたのか―― )
2匹のフラワースライムは同時に毒を吐き出した。
すでに着弾点を予測していたのだろう、マティアスはその場で後方宙返りを切り、躱す。
そして、着地と同時に回転して戻ってきた剣を取る。
(すごい、ここまで計算していたのか)
――だが、失敗した先制の攻撃から切り替えて空中を蹴り、勢いをつけたフラワースライム2匹が、まだ体勢が整っていないマティアスめがけ、襲いかかろうとしていた。
「マティアスさん、危ない!」
私は地面を蹴り、マティアスの目の前に出て盾をかざす。
高速で飛んできたスライムのうち1匹は私が向けた盾に激突し、もう一匹は私の顔面に直撃し、跳ね返る。
「ナイスサポートです、ヴェスタリカさん!」
私の動きが予想外だったのだろう、逆に体勢を崩されたスライムたちはすぐには反撃ができないようだ。
その隙をマティアスは逃さなかった。
私を飛び越え、走りながらの4連撃――迷いの無い太刀筋だった。
現れた5匹のフラワースライムをあっという間に倒してしまった。
「すごい……まだ駆け出しの冒険者なのにこれだけの判断力と技術があるなんて」
花の部分は傷をつけずにきれいに根本で切れている花を丁寧にしまっているマティアスを見て、私は感心していた。
いきなりの複数との戦闘で少し危ない部分もあったが、結果的には上出来だろう。
フラワースライム相手の戦いに慣れるまでは、もう少し苦戦すると思ったが、残り15体の討伐もこの調子でなんとかなりそうだ。
「ヴェスタリカさんは大丈夫ですか……?さっきの――」
スライムの顔面直撃で、めまいを起こしていた私は、少ししゃがんで回復するのを待っていた。
「痛ててて……慣れないことをするものではないですね。スライムは弾力性はありますが、柔らかいのでさほどダメージは無いですよ。フラワースライムの毒さえ避ければ、冒険者さんにとってはそこまで脅威な魔物ではないので、私が無理に飛び出さなくても良かったかもしれませんね」
結果が上出来なのは、マティアスの方。
結果的には良かったが、戦闘技術のない私たちギルド職員は冒険者よりも戦闘にあまり関わってはいけない、あくまでも後方支援、と言われている。
そのため、先ほどの自分の行動はあまり良くなかったのではないか、と振り返り反省していると――
「そんなことないですよ。あの時、私も体勢を崩していましたから。あの状態で食らっていたら戦闘のリズムが悪くなるところでした。
なので、ナイスアシストでした、ヴェスタリカさん。」
そのように私に言うと、向きを変え、さらに奥へと進んでいくのだった。
最後までお読みくださり、ありがとうございます。
更新はまちまちになりますが、よろしくお願いいたします。