第五話
太陽が姿を現す。こんな清々しい朝はいつもなら騒がしく村人たちは活動を始める時間だが今日は違った。
瓦礫だらけの村で昨晩起こったことを誰も口にしようとはしない。それほどまでに今まで住んでいた場所がなくなることの不安感が村人たちの心を襲っている。
カイトとルーシャは昨晩の惨劇から、気を失ったまま別々のテントに運ばれており、外から聞こえてくる大人達の話し声が、カイトの睡眠を強制的に終了させた。
「―んっ……ここは? ……テントの中?」
突然知らない場所で目覚めたカイトの頭の中は当然混乱していたが、なんとか昨晩あったことを思い出して寝起き早々に、急激な焦りに襲われた。
「そうだ! あの白装束の奴らは!?」
テントを開けると、眩しい朝日がカイトの視界を一瞬奪った後、ゆっくり広がって行く視界の中には、鎧を着た兵士や、軍人たちが村の瓦礫の撤去作業を行っていた。
「おう! 起きたか少年よ!」
活気あふれる声でカイトに話しかけてきたのは、軍服を着た女の剣士である。にこやかな表情でカイトの方に近づいて来る女剣士に、カイトは早速疑問をぶつけた。
「あの…白装束の2人組がいたと思うんですけど、これは一体…?」
「あぁ、白装束ってあの図体がデカかったやつのことかな?」
「はい! そうです、あともうひとり女の子も含めて2人いたと思うんですけど?」
「いや、私達が早朝に着いたときにはその男の死体が転がっていたけど、女の子は見てないなー」
「えっ、その男は死んでたんですか? それで女の子の方は見てない?」
「あぁ見てないよ。にしても散々だったね。偶然立ち寄っただけの村でこんななっちゃって」
女剣士への返答よりも大切なことを、カイトは思い出したように尋ねた。
「そういえば、ルーシャっていう女の子もいたんですけど今どこにいますか?」
「あぁ、あの子ね。あの子ならあそこにいるよ、今馬車に乗り込むところだ」
女剣士の指差す方を見たカイトは、そこにいるルーシャの姿をみて少しだけ表情が和らいだ。
「良かった…」
カイトはそう言って、今馬車に乗り込もうとしているルーシャの下へ駆け寄った。
「ルーシャ! 良かった生きてたんだね!」
「カイト……アナタも回復したみたいで良かったわ…」
カイトの顔を見てホッとした表情を浮かべるが、その後すぐにうつむきながら『じゃあね』と言ってルーシャは馬車に乗り込んだ。
その元気のない態度を受けて、どうしたのかと疑問に思った直後、ふと視界に入った“それ”が昨晩の無力感を思い出させる。
――ルーシャの両腕には手錠がかけられていたのだ。
そのままなにも言わずに馬車に乗り込むルーシャをカイトは引き留めようとするが、周りにいた兵士達に抑え込まれてしまった。
「待ってくれ! ねぇ、待ってよ!!! ルーシャーーー!!!」
その叫びは空を切り、馬車は無情にも走り出してしまう。カイトはその馬車の背中を地面に顔を押し付けられながら、必死に視界に捉え苦悶の表情を浮かべていた。
「瓦礫の撤去作業が終わり次第、物資提供の話し合いを村長さんとしてくれ。それから壊された家の修復作業員の派遣と、昨晩の家事によって、魔獣除けの札と村の入口にある札も焼失したらしい。そちらも早急に手配するように」
「はいっ! 明日には全て揃うと思いまっす!」
瓦礫の撤去作業の邪魔にならぬよう、村の隅っこの方で先程の女剣士と、その副官と思われるスカートを履いた軍服姿の女性が今後の村への行政支援について話し合いをしていた。
その隣で縄で縛られたカイトが、2人をじっと見ていた。副官が去った後、険しい表情を向けるカイトに女剣士は対応に慣れた様子で淡々と話し始めた。
「私の名前は、べルヴァール・サイモンだ。ベルって呼んでくれ。早速だが、君には王都に一緒に来てもらい、魔導議会の証人喚問を受けてもらうことになる。すまないが異論は受け付けない。ちなみに理由は分かっているか?」
カイトはポカンとした顔で隣に立つベルを見上げていた。
「やっぱり…わかってないか……全く君には同情してしまうよ。昨日、ここ50年閉ざされていた次元の扉が開かれたんだ。多分だけど君がこじ開けたっぽい。そしてその鍵を持っていたのがルーシャ」
「ちょっと待って下さい! って言うことは俺のせいでさっきルーシャは連れて行かれてしまったってことですか?!」
「いや、それは違う。彼女はもともと罪人だ」
カイトは目を見開いたまま、返す言葉を失っていた。それに構わずベルは続きを話す。
「王都で行われた裁判を終え、この国への立ち入り禁止命令が下されたばかりだったんだ。そして本人の希望通りアルシワ国へ送還している最中、この森で魔獣に襲われた部隊の隙きをついて逃走。その後この村に君と立ち寄ったというわけだ」
「罪人なのに国に立ち入り禁止で済むなんて…意味がわからない」
「そうだね、確かに罪人なら収監されて当たり前。でも彼女の場合はかなり特殊だったんだ。彼女がソワドフの一族だってのは聞いてるかな?」
「あぁあの白装束の奴らと同じ一族だって」
「そう、その通り。そしてそのソワドフの民に流れる魔力は、通常の魔法とは違ってなかなか厄介なもんでね、近くの人やモノの魔力に干渉することができる。そのような罪人は収監していると他の罪人と共謀して何をしでかすかわからない。実際に収監所を爆撃魔法で他の囚人ごと消し去り、自分だけ脱獄したというケースもある。よって、国外追放という特殊な措置を執られるようになったんだ」
「それで……ルーシャは一体何をしたんですか?」
「…………ルーシャは――」
ベルは今までの淡々とした口調から一変して、浮かない顔を見せた。
それは言うのを躊躇する程に生々しく、それでいて現実離れした事件でもある。
「――実の妹を殺したんだ」