第四話
「土葬ならぬ、水葬にしてやるわ!!!」
水しぶきがそこらじゅうの地面を濡らした。だが、そこに少女の姿は見当たらない。状況を察したアルドラスは舌打ちをした後、自身の後方に立っていた白装束の男を見る。
「2人も担いだまま、このわしとやるつもりか坊主?」
男はもう片方の腕で脇に、仲間の少女を抱えている。風でフードが脱げて男の顔があらわになった。その顔は堀が深く、なんとも凛々しい眉毛をしている。
「残念だがお前と戦うつもりも時間もない。用があるのはこの女だけだ」
そう言って2人を担いだ男は村の外へと飛んで行こうとするが、アルドラスの怒りはそれを許さない。
飛んでいく男の元へとアルドラスは瞬時に移動して、その頭を鷲掴みにした。男はとっさに抱えていたルーシャを手放し、アルドラスへ向かってその手を向けた。
「――クオリネント」
直後、アルドラスの体は光を纏いながら、散り散りになっていった。顔が完全に消えて無くなる前に、アルドラスは自分がこれからどこへ向かうのか、おおよそ察することができ、一言呟いた。
「そうか、この感じ…この魔法は……まさかもう一度あちらの世界へ行くことができるとは、お主には感謝しよう」
アルドラスは先程までの怒りなどなかったように微笑みながら、風に吹かれるまま消えて亡くなった。
落ちてくるルーシャに気づいたカイトは、最後の力を振り絞って足に力を込める。間一髪のところでヘッドスライディングしたカイトの両腕に見事収まったルーシャは『お母さん…』そう呟いて泣いていた。
カイトはその顔を見て固まった。まるで見てはいけないようなモノを見てしまった罪悪感から目は泳いでいる。カイトがうろたえているとルーシャはカイトの両腕に抱かれながらそっと目を覚ました。
「あれ…カイト? また助けてくれたの?」
「いや、まぁそりゃあ急に、空から降ってきたら受け止める以外ないでしょ?」
優しそうに笑うカイトを見て、少し安心したルーシャは自身も目に涙を浮かべながら微笑んだ。
「そうね…ありがとう」
2人の後ろに、白装束の男が怒号とともに着地した。その脇に抱えられていた少女は空からこちらを見下ろしている。先程まで吐血して倒れていたが、今はそのような様子は見受けられない。当たり前のように空中に地面でもあるかの如く、直立している。
その背後に輝いている満月が、火の消えた村を明るく照らす。
「お前らなんなんだよ! 急に現れたと思ったら、ルーシャを連れ去ろうとして、一体ルーシャが何したってんだよ?!」
激高するカイトを意に介さず、白装束の男は淡々と説明した。
「連れ去ろうとしたわけじゃない。連れ戻そうとしただけだ」
「えっ?! ……いや、そんなはずはない! もし本当にそうならこんなふうに村を襲ったり強引にルーシャを気絶させる必要はないはずだ!」
「カイト、ごめんなさい…あの人の言ってることは事実よ」
ルーシャは自身の体を掴んでいたカイトの手をそっと取り払い、そこに座ったまま語り始めた。
「私はあの2人と同じ一族なの。ワケあって一族から抜け出したんだけど…やっぱり許して貰えないみたい」
悲しそうで、でもどこか吹っ切れた様子のルーシャに対してカイトは必死に問いかける。
「それで本当にいいの?! 君の事情を俺は何も知らない、でも君は自分の人生を選んだんだろ!? じゃあ家族がなに言ってきたって関係ないよ! 君は君の道を歩かなきゃ!!!」
熱のこもったカイトの言葉にルーシャは、閉じ込めていた憤りをあらわにする。
「じゃあ、どうすればいいの?! 一体どうすれば私は自由になれるのよ?! 村を焼いたのだって、私に逃げ出したことを後悔させるためにアイツらはやったの! 私のせいで村の人達まで……もう私に逃げ道なんて…ないのよ……」
ついに泣き出したルーシャ。この状況も、ルーシャの運命もカイトにはどうすることもできない…と思われたその時、ルーシャのペンダントが突然輝き始めた。
「えっ、光ってる? なんで、そんなはず……」
困惑の表情を浮かべるルーシャの隣でカイトが吐血した。心臓の鼓動がどんどん早くなり、カイト自身、自らの身体に起こっている異変の正体が分からず戸惑っている。
「なにこれ? どういう事?! …ガハァッ!!!」
更に勢いよく吐血したカイトの背中に手を置くルーシャ。
「大丈夫ッ?! カイト! しっかりして!」
その真後ろから、白装束の男が今一度ルーシャに問いかける。
「ルーシャもういいだろ、早く帰るぞ」
「うるさいっ! この人のことが見えないの?! こんなに苦しんでいるのに放ってなんて行けない!」
「そうか、ならいっそ楽にしてやればいい」
男の魔力を帯びた手のひらがカイトの方に向けられた。それを見たルーシャがとっさに叫びながらカイトと背中合わせになる形で白装束の男と向き合った。
「やめてっ!」
「そこをどけ、ルーシャ」
「嫌っ!」
ルーシャが男の目をしっかり見ながら、必死に訴えかける。
ペンダントの光が更に強くなり、カイトが3回目の吐血をした次の瞬間、ペンダントが弾け壊れると同時にルーシャは気を失いカイトの後ろで倒れてしまった。
そしてカイトとルーシャを囲うように突如として魔法陣が発動し、辺り一面はすぐさま光に包まれた。
「なんだ、これは?!」
白装束の男は得体の知れない『何かが“来る”』と、とっさに上空へ逃げた。
光が消えた後。カイトとルーシャの上空、白装束の2人の前には3体の悪魔が召喚されていた。
「おい、兄ちゃんどこだよここは」
「知らねぇよ、でもこの重々しい空気。また反対側の世界に来ちまったってことだろうよ」
「にしても誰だよ召喚したの」
「俺たちを呼び寄せるくらいの魔力だぜ? 只者じゃねぇのは確かだろうな」
「でも3人がかりならやれるんじゃね?」
「おいおい、またこっちで自由に暮らすつもりかよ。もうあっちに戻った時に罪人扱いされんのはゴメンだぜ」
「いや、ちょっと待て俺たち、もしかしてもう既に自由なんじゃね?」
「そういやぁ、召喚されてからずっと契約の鎖を体ん中に感じねぇな」
「やったー! 自由だー! 俺たち3兄弟で今度こそ世界征服だー!」
「いや、だから俺は世界征服とか興味ねぇって言ってんだろ?」
「えー、でもまた全身白の服着た奴らにぶっ殺されちゃうよー、やだよー兄ちゃーん!」
人の形をしているが、その身は全身黒色の悪魔が3人で話し込んでいた。
それを見ていた、白装束の男の表情は緊張でこわばり、額から頬にかけて汗を流していた。
「これは…まずい……サラティア動けるか?」
「もちろん、ガイラスがしっかり解毒してくれたからね! それで…なにあれ?」
「説明している暇はない。今すぐ全力で逃げるぞ」
なにかの危険を察した白装束の少女サラティアは、表情を変えて自身と仲間のガイラスの体に魔力を纏わせた。
「――ウィンドダンス」
サラティアが魔法を唱えた直後、隣にいたガイラスの体が上半身と下半身の真っ二つに分かれた。突然起きたことを理解する間もなく、気付けばサラティアの隣には悪魔の一人が顔を近づけ睨みつけている。
「おいおい、どこ行くんだよ? お前ら多分、俺たちを200年前ぶっ殺した奴らの仲間だろ? 忘れてねぇぞ。その奇怪な魔力に白装束――お前もさっさと死んじゃえよ!!!」
「――まぁ待てゲゼラ、一人くらい生かしておけ、そいつらの一族の住処を教えてもらわなきゃ、一族根絶やしにできねぇだろ」
サラティアへ向けられた手の手首を掴み制止する悪魔の長男。
「さっすが、兄ちゃん! …じゃあとりあえず……どうすればいいんだ?」
「とりあえず、魔力がほしい。喉乾いて動けねぇわ。近くの都市にでも行ってテキトーに魔道士でも狩るか! お前もそれでいいな?」
「俺はなんでもいいよー」
恐怖のあまり動けなかった、サラティアは悪魔の一人にお腹を殴られ気絶してしまい、そのまま悪魔の3兄弟と遠くの山々へと消えていったのであった。