第三話
「オラオラ、飲め飲めー!」
村人たちは時間を忘れて、笑い合っていた。宴会の中心には大きな焚き火が燃え上がっている。そしてそれを囲うように、村人たちは歌い踊る。その村人たちの中から白装束を着た少女が一人、おもむろに焚き火の前へと歩き出した。
「おい嬢ちゃん、あんまり火の近くに行ったら危ないぞ」
村人の一人が注意するが、少女は脇目も振らずそのまま焚き火のすぐ近くで、立ち止まった。
「――ファイアーダンス」
少女が誰にも聞こえない声でそう呟くと、焚き火の炎はそこから四方八方に突然勢いよく飛び散り始めた。
突然の出来事に悲鳴を上げながら、村の外へ逃げようと村唯一の出口に向かうが、出口周辺は炎で焼かれ始めていて近づくことができない。村人の一人が水飲み場へ向かうように促すが、村は既に火の海と化しており、水飲み場まで行くことすらできない。このまま全員焼かれてしまうわけにはいかない。カルトは息子のレイトと妻のミレイアを背に覚悟を決めた。
「すまない、レイト。お母さんを……ミレイアを頼む」
「えっ、なにどうしたの?」
レイトはカルトの言ってる意味が分からなかった。だが、父親がどこか遠くへ行ってしまう。それだけはとっさに感じとり、動揺をあらわにする。
「ねぇ父さん、急に何言ってるの?! 水飲み場に行くんでしょ?」
妻のミレイアはカルトの言っていることをとっさに理解した。突然起きた村の絶望的この状況下で、生き残るには、カルトの下した判断が最善である。次期村長カルトの妻ミレイアはその目に涙を滲ませながら、静かに息子レイトを背中から抱きしめ、夫を追って行かないように、力強くレイトの体をその身に押し付けた。
カルトは一人で水飲み場のある、湖の方へ向かった。炎の中に飛び込みながら一直線でひたすらに走るその身につけている服や髪は燃え上がりながらも、湖へたどり着いたカルトはそのまま勢いよく湖へ飛び込んだ。
そして、心のなかでとある存在へと呼びかけ始めた。
『なぁ聞こえるか、湖の精霊アルドラスよ。村がピンチなんだ。力を貸してくれ』
カルトの呼びかけにすぐ応じた、アルドラスはその老婆のような甲高い声でカルトに問いかけた。
『もちろんいいよぉ〜、今回もまた若くて精力的な男だこと! わたしゃ嬉しいね〜』
『ふっ、そうかお気に召してもらえて良かったよ。ここから見えていると思うが、村が焼かれそうなんだ。早く消火してみんなを助けてほしい。急がないと村ごと皆まで焼かれてしまう』
カルトは湖の水中でゆるりとその身を平行に沈めながら、村人との思い出、ミレイアと出会った日、そしてレイトが生まれたときのことを思い返しながら、その人生にあった幸せを今一度噛み締めた。
『はいはい、じゃあさっさと終わらせてじっくりその体を味わうとするわねぇ〜』
そう言うと、湖から勢いよく水柱が村の方へと飛び出した。
「っ、! ダメだもう逃げ場がない!」
村人たちは炎に囲まれて、ついに身動きがとれなくなっていた。ミレイアはレイトを抱きしめながら湖に向かったカルトを想っていた。
(あなた……)
村のあちこちで、炎に囲まれて逃げ場を失った村人たちが恐怖し、無力を悔やんでいた。すると、一人の村人が空を指して皆に問いかける。
「おい皆、あれはなんだっ?!」
指差す方角からは水の柱が勢いよくこちらに向かってくる。それを見たミレイアは夫があちら側に逝ってしまったことを悟り、一人涙していた。わけが分からないレイトは母に尋ねる。
「どうしたの、お母さん?」
「ううん、なんでもないわ。それよりあれは、水の精霊が助けに来てくれたの。きっとお父さんが呼んできてくれたんだわ」
「そうなの!? 凄い、これで皆助かるんだね! それでお父さんはどこに行ったの?」
「お父さんはね、あの精霊様と旅に出なきゃいけなくなったの。だからしばらく帰ってこないのよ。でもその代わり精霊様が助けてくれるわ」
「えー、そんななんで置いて行くの? 僕も行きたいよ」
「ダメよ、それより今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ。ほら精霊様の魔法が降ってくるわよ」
ミレイアは涙を拭い、気持ちを一旦切り替えた。カルトの守った村を、息子を今度は自分が守らなければ、あの世で夫に合わせる顔がない。
水柱は村の中央付近にまるで滝のように叩きつけられた。水しぶきが村全体に向かって飛び散り一瞬にして消火を完了させた。その水しぶきが収まった場所に一人佇んでいる女性がいた。村人たちはその女性を見て『精霊様だ!』『精霊様が助けに来てくれた!』そう言って喜び始めた。
アルドラスはその喋り方とは反して見た目は若々しく、オレンジ色の髪は首元で揃えられている。
「ほほう、わしのことを知っているとは、相変わらずこの村は宗教心が溢れておるのぅ」
アルドラスは村の周りの森にまで燃え移っている炎に向かって、手を向けた。5本の指一本一本から指先程度の水玉を発射させる。それは、燃えている木に当たった瞬間一斉に弾け、辺りの炎を一瞬で蒸気へと変えた。
アルドラスは一通り消火した後、軽くため息をついて後ろを振り返った。
「ほんで、お主らはどこのどいつじゃ。どう見ても村のもんじゃ〜ないよなぁ〜」
そこにいたのは白装束を身にまとい、フードを目深に被った先程の少女と、その斜め後ろ上空には同じ白装束を着た体格のいい男が、ルーシャを片手で担いでいた。
「ルーシャを……返せ…」
カイトは地面にうつ伏せで倒れたまま空を仰ぎ、歪んだ形相で訴えかけた。
それを見たアルドラスはカイトの隣に立ち、全てを悟ったように話しかける。
「ほほう、つまりお主はあの女に惚れておるということじゃのぅ」
「なんでだよっ!!!」
倒れたままのカイトが隣に立つ女性に向かってツッコミを入れた。
「なんだ、見た目よりも元気じゃなぁ」
「いや、もう魔力がないんだ。てか、あったとしても多分勝てないけど」
「魔力がない??? あるじゃないか、どうして使わん?」
「どういう事? マジでなんの力も出ないんだけど? なんの話してんの?」
アルドラスは自身の瞳に魔力を込めて、カイトのお腹あたりを見た。そして“それ”の存在を知った。
「これはなかなか面白い。お主、どうして魔力の種を持っている? それは本来この世界のものじゃ――」
アルドラスに向かって瓦礫が一直線に飛んできた。その攻撃をまともに受けたアルドラスは舞い上がった砂埃の中でその細い体を怒りに震わせながら不気味に笑っている。
「小童……水の中は好きかぁ?」
オレンジ色の髪は抑えきれない魔力によって空中を漂っている。その視界には無表情の少女。
フードを脱いだ少女は腰まであろうかという緑色の長髪をなびかせながら、おもむろにアルドラスを見た。
「あぁ面倒くさ。わたし今日女の子の日なんですけど、早く帰って寝たいんで、さっさと死んでもらっていいですか?」
「あぁそれなら土に還してやるから……そこで一生寝ておれぇ!!!」
アルドラスが強く地面を蹴って、少女に上空から襲いかかる。その拳には水を纏っている。
「長話の次はオヤジギャグかよ。あぁ面倒くさ。――シューズダンス」
アルドラスが上空から振り下ろす拳は、少女に軽々と避けられ半径1メートルほどのクレーターを作り出した。それと同時に拳に纏っていた水はその周りへと弾け飛び、少女の頬をペチャリと濡らした。
その直後、少女は心臓をハンマーで叩かれるような強い衝撃を感じ、吐血した。うずくまる少女に優しく語りかけるアルドラス。その目からは愉悦が溢れていた。
「わしの魔力は、生身の人間には猛毒なんじゃよ。残念じゃが、もう貴様は魔法をまともに使えん。諦めろ」
そう言って自身の魔力を盛大に練り上げた水を、うずくまり吐血している少女の上空から落とした。
「土葬ならぬ、水葬にしてやるわ!!!」