第二話
ゲドラス山脈の近くの森。青年は疲れ果てた少女を背負いながら、森の中に人工的に作られた道を歩いていた。近くの木には魔獣除けの御札が貼ってある。
「そういえば、君名前なんて言うの? 俺はカイト・バルクス! 好きに呼んでくれたらいいよ!」
「私の名前はルーシャ・アルカトラ。ルーシャでいいわ。トバルくん」
「トバルくん…呼ばれた事ないけどまぁそれでいいや。ところで君ってもしかして軍の人?」
「いいえ、違うわよ……あぁそうか、この服装ね。これは今借りてるだけなの。でもはぐれた仲間っていうのは軍の人たちのことよ」
「えっ、ていうことは魔法師でもないのにこんなところに一人でいたってこと?! それは危なかったね」
「うん、本当に危ないところだったわ。だからあなたには感謝してる」
「感謝なんてそんな、偶然出くわしただけだよ。それにしてもなんで軍でもない君が、軍の人と一緒にいたの? もしかして商人やってるとか?」
「えっ、あぁ…まぁ……そんなところね。荷物の運搬中にはぐれちゃって、王都行きの荷物だから多分、王都で待ってれば軍の人たちとも合流できると思うわ。それで、あなたはなんの用事で王都に行くの?」
「ふっ、俺か? 俺は……ギルドを立ち上げたいんだ! そしてそのギルドでしっかり稼いで、いつか湖を買うんだ!」
「湖?! 湖なんか買ってどうするの?」
「それは買ってのお楽しみさ! おっ、村が見えてきた!」
二人の前方に村の入り口らしき、鳥居が見える。その2本の柱には通ってきた森に貼ってあるのとは違う御札が貼られている。鳥居のすぐ手前には小さな看板に『コットク村』と書かれているが、鳥居の向こう側は依然として、道が続いているだけである。
「もう少し歩いたら見えてくるってことかな?」
カイトが鳥居の向こう側へ進んだその瞬間、さっきまで森の小道が続いているだけだったはずの目の前が急に村へと変貌した。そしてそこにいたのは先程までカイトと共にトロールに追われていた少年と、村人と思われる、大勢の大人たちである。
「ようこそ、コットク村へ。私は村長のケミウスじゃ」
村人達の先頭にいた村長と名乗るご老人が、カイトたちに声をかけてきた。
「えっ、どういう事?」
驚いたルーシャに、村長は落ち着いて返答する。
「あの、鳥居には外敵から村を守るために幻術を見せる御札を貼っておるんじゃ。じゃからこの村にいる限りは、空からも魔獣に襲われる心配はない。森に貼ってある札だけじゃ心もとないからのう。念には念をじゃよ」
「へーそうなんですね! 君も無事でよかったよ! えっと名前なんていうの?」
「僕、レイトだよ! さっきはありがとうございました」
レイトはその小さい体を精一杯折り曲げて、カイトに精神誠意の感謝を伝える。
「いやいや、そんな僕は偶然通りかかっただけだよ」
照れるカイトにガタイのいい男が話しかけてきた。
「いやー、私からもお礼を言わせて下さい。レイトの父のカルトです。今晩はお礼も含めてしっかりごちそうさせて下さい!」
「えー、そうですか? じゃ、じゃあお言葉に甘えて」
カイトはお腹を鳴らしながら、ぎこちない笑顔で恥ずかしそうに答えた。
「わぁすごいきれい! 私その編み方知らない!」
ルーシャは村の女の子と花飾りを作って遊んでいた。
「ねぇお姉ちゃん、どこからやってきたの? 変な服着てるね」
無邪気な少女がルーシャに質問する。
「あぁ、これは軍服よ。私は…王都に住んでるの」
「えっ、ってことはお姉ちゃん軍人さんなの?」
「いいえ、軍人じゃなくて商人よ」
「へー、そうなんだぁ…ペンダントきれいだね!」
そう言って少女がルーシャのペンダントに手をかけようとしたとき『やめて!』と言ってとっさに少女の手をはらう。
「……ごめんなさい。これには触らないで」
怯えた少女は、小さな声で『ごめん、分かった』と言ってその場から立ち去った。その他の二人の少女達もその後を追ってルーシャの周りからいなくなった。
「なに、大きい声出してんの?」
カイトがあっけらかんとした表情でルーシャの背後から話しかけてきた。ルーシャは振り向くことなく、小さな声で返事をする。
「なんでもないわよ。薪割り手伝ってたんじゃなかったの?」
「あぁ薪割りはもう終わったよ。ところで一つ聞きたいんだけど――君って本当は商人じゃないでしょ?」
ルーシャの表情は固まり、その両手は首にかけてあるペンダントを握りしめている。
「その反応、もしかして当たりだった? この辺は王都へのルートとしては物を運搬するのにはあまり向いていない。なんせ魔獣が出る以外にも、崖があったりスコールが降ると言われているからね。俺もこのゲドラス山脈に入る前に立ち寄った街で、道を尋ねた商人とその護衛部隊の人たちに行くのを止められたよ。ねぇルーシャ、なんで嘘つくの?」
少しだけうつむいて黙り込んだかと思いきや、ルーシャは立ち上がり、カイトの方に振り向いた。
「さぁ、なんででしょうね」
強がっているようにも、怒っているようにもみえるその表情は、なぜかカイトにはすこしだけ悲しく思えた。
カイトはその返答を受けて、困った様子で頭をかきながら、軽くため息をこぼす。
「正直、軍服着た人に嘘つかれたら安心して今晩寝られないんだけど、開き直られちゃどうしようもないな。とりあえず君は無害みたいだし、これ以上訊くのは止めるよ」
出会った時とは一変して、クールなカイトにルーシャは驚きながらも、踏み込んで来ないカイトに安心したのであった。
「乾杯ー! いやー久々の酒はうめぇなぁ! カイトくんのおかげだ!」
「こらっ、アナタ失礼なこと言わないの! ごめんなさいね、この人酔っちゃって」
「いえいえ、全然! 僕も久々のお酒なのでなおさら美味しいです!」
「あらそう、たくさんあるから今日はしっかり飲んでね!」
「はいっ、ありがとうございます!」
レイトの父であるカルトと、その妻ミレイアがカイトにお酒を勧めてくる。
宴会は村の中心にある祭壇を囲うようにテーブルが並べられ、その上には大量の料理が並んでいる。子供も大人も、太鼓と笛のリズムで思い思いに踊っているその中に強引に誘われたカイトは、最初は恥ずかしそうにしながらも段々とコットク村の雰囲気の中に馴染んでいった。