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大好きな魔導師様

作者: 作楽 律

 ユイは魔導師様に笑って欲しいだけ。

 いつもむすっとしている魔導師様は、お菓子を食べるときも、お話をするときもあまり顔が変わらない。声は静かで低くて、ちっとも優しくない。

 神様、どうか魔導師様がにっこり笑って、優しい声でお話をしてくれますように。

 なんてお祈りをしているのに、今日は失敗をして魔導師様にご迷惑をかけちゃった。魔導師様はちらっとユイを見て、なんにも言わないでお部屋に戻ったけれど、きっとぐずな子だと思ったんだ。

 底冷えする冬のお邸には、雪の冷たさが浸透してくるよう。

 冷たいお水を我慢して、大好きな魔導師様のために、甘いお菓子を作っていたのに。鍋がいつの間にか焦げちゃったの。おいしいりんごは溶けてしまったし、カラメルもなくなってしまったし、せっかくのアップルパイが跡形もなくなって。黒こげ。

 そんなときに限って、魔導師様が台所の前を通りかかるんだもん。

 やる気もなくなって、台所から出て居間のソファに座った。すると魔導師様の使役の精霊がやってきてお茶を置いてくれた。

 ため息をついて温かいお茶をゆっくりと、飲み込む。

 ユイは魔導師様の色の薄い金の長い髪も、蒼い目も、びっくりするほどキレイな手指も、大好きだ。ときどき髪をなでてくれたり、お話をしてくれたり、散歩に行ってくれる。ユイが作ったお菓子を食べるときもある。

「ユイ、どうした?」

 お茶をぼんやりと眺めていたユイは驚いて顔を上にあげた。

「ううん、なんでもないの」


 使役の精霊がユイの様子がおかしいと訴えるので、魔導師クライムは、仕事の手を止めた。仕方なく、書物を抱えたまま居間を通りがかるふりをする。暖炉の火も入っていない部屋で、一人ソファで黒髪の少女は静かにうつむいていた。

 先ほどまでは、楽しそうに料理をしていたはずだ。

 視線に気が付いたのか、ユイは顔を上げてほんの少しだけ瞳を輝かせた。けれど、いつもの元気がなく、悲しそうになった。

 クライムは居間に足を踏み入れた。普段は使わない部屋だが、ユイが掃除をしているので、埃はたたない。

 そっとユイが目を上げて、問いかけてきた。

「魔導師様、ユイのこと好き?」

 子供を持ったことのないクライムはしばらく質問の意味を考えた。数秒の沈黙がユイに与える影響にも気付かずに、どう答えるべきか悩む。

「魔導師様はユイのこと嫌いなの?」

 涙目になってしまったユイに、クライムは困惑した。

「嫌いではない」

 クライムには兄弟がいない。年下のいとこは幼かったが、我儘を言わなかった。「氷の魔導師」と恐れられるクライムに、少女の感傷がわかるはずもない。

 ユイの隣に腰掛けて、黒髪を軽く撫でた。

 ほんの少し機嫌を回復したユイが、甘えたように見上げてくる。

「魔導師様、大好き……」

 満面で笑顔になると、ユイは魔導師の腕に抱きついた。

「クライム様はどうして笑わないの? ユイね、魔導師様が笑ってくれたらいいのにって思うの」

 困ったようにクライムはユイの頭を見つめた。氷の魔導師の異名を持つクライムにこんなことを言うのは世界ひろしと言えどユイのみだろう。

 大雪の日に、うさぎ罠に掛かって泣いていたユイを助けた。道に迷い、両親もないままに、下働きをしていた六歳の少女は、一人住まいの魔導師の邸にすっかり居ついた。

 仕事で留守になりがちだが、ユイは掃除をしたり、読み書きの練習をしながら待っている。書斎にいて仕事をしていても、邪魔はしてこない。


 いつだったか、邸の玄関口ではしゃぐような声が聞こえていた。

「お客様が来たら、驚いちゃうかなぁ?」

 独り言が耳に届く。不思議に思い、玄関口に行くと、雪だるまがたくさん道に添って置いてあった。

 ある日は、どこからか持ってきた紙に、どこからか持ってきた筆記用具で何やら書いていた。横に本が置いてある。どうやらペガサスが描かれている。

「お馬さんに、羽根がついてるから飛べるんだね~」

 懸命に絵を描いていた。

 しばらくしてふと目を上げたら、筆記がテーブルにまではみ出していた。それを一生懸命消している姿があった。

 少女の幸せには、人との交流が必要だと考えた魔導師は、受け入れてくれる家を二~三探した。

「私は魔導師だ。村で生活するのが一番よいのだぞ」

 ユイは言葉の意味を理解しはじめると、とたんに涙を大きな目に溜めた。

「ここにいちゃダメ? ユイは、魔導師様の傍がいい……」

 大粒の涙を流すユイに、クライムははじめて頭を撫でてやった。

 いつしか、灯りの付いた邸に帰るのが、当たり前になっていた。


 暖炉の火がぬくもりをあたえる心地の良い空間には、クライムを待っていてくれる人がいる。もう失くしてしまったと思っていた人の温かみに、氷の魔導師は口を開く。

 ユイの問いかけを回避するように。

「菓子を作っていたのではないのか?」

 はっと我に返ったユイは、甘えた顔をやめて驚きの眼差しをまっすぐに向けてくる。

「待ってて! 今すぐ作る~!」

 ユイは慌ててクライムの側を離れて台所に駆け込んでいった。

 焦げてしまった鍋を勢いよく洗い始める音が広がる。クライムはふと笑みをもらして、そのまま水音を聴きながら本を開いた。

 ユイが見たら、嬉しくなってしまうような微笑だった。

 木漏れ日のようなやさしさで。



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