8.モンスターの命
「よし、じゃあ森に行くぞ。
そこまで深くは入らないが、原っぱに比べて視界が悪くなるから気をつけろよ。」
「はい。わかりました。」
森にはこれまでにも薬草採集などでたびたび来ているが、今回の目的はゴブリンの討伐だ。
いつも以上に気を付けないと。
森に入ってしばらく歩く。
今までは森の入り口付近で薬草を取っていただけだが、今いるのは完全に森の中。
周りは木で囲まれており、太陽の光は木によってさえぎられている。
「おい、止まれ。」
ゴードンさんが小声でそう言ってきた。
俺は声を出さずにうなずくだけで反応し、足を止めた。
「まだ見えていないがこの先にゴブリンがいる。
俺が少し先で気を引いて戦って見せる。
お前はここで隠れておけ。
お前のところには来ないとは思うがもし来たら何とかしろ。
冒険者なんだ。
それぐらいの覚悟はできてるだろ。」
おれは再びうなずく。
ゴードンさんは先に進んだ。
おれはもっている鉄の剣の柄を握りしめ息をひそめる。
緊張のせいか少し手が汗で湿っている。
掌の汗を服で拭き剣を持ち直す。
「おい、ゴブリンども。こっちだぞ。」
ゴードンさんがゴブリンたちに向かって声を出す。
声に気づいたゴブリンたちがゴードンさんを認識したのか声を出して反応する。
「ギャオ! ギャギャッ!」
何やら鳴き声のようなものを発しながら3匹のゴブリンが出てきた。
図鑑で見た通り体長は1mほど、手足はやせており、お腹だけが少し膨れている。
首は細くなっており、その上には小さめの頭がついている。
3匹とも武器はもっておらず、服も着ていない。
裸のゴブリン3匹は特に考える様子もなくゴードンさんに一直線に突っ込んできた。
ゴードンさんは少し位置を変えて3匹からの距離に差を作る。
一番ゴードンさんに近くなったゴブリンが飛びつくような形でゴードンさんに向かっていく。
「ふんっ!」
ゴードンさんが振るったその剣は小さな頭と胴体とをつないでいる細い首を的確に捉え、小さな頭はその胴体を置き去りにして転がっていった。
他のゴブリンたちはそのことが目に入っていないのかお構いなしに飛び込んでくる。
ただ、その結果として地面には3つのゴブリンの頭が転がることとなった。
「ま、ざっとこんなもんだな。
とはいえ最初からこれをしろとはいわないがな。」
ゴードンさんは剣についた血をそこら辺の葉っぱに擦り付けながらこちらを見てそんなことを言った。
ただ、俺はゴードンさんの言葉にすぐに反応できなかった。
こちらの世界に来てから冒険者になってもちろんモンスターを倒すつもりでいたし、できるつもりだった。
日本にいたときにも特に血が苦手だとか、動物の死に対して特別忌避感があったわけではない。
画面越しであれば何度かグロテスクなものも見たことがあった。
ただそれでも、目の前で今まで動いていた生物の首が飛び、血を流している場面を見ると足がすくんでしまった。
「おい、大丈夫か?」
「あ、は、はい。大丈夫です」
「大丈夫なようには見えないぞ。
ちょっと待ってろ。」
そう言うとゴードンさんはゴブリンの胸を開き何か取り出すとこちらに来た。
「おい、これを持て。」
ゴードンさんがそう言って手を出してきた。
俺も手を出して受け取る。
手の上に何か硬いものが落ちてきた。
「握ってみろ。」
ゴードンさんが言った通りに握ってみる。
少しヌルヌルとした感触の中に3つ硬いものが生温かさを持っていた。
「ゴブリンの魔石だ。
これが生き物の温度だ。」
ゴードンさんはそう言った。
「冒険者になりたてのやつには今まで生き物を殺したことのないやつも居る。
そう言うやつはスライムは倒せてもゴブリンを倒すことに躊躇することがある。
まあ気持ちは分かるぞ。
ゴブリンは人型のモンスターだし、慣れるまでは大変かもしれない。
それでも乗り越えてモンスターを倒せるようになれるやつは冒険者として活動することができる。
まあ、お前も若いし別に冒険者以外の選択肢を見てみてもいいぞ。」
ゴードンさんはそう言った。
別に俺のことを見限ったというわけではないだろう。
ゴードンさんなりのやさしさで言っていることは伝わってくる。
「まあ今日は一回帰ろう。
そんな調子じゃ森の中は危ないしな。」
「はい・・・」
俺はゴードンさんについていくようにして街に帰った。
帰るときもゴブリンの魔石は手の中にあった。
街に入り、ギルドの前に来た時、再びゴードンさんが口を開いた。
「今日は帰ってゆっくり休め。
それからその魔石はもって行っていいぞ。
もし冒険者を続ける気があるならその魔石をもってまたギルドに来い。
そしたらまた森に連れて行ってやる。」
「はい、ありがとうございます。」
俺はそのまま宿に向かった。
ただ、一日外に出て汚れておりそのまま入るわけにはいかなかったので井戸で身体をきれいにした。
手に握っていた魔石は水で濡れてきらりと光を反射した。
宿に帰って自分の部屋に入ると、そのままベッドに倒れこんだ。
正直予想していたよりも精神的にきつかった。
スライムは倒せたのだから大丈夫だと思っていた。
でもゴブリンの頭が地面に転がっているのを見るとその気持ちは揺らいだ。
それにこんなことでこの先大丈夫なのだろうかとも思ってしまった。
今はモンスターを相手にしているが、いつかは盗賊などに出会うかもしれない。
この世界に盗賊がどれくらいいるのかは分からないが、ギルドで掲示板を見たときには移動馬車の護衛もあった。
その時にもし戦う相手が人だったら、俺はしっかりと対処できるのだろうか。
それ以前にモンスターを相手にすることができるのだろうか。
この世界に来てから約1週間。
身体やお金のことを心配することはあったが精神的な問題を気にしたことはほとんどなかった。
他の冒険者の人たちは大丈夫なんだろうか。
こんなことで悩んでいてはこの先冒険者をすることは難しいんじゃないだろうか。
そんなことを考えていると、手にずっと魔石を握ったままだということに気づいた。
帰ってきたときにはまだゴブリンの体液で汚れていたが、さっき井戸で水浴びをしたときにきれいになっていた。
俺は3つあるうちの一つをつまんで目の上に持ってきた。
スライムのものよりも一回り程大きなその魔石はきれいな紫色をしていた。
窓から入ってきた夕日の光が魔石を照らす。
この魔石が先ほどまで生きていたゴブリンの体の中にあったものだと思うとよりきれいなものに見えてきた。
確かに俺は地球にいたときには大きな生き物を殺したことはなかった。
でも、この世界では冒険者として生きていきたいと思っている。
それなのに一度も挑戦せずに逃げてしまっていいのか。
せっかくもらったこの人生をもっと豊かに楽しく、満足するまで生き抜いてみたい。
そう思うとおのずと答えは見えていた。
俺はこの世界で冒険者として生きていきたい。
モンスターの命をもらい、糧にして、それを背負って生きていくのだ。
俺は魔石をゴードンさんにもらった革袋にしまうと木剣を持って訓練所に向かった。
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