幼馴染は勇者。俺は彼女の奴隷。
よろしくお願いします。
この世界では成人すると、天から「スキル」という特別な技能が渡される。スキルは千差万別で、「胃が丈夫」、「美文字」、「髪ふさふさ」といったなんとも言えないスキルもある一方、「農夫適正」、「商人適正」、「剣士適正」といった将来の職業が決まってしまうような貴重で有用なスキルもある。
そして、そんなスキルの中でも、国家から注視され、人々が切望する、特別なスキルがある。
「勇者」
人類の敵、魔王を倒しうるスキル。このスキルは大きな責任を持つ代わりに、人々からもてはやされ、英雄という輝かしい将来になれる、誰しもが憧れるスキルなのだ……
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「まぁ俺には関係のない話だけどな」
夕方、俺は教会から家へ帰る道すがら、そんなことを考えながらとぼとぼと歩いていた。
そうして、懐から一枚の紙を取り出す。紙にはこう書かれている。
『セベル:体が丈夫』
これは、俺ーー俺はセベルというーーが教会で成人したときに貰った、スキルが書かれた紙だ。俺のスキルは『体が丈夫』。説明すると体が丈夫になるスキルだ。うん、説明する必要なかったな。
「悪くはないけど、なんだかなぁ……」
ようやく成人して、スキルが渡される時が来たんだ。俺も男。もしかして勇者になれるかも……なんて淡い期待はしてた。が、結果はこれだ。『体が丈夫』。実際悪いスキルではない。なにせ知り合いは『鼻毛が長い』なんてあんまりなスキルを貰っていたのでそれに比べれば全然良いスキルだ。……でもなぁ……
「勇者とは言わずとも、剣士や魔法使いとかになりたかったなぁ……」
俺は魔王や魔物たちと戦う勇ましい戦士に憧れていた。夢見がちな男の子なら当然だろう。一応『体が丈夫』というスキルも戦闘には役には立つ。しかし、田舎育ちでろくに稽古もしてない俺が、ただ『体が丈夫』だけで戦士になれるわけがない。田舎育ちが魔物と戦う戦士になるには『剣士適正』や『魔法使い適正』などといった、職業が書かれているスキルでないとなれないのだ。
俺の『体が丈夫』っていうスキルも、所詮自己紹介した時に長所として言える程度の、少し便利ってだけのスキルだ。
……うぉぉぉぉぉおお!!!
「ん?なんだ教会からか」
後方にある教会から、大きな歓声が聞こえた。大方、誰かが『剣士適正』などの素晴らしいスキルが渡されたのだろう。
……これが、持つものと持たざるものの違いだ。俺は所詮そこらへんにいる脇役。いや、脇役にすらなれない石ころだ。石ころは石ころらしく、隅っこで静かにいよう……
そうして家に着いた。布団に入る。今日は寝て、明日になったらいつもどおり父さんの仕事を手伝おう。おやすみ……
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「馬鹿セベル!早く起きなさい!」
「……んん……いて、いて!わ、なんだ!?」
ペチペチと、何かに叩かれ目が覚める。体は重い。誰かが俺に乗っている。目を開けると……
「……な、なんだよエリス。こんな朝っぱらから、寝させてくれ……」
「なによ。私が来たのよ、すぐに起きなさいよ」
ロングできらびやかな金髪、長いまつげで美しい青い瞳、つっけんどんな性格が見える釣り目がちで整った顔。素朴ながらも可愛らしいドレスを着た美女。そう、俺の体に跨ってビンタしながらきゃんきゃん文句を言っているのは、俺の生意気な幼馴染『エリス』だ。
エリスは俺と同い年で、家が近いことから小さい頃からずっと一緒にいる。遊び仲間、と言えば聞こえは良いが、実際のところは俺はエリスのおもちゃ同然である。奴隷と言ったほうが正しいかもしれない。
エリスは親に似たのか気が強い。そして俺は親に似たのか気が弱い。そんな俺たちが対等になんてなれるはずがなく、俺は彼女の言いなりになっていた。彼女が遊ぼうと言ったならば、それは俺が一方的にボコボコにされることを意味していた。彼女が疲れたと言った時は、俺が馬代わりに彼女を運ぶことを意味していた。これは村の遊び仲間がいる前でもやられ、もちろん、俺は男子には馬鹿にされ、女子にはモテなかった。エリスもそんな行動や性格で馬鹿にされたが、気の強い彼女はすぐに手を出し、同い年から忌避されている。しかし、そんなのを歯牙にかけないのが彼女らしい。
こっちだってプライドはある。一度我慢の限界が来て怒ったことがある。しかし、彼女は烈火のごとく逆ギレして、結局反抗できず、ボコボコにされ、顔に唾を吐かれた。そんな関係である。
「それで、こんな朝からなんだよ」
「……お前ね、昨日私がスキルを渡される前に先に帰ったでしょ。一緒に帰るって、私、よく言ったよね?」
う、確かにそう言われたが、自分のスキルにがっくりして先に帰ってしまった。まずい、ボコられる。
「ご、ごめん!忘れてた訳じゃないんだ!ちょっとお腹が痛かったから……」
「へぇお腹が悪かったんだ。私優しいから、そのよわーいお腹さすってあげようか?」
じっと睨むように彼女が俺を見る。流石にこの言い訳は無理があったか……
と冷や汗をかいたが、ふっと、彼女は睨むのをやめ、笑顔になった。怖い。
「え、と……なんで、そう笑顔なの?」
「あら笑顔で悪いかしら」
「いや……そういうわけじゃ」
「ふっ、変な顔……そうね、お前、私がなんのスキルを貰ったか分かる?」
ドヤ顔で俺に問いかける。
「……『体重が重い』?」
無表情でビンタされる。知るかよそんなもん。
「はぁ……やっぱりセベルは馬鹿だわ」
「ご、ごめん……こんな阿呆の私に、その、エリス様のスキルを教えてください……」
「よろしい。私のスキルはね……」
バタン!
と、玄関から大きな音がなった。入口が開いた音だ。
「エリス様!エリス様!ここにいますか!?迎えに上がりました!」
玄関から聞き覚えのない声。はきはきとした、感じの良い声。お国の人か?
「この声は……?」
「騎士様よ。私を迎えに来たの」
「え?なんで…」
「なんでって……」
そうして、彼女はにやっと、俺に自慢するように小さくわらって、答えた。
「私のスキルが『勇者』だったからよ」
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「勇者様!おお、なんと美しい!勇者の名に相応しい!」
「ふっ、そう褒めなくていいのよ。知ってるから」
エリスは俺の家の居間で我が物顔で座ってる。前には平伏してる騎士様が。
……俺の父は隅っこで命令を待つ召使いのようにピシッと立っている。母はへいこらとエリスと騎士様にお茶を淹れる。やっぱり俺の親だ。
騎士様とエリスは話している。
「……つきまして、勇者様には魔王を倒すために遠征して頂きたく……」
「あら、私一人で?いくら『勇者』スキルがあろうと、一人じゃ無理だわ」
「いえいえ!もちろん、よりすぐりの勇士を同行させます!微力ながら私も同行いたします!」
「ふーん……」
と、エリスはお茶を飲みながら、ぼぅっと考えこんでいる。
……やった!エリスが旅に出る!エリスがいなくなる!俺は必死に感情が顔に出るのを抑える。
エリスのことは古馴染みで、いなくなるのに寂しさもある。それに、彼女は美人だ、一緒にいるのは男として嬉しいこともなくもない。しかし、毎日一緒にいるといろいろきつい。怪我のない日はないし、彼女の小言は疲れる。朝のビンタがまだ痛むし。ここで魔王の旅に出て頭を冷やしてくれるとすごい嬉しい。
それと、勇者に憧れてた手前、嫉妬もある。ぜひ挫折してほしい。そして帰ってきた後、俺に土下座して謝ってほしい。「今まで殴ってきて、馬鹿にしてすいませんでした」と。
ああ、エリスが離れた後、恋人でも作ろうか。エリスからボコボコにされ、女子からは弱い男として、全くモテなかった。いなくなってからは俺の時代だ。ぜひ力強い面でも見せて新しい人生を作ろう……
俺の中の様々な感情が混ざり合う。寂しさ、喜び、嫉妬……しかし、彼女と離れることに希望が見えるのだ。
「……セベル、なにその顔?」
「……あ!いえ!お美しいエリス様!美人!女神!ぜひ魔王討伐頑張ってください!役に立たない石ころにすぎない私は、この辺鄙でしょーもない田舎の隅っこで、エリス様の成功を祈ってます!」
決まった!親直伝の媚へつらいスタイル!エリスも満足だろう……
……いや、なんか顔をしかめて、嫌な顔している。しまった。余計なことでも言ってしまっただろうか。
騎士様は俺のことを呆れながら見ている。恥ずかしい。騎士様は笑顔で口を開いた。
「え、ええと、勇者様。彼の様に勇者様を応援してくれる者がいます。友のため民のため、一緒に魔王討伐頑張りましょう!」
「あら、私やるとは言ってないけど」
騎士様の顔が固まる。俺も固まる。親はおろおろする。
「ゆ、勇者様!ど、どうかお願いします!もちろん、名誉や感謝だけでなく、金銀財宝、素晴らしい報奨もありますよ!」
「そ、そうですよ、エリス様!断るなんてとんでもない!ようやくエリス様に相応しい地位と名誉が転がり込んだんです!これを受けなかったら私より阿呆ですよ!」
エリスが俺に近づいて、足を思い切り踏んづけた。痛い。
エリスは騎士様に振り返る。
「別に、断るとも言ってないわ」
「はぁ……それでは受けてもらえるのですか?」
「ええ。でも、一つ、お願いがあるわ」
「ええ!いいでしょうとも!勇者様のお願いならよろこんで叶えてさしあげましょう!」
エリスは俺を見た。ニタァと口を三日月の形にして、笑っている。
エリスは俺を指さした。
「こいつ、こいつ。魔王討伐の旅にこいつを連れてくわ」
……
は?
「えええええ!!!???」
「は、は!?あの、勇者様!この方は少し、というかかなり、魔王討伐に連れて行くには頼りないかと……」
俺を連れて行く!?なんでだよ!?
「連れてけないなら断るわ。私、自分の物は捨てない主義なの」
「は、はぁ……そこまで言うなら……」
「いやいや!まてまてまて!俺は嫌だぞ!お前と一緒なん……いや、俺弱いからすぐ死んじゃうし!ことわ……」
エリスはこっちを向いた。憎たらしい笑顔をして、俺の口に人差し指を添えた。
これは、黙れという意味……
「お前は私の奴隷よ。私から離れられるとは思わないことね」