ポリアモリーの二人
>>注:この作品は、極めて軽度の性的描写、同性愛、自傷行為の描写を含みます。
苦手な方はお気を付けて読み進めて下さい。
ーママ!パパ!見て!僕また100点取ったよ!
ー運動会でリレーの選手に選ばれたよ!僕、絶対1位取るからね!!だから見に来てね、きっとだよ!!
ーママ……パパはどこに行っちゃったの…?もう、帰ってこないの?
ねぇ、ママ…パパ……
どうして2人とも僕を見てくれないの?どうして返事もしてくれないの?僕は…いらない子なの……
「……っ!!」
目覚めると、そこには見慣れたいつもの天井があった。何か悲しい夢を見ていたのか、涙を流していた。どんな夢を見ていたのか、もう何も覚えていなかった。
乱暴に涙を拭って起き上がる。
「…ん……」
ふと隣を向くと、モゾモゾと毛布に包くるまり、幸せそうに寝息を立てている朱華が居た。
朱華は僕の恋人で、2歳年下の24歳。平日の昼間は大手企業の受付嬢、週末は夜の街でキャバ嬢をしている。
朱華はハーフで、何というか、歩けば皆が芸能人かと思って振り返る程の美人だ。
今働いているキャバクラも学生の頃に働いていたのだが、すっかり気に入られて、ママに懇願されて未だにたまに手伝いに出ていた。
ー…朱華は僕が働いているバーの常連客で、何度も会ううちに意気投合して、今の様な関係になった。
いまでは同棲している。
特にどちらからと言う事もなく、こんな関係になった。
この関係を何と説明したらいいのだろう。今の言葉で言うなら、僕と朱華の関係は
ー…‘ポリアモリー’
つまり、自由恋愛主義…とでも言ったらいいのだろうか。
一人だけを愛するのではなく、同じ様に他の人も愛する。
僕は朱華の事を恋人としてもちろん愛している。
けれどその上で僕と朱華はそれぞれお互いの他に数人の恋人が居て、お互いにそれを了承している。
その中で一緒に暮らしているのは、特にお互いが1番とか言うわけでもないけれど、この関係が楽だからそうしているに過ぎない。
朱華は他の恋人と僕の働くバーに来て、お互い自己紹介したりもするし、目の前でキスしたりもするけれど、お互いそんな事でヤキモチを妬いたり、それがもとで喧嘩になったりする事もほとんどない。
そしてお互いが会いたい時にだけ一緒に過ごす。
ただそれだけの、ちょうどいい関係だ。
ふと窓の方を見ると、遮光カーテンの隙間からこぼれ差す陽の光がずいぶん眩しくて、細く開いた窓から流れてくる暖かい春風が心地よい。
部屋の時計はすでに午前10時を廻っていた。
僕は昼間、家の近くのカフェでも働いていて、そろそろ出勤の用意をしなくてはいけない。
昨夜も遅かったから身体がとてもだるかった。
僕は昨夜、深夜2時迄バーで仕事をした後、アフター帰りの朱華と合流し、一緒に帰って来た。
帰って来るなりじゃれついて来る朱華に
「お腹が空いているから後にしない?」
と言うと、
一気に朱華の顔色が曇った。
「…ねぇ、雪都……」
しまった…と思ったときにはもう遅かった。
「…私…私は…今日こんなに雪都に会いたかったのにっ……ずっと我慢して仕事してたの!
…気持ち悪い親父に触られても我慢した…ちゃんと仕事して頑張って、我慢したら、雪都に抱きしめてもらえると思ったからっ…!!
…雪都は私の事大事じゃないの?……会いたく無かったの?!ねぇ!!」
朱華はポロポロと泣き出してしまった。
彼女にはたまにこういうことがあった。
情緒が不安定になる。というのか、思い通りにならないと泣き出したりすることがある。
彼女の二の腕にはアームカットの跡がある。自傷行為を繰り返す癖があって、キャバクラもひどい時は休んでいるし、見えないようになるべくドレスは袖のある物を着たりしていた。
昔読者モデルなどしていた時期もあったみたいだけれど、アームカットの傷が目立つようになってからは引退し、街中でスカウトされることもあるけれど、頑なに断ってきた。
僕は朱華がヒステリックになりだし困り果てたが、ギュッと朱華を抱き締めてキスをした。
「朱華ごめんね、偉かったね。僕が悪かったよ、僕だって朱華に会いたかった。」
「雪…」
「ベッド、行こうか…」
「…ん」
それから朱華は安心した様ですっかり落ち着いて、いつもの様に愛し合った。
ー…気持ちのいい事は好き…
ー…朱華には僕が居ないと駄目だから…
僕は時々こうして朱華に悩まされる事があったが、決して嫌では無かった。
僕にとっては求められる事に意味があって、その過程や中の思惑なんかはどうだって良かった。
ー…僕は朱華の寝顔を眺めて、朱華の柔らかい茶色の髪をサラリと撫でた。
ー…腹減ったな。
「朱華ー。起きないのー?」
「んー……」
どうやら起きる気はない様だ。
仕方ないので僕は自分の分と、朱華が起きたら食べれる様にと、サンドイッチを作った。
「朱華、僕バイト行ってくるから、サンドイッチ食べてね。」
朱華はまだ夢の中のようだ。
「あと今日僕、亜美ちゃんとデートだから帰り遅いからねー。行ってきまー」
どうせ返事なんか無いのを承知で、僕は一応声だけかけて家を出た。